007 譲れない想いがあるから

「んで、どうすんだ? 実際問題、今のお前等じゃ足りねぇが?」

「だったら……だったら、背伸びしてでも届かせてみせるよ!」


 言い放つと同時にミレイは飛びかかって来て、全力の一撃を振るってくる。

 だが、レグはそれをあっさりと黒剣でいなし、ミレイは勢い余ってつんのめりながら向こう側へと通り過ぎてしまう。

 意欲はいい。しかし現実は残酷だ。一年後ならばともかく、今のミレイではレグを倒すどころか傷一つ負わせることも出来ない。

 と、そこに、


「ミレイ、足下を狙え! でなければそのまま大振りを続けよ! 円から出してしまえばわたし達の勝ちだ……!」

「はっ。プライドはもうおねんねしたのか?」


 挑発するレグに発案者のリアはギロリと睨みながら、強く唇を噛みしめる。不本意なのは明白で、それでも勝利の為に言ったらしい。

 まあ、悪くない案だ。というより、円から出す以外に勝つ方法はない。


「やあ、ぁっ!」

「……っ!」


 振り向いたミレイはすぐに次の攻撃に移ろうとしているし、シーリスは無言のまま雷槍を連続して繰り出してくる。

 レグはそれらをあっさりと捌き、或いは雑に手で払いのけて、二人からの攻撃を難なく防ぎきる。バランスを崩すこともなく、無理な体勢になることもない。

 そこに三人目のリアがくる……が、当然正面からではなく、


「多人数で、しかも後ろからか。随分と姑息なお姫様だな?」

「ッ……最早言い訳はせん! だが、恥辱に塗れてでも勝たせて貰うぞ……!」


 視界の端に捉えたリアは、低い姿勢のまま突っ込んで来る。その手に構えたエストックは太い針のような刀身――だが、それを覆う氷の塊によって、鋭い氷柱と化していた。


「二人共、己に合わせよっ!」

「っ、行くよぉっ!」

「……仕方ないな、です……!」


 即座に反応する素直なミレイと、気は進まない様子のシーリスが一拍の間を置いて左右に分かれ動き出す。

 右からは岩をも粉々にしそうな炎の大剣、左からは鋼鉄の板でも貫く雷槍。そこに鋭さと重さを兼ねた氷の剣……というより、最早ランスに近い背後からの一撃。

 ほぼ同時の三面攻撃に対して、レグは微かに笑い右手の黒剣を無造作に下ろし、


「一つ、創撃武装リヴストラの使い方ってのを見せてやるよ――《残影刃》」


 その場でくるりと一回転し、鋭く黒剣を振るう。

 だが、まだミレイ達の攻撃は届いていない。当然、一つとして攻撃を弾くことも出来ない。


「牽制のつもりか!? そんなことで己は止まらん!」

「ああ、別に構わねぇよ。どうせ勝手に止まるからな」

「な……に!?」


 意味深なレグの言葉の意味を真っ先に理解する羽目になったのはリアだった。

 一回転し、再び晒された無防備な背中を狙った創撃武装リヴストラでの一撃が、黒い何かに止められてしまう。

 今日だけで何度目かになる驚愕の声をリアが上げ、視界にいる他の二人も同じように信じられないものを目撃した表情で、


「なっ、何これぇ?! 黒いのに止められちゃった……!?」

「くっ……影ごときで、です……?!」


 大剣も槍も、そして背後の氷のデコレーションがされたエストックも、全てレグの創撃武装リヴストラで生み出した影に絡め取られて宙に浮いたまま動かない。

 シーリスの言葉は半分正解で、半分は見当違いだ。


「火、水、風、土、光、影の六属性の中で、一番攻撃力に乏しいのが影属性だ。けどな、同時に一番応用が利く。極めた……とまでは言わねぇが、そこそこ使いこなせるヤツならこれくらいの芸当は余裕だぜ」

「ぬ、ぅ……だがっ、己達の攻撃をいとも容易く受け止めるなど……魔力は断然勝っているはずなのに……!」

「魔力が多かろうが錬晄氣レアオーラの総量が勝ってようが、それを活かせてなければこんなもんだ。オレの貧弱な影属性の錬技スキルすら砕けない」


 わざわざ振り向いてリアに告げると、王女は終生の天敵でも見るかのように表情を歪め、


「……ッ……だが、勝ちは戴く」


 それでもまだ諦めていないと言う。声に力が残っているので、ただの虚勢ではなさそうだった。強がりだとしても根拠の一つくらいはありそうだ。

 どうするつもりなのかとレグが問いかける前に、リアは影に捕まったままの創撃武装リヴストラを解除し、大きく横へと跳び退くと、


「ミレイ、シーリス! そこを離れよ!」

「ふぁ? リアちゃん、どうして――」

「っ、いいからどくぞ、です!」

「ふわわぁっ!?」


 シーリスに腕を捕まれたミレイは、引っ張られるがままに横へとずれる。創撃武装リヴストラは宙に浮いたままだ。


「んで、どうするんだ?」


 武器を手放した三人の顔を見渡すレグに、消え入りそうな小さな声が届いた。


「……いく」

「あん?」


 周りにいた三人の少女が散り、視界が開けたレグの目の端に、キラリと輝くものがあった。

 振り返ればそこには動かないままだったセーラ=ゼーラがいて――その前に浮かぶ大きな大砲型の創撃武装リヴストラの口から煌々と光が溢れていた。


「……《燐光砲シャインブラスト》」


 聞こえるか聞こえないか、という小さな声と共に光の渦が迸り、それが一直線にレグへと放たれた。


「これは……!」


 人一人を優に呑み込む光の塊に、レグの顔色が変わった。

 光属性の眩さは、そのまま攻撃力の高さに繋がる。目を開けているのも困難なこの光量がどれだけの力を持っているか瞬時に判断するが、低く見積もっても大岩を消し飛ばすだけの破壊力はあるに違いない。破砕ではなく、粉砕する破壊力が。

 つまり――レグの戦闘用の錬晄氣レアオーラでも、押し切られてしまう強さだ。


「くっ……?!」


 咄嗟に黒剣を逆手に持って顔の前に下げた次の瞬間――光の渦がレグを直撃した。


「や、やったの……?……というか、やり過ぎじゃないの……!?」

「いかに優れていようが、影属性の天敵は光属性……そしてセーラは時間こそかかるが、一撃の破壊力ならば現役の騎士エストにも劣らぬ! これならば、如何にあの男とて……!」


 軽く引いているミレイはともかくとして、興奮気味のリアの言葉は、希望というより確信に満ちていた。

 まあ、それもそうだろう。影属性は光属性に負けるのが宿命だ。何しろ光があるから影が生まれ、光が満ちれば影は消える。

 その道理を覆すには絶望的な力の差が必要で、いくら英雄と呼ばれた男でもそこまでの差はないはずだと少女達は思っていて……



「――今のはなかなか良かったぜ。及第点にはちと足りないが、な」



 ……だからこそ、光の奔流が収まって見えるようになったその場に、攻撃を受ける前と全く変わらないレグの姿があることに驚愕する羽目になった。


「なっ……に……?」

「……うっそぉ……」

「化け物め、です……」

「…………そんな」


 四人の予想通りすぎる反応に、レグは黒剣を肩に担いで事無げに種明かしをしてやる。教える立場じゃなければ絶対に言わないことだが、まあ仕方ない。


「オレは不器用でな。影属性の他には光属性しか使えない。その代わり、二つをほぼ同レベルで扱えるんだよ」

「…………まさか……錬晄氣レアオーラの属性を……!?」

「お、少しは頭を使えたか。ご名答、光属性にした錬晄氣レアオーラで受け流した。まともに食らうと流石に吹っ飛ばされてただろうからな」


 普段使っている錬晄氣レアオーラは無属性だが、こういう真似も出来る。他の属性攻撃には弱くなるし、かなりの繰氣技術を必要とされるから、実戦で切り替えて使う騎士エストは殆どいないが。

 こんな風に錬晄氣レアオーラを使う方法は教えられていなかったらしく、ひよっこ達はかなりのショックを受けていた。特に強力な一撃を放ったセーラは、軽く肩で息をしながら幽霊でも見るような目でこちらを凝視している。全身全霊の一撃に余程の自信があったらしい。

 実際、悪くない攻撃だった。光属性は魔獣の類に特に有効なので、騎士エストとしては重宝されるかもしれない。実戦に使うにはちょっと溜めに時間が掛かり過ぎだったが。

 まあ――時間が掛かり過ぎという意味では、他の連中も同じだ。


「さて、と。守りっぱなしにもそろそろ飽きたな」


 ぽつりと。

 どうでもよさげな呟きに、真っ先に反応したのはリアだった。

 呆然としていた表情を強ばらせたお姫様は、慌てた様子で後ろに跳び退き、


「くっ、まずい……! 彼奴からの攻撃が来るぞ!」

「えぇっ!? あ、飽きっぽいよレグ兄っ?!」

「……一旦退くぞ、です!」


 すぐにミレイとシーリスも散り散りに距離を取ろうとするのを見つつ、レグは無造作に逆手に持っていた黒剣を地面へと向け、その切っ先を浅く突き刺す。

 もう剣が届く間合いには誰もいないし、円の中から動くことも出来ない……が、問題無い。


「簡単に逃げられると思ったら大間違いだぜ――《闇渦》」


 レグの言葉に応えて黒剣が鈍く輝き……次の瞬間、切っ先の刺さった所から大地が黒く染まっていく。

 殆ど一瞬で離れていたセーラを含んだ全員の足下が黒に満たされ、その異常事態に退こうとしていた三人はギョッとして足を止め――その足に、地面から這い上がった影がぐるりと巻きついた。


「ひゃあっ?! えっ、何これぇ!?」

「しまった……足が……!」

「動かない、です……!」


 口々に言いながら懸命に足に纏う影を振り払おうとするミレイ達だが、無駄だ。創撃武装リヴストラで切り裂こうとしても、炎や雷で影を払おうとしても、吸収アブソーブされるだけで終わる。

 ただ、足止めするだけでは距離が離れすぎていて攻撃し辛いので、レグは黒剣を握る手に軽く力を入れて意識を傾ける。

 すると地面を覆う影が蠢き、ミレイ達はレグのいる方へと吸い寄せられていく。


「わ、わわっ……引っ張られて……!」

「く、う……!」


 シーリスは槍を地面に刺して抵抗しようとしているが、その地面ごと運ぶように動いているので意味がない。


「くっ……セーラ! そなたの創撃武装リヴストラで影を散らして――!?」


 レグに一番近いリアが切羽詰まりながらも正確な指示を出して振り返り、目に入った光景に声を失った。

 まあ、そうなるだろう。頼みの綱の少女が、自分達とは違って全身が影に覆われているのを見たのだから。


「対処の方針は正しい……が、そんな分かり易い正解なんて、真っ先に潰しておくに決まってるだろ? 残念だったな」


 セーラを覆う影はしばし激しく蠢き……ややあってから、弾けるようにして消えた。現れた少女は目立つ外傷こそないがそのまま崩れ落ち、地面に倒れて動かなくなる。

 ちょっとばかり密封しながら激しく揺さぶってみただけだが、食らった方は人生初の衝撃体験だったかもだ。


「まずは一人、と……」


 レグの呟きに、倒れた仲間を見つめながらもどうしようもなく引っ張られ続けていた三人が、ぎくりと肩を震わせて振り向く。

 このまま一人ずつ順番に寄せて倒していってもいい……が、それだと少しつまらない。


「さて、もっかい三人同時に来いよ。断っても強制だけどな、っと」


 言いながら、レグは黒剣を大きく引き抜いた。

 すると何が起こるかというと、


「くぅ、引っ張られ……!」

「はぇぇぇえっ!?」

「……っ!」


 大きな動作につられて地面を黒に染めていた影も大きく波打ち、捕らえていた三人を宙へと放り出す。

 ただし落下する先にはレグがいる。黒剣を構え、攻撃的な笑みを浮かべて。

 一番近くで逆さまになりながら飛んでいるミレイはそれに気付き、慌てた風に両手で大剣構える。


「やっ!? レグ兄、ちょっとストップ……!」

「待たねぇよ。出直してこい」


 言って、雑に鋭く黒剣を振るう。剣から黒い衝撃波が幾重にも飛び、ミレイの体を容赦なく打ちのめす。


「わきゃあああぁぁぁっ?!」

「ミレイ……このっ!」


 仲間が吹き飛んでいくのを見て怒りに顔を染めたリアは、空中で身を捻りどうにか体勢を整えようとする。シーリスも同じくだ。

 やろうと思えば着地前に同時に倒せたが、敢えて剣を片手に煽る。


「これで二人。さて、次はどっちだ?」

「調子に乗ってんじゃねぇ、です……!」


 挑発の甲斐もあって、先に着地したシーリスはそのまま真っ直ぐにレグへと向かってくる。

 意気込みはいい。だが、決定的に工夫が足りない。

 最短最速で雷槍を繰り出してきたシーリスに対し、レグは白けた顔で、


「威勢だけで実力が伴ってねぇよ。ちっとは頭を使えっての」


 言って、足下に剣を突き刺し――射程に入ったシーリスを、数十もの影が針のように串刺しにした。


「か、はっ……!?」

「安心しろ、衝撃だけで実体はねぇから。ま、今日の夕飯は諦めた方が無難だが」


 刺さっている針の一本一本が大人の男が本気で殴るくらいの衝撃はあるはずで、それをまともに食らったシーリスはそのまま吹き飛ばされる。

 かなりの距離を飛び、ろくに受け身も取れずに倒れたのを見れば、近付いて確認するまでもない。錬晄氣レアオーラを纏っているから致命傷にはならないが、しばらくは呼吸するだけでも地獄の痛みが襲うだろう。


「これで三人、と」


 呟き、引き上げた黒剣を振り向かないまま後ろへと突き出す。

 それは背後に迫っていたリアの突進を止め、舌打ちが聞こえてきた。


「ちぃっ……どこに目がついておるのだ……!」

「こっちに答えを求める前に自分の足りなさを嘆けよ。それで終わりか、お姫様?」

「まだに決まっている! 倒せないにしても、掠り傷一つ負わさずに終われるものか……!」


 ちらりと目を向ければ、親の仇でも見つけたような形相のリアがいて……その後ろで、驚くべきことにフラフラとミレイが立ち上がろうとしていた。


「ぬっ……ミレイ……?」

「ま、まだ……だよ、ね……!」


 軽めの一撃だったが、気を失うか悶絶する程度にはダメージがあったはずだ。咄嗟に錬晄氣レアオーラを強化して守った……にしても、ミレイ程度のコントロールで軽減出来るダメージなんてたかが知れている。

 まず立てないはずだった。なのにこうして立っている。

 どうやってるのか、種明かしは簡単――無理をしているだけだ。それも、相当な無理を。

 立つのも苦しいはずで、実際に体を纏う錬晄氣レアオーラは消えかかっている。それでも創撃武装リヴストラは保ったまま、目には戦意を滾らせていた。

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