006 自己紹介は終了したので
「威力の見切りは間違えねぇよ。だから――次は本気でやれ」
「うっ……き、気付いちゃった……?」
「オレが
素手で受けようとした瞬間、優しい妹分の一撃が鈍ったのを見逃すはずもない。
本気にさせる為には
とりあえず教える側の立場からは、一つだけ言える。
「その甘すぎる性格は戦いの時はしまっとけ。でないと泣きを見る羽目に――っと」
「へっ……ふわぁっ!?」
説教の途中だったが、レグは受け止めたままだった大剣を掴み、そのままミレイごと投げ捨てた。
空を飛ぶ妹分は『なんでっ!?』と抗議の表情をしていたが、むしろ感謝して貰いたい。
何故なら――刹那のタイミングで、迸る雷撃がレグを襲ったからだ。
「ひぃえっ!? れ、レグ兄?!」
「これは…………彼奴か……!」
心配そうな悲鳴と不満げな声がし、
「――甘いのはどっちだよ、です」
凛とした、粗野なのか丁寧なのか分かりづらい口調でそう言ったのは、長身の少女だった。
「シーリス=コール。十六歳だ、です」
名乗り上げる彼女の手には、一本の槍が握られていた。穂先は細く鋭く、その根元には三日月のような刃が組み合わさっている。区分するのなら変則的な十文字槍か三つ叉槍。
属性は、今の一撃で分かる通り、雷だろう。光属性の一種で、より攻撃的な部類になる。
その雷撃を不意打ちで仕掛けられたレグは、
「……随分と派手な挨拶だな。大人しく順番が待てなかったか?」
右手を前に構え、口元を歪めて笑う。まともに食らったが、それでも無傷だ。
「そういや『甘い』ってのはどういう意味だ? お前の攻撃のことか?」
「大剣女を庇ったことだ、です。反撃をしないなんて馬鹿にした考えもな、です」
「別に甘くはねぇよ。単なる強者の余裕だ。お前等が束になって掛かってきたところで怪我一つするはずもないから、こうやって振る舞えるんだよ」
わざとらしく悪者感を出してやると、シーリスの生真面目そうな顔つきが微かに歪み、僅かに殺気が滲み出る。
「し、シーちゃん!? どうしてあんなっ……」
「……卑怯な真似を」
他の少女達の反応に、シーリスはちらりと視線をやるだけで、特に表情は変えない。
「英雄殿ならこれくらい簡単に防げるだろ、です。事実……腹立たしいことに、無傷でいやがる、です」
「完全な不意打ちなら火傷くらいしたかもな。どうせなら目に見える範囲じゃなくて背後からやっとけよ、中途半端だ」
「れ、レグ兄も挑発しないのっ!?」
「ただの事実だ。ま、後ろからでも寝ているところでも、あの程度の攻撃なら掠り傷が関の山だけどな」
「…………」
ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべるレグに、少女は僅かに唇を噛み締めるだけで、怒ったり悔しそうにしたりはしない。ただ手に持つ
言葉遣いがちょっとあれなシーリスだが、先程の攻撃といい今の構えの隙のなさといい、悪くない。どうして他のチームに引っ張られなかったのか不思議なくらいだが……性格に難がありそうなので、その辺りが原因かもだ。
ともあれ――レグとしては、妹分を巻き込みかねなかったことでマイナス査定だが。
「つーか、別にまとめて掛かって来ても構わないぜ? 最初からそうしようかとも思ったが、顔と名前を覚えてられないから止めておいただけだしな」
残るは一人だけだから、もうその心配も無い。
そして最後の少女は――既に
「…………」
ここまでの流れをじっと無言で眺めていた少女の前に、いつの間にか銀色に輝く大砲が浮かんでいた。大砲の口からは奥が見えず、代わりに白い光が溢れんばかりに輝いている。
それなりに場数を踏んでいるレグも初めて見るタイプの
「いつでも掛かって来ていいぜ――っと、その前に名乗りだけはしとけ」
「……セーラ=ゼーラ。十四歳」
素直に返って来た言葉に、レグは
「へぇ」
と小さく声を漏らし、
「やっぱりそんな歳か。ま、それでもベルが参加を許可したってことは、それなりにやれるってことだろ?」
「…………」
セーラと名乗った少女は言葉を返さず、さっと大砲の陰に隠れてしまった。恥ずかしがっているのなら可愛らしいが、ちらっと覗くその顔は完璧なまでに無表情で、何を考えているのか全く読み取れない。単に無視されたって可能性もある。
「どいつもこいつも一筋縄ではいかない奴等だな……っと」
ぼやいた矢先、シーリスが動くのが見えたので、レグは少しだけ気を引き締めた。大したことはない、みたいなことは言ったが、油断していると日常仕様の
それに、
「ああもうっ、シーちゃんってば……知らないんだからねっ!?」
自棄気味なことを言いながらミレイも動いた。
先に地を蹴ったシーリスは低い姿勢で、槍を構えたまま弧を描くように疾駆する。一方、ミレイは大剣を振りかぶったまま、真っ直ぐに向かって来る。
正面からミレイ、右側面からシーリスという二方向からの攻撃に、レグは平然と突っ立ったままだ。即席タッグにしてはまあまあ良い連携だと、迫り来る二つの刃から目を離さずに口元を綻ばせる。
それを余裕と受け取ったか、シーリスの眉間に皺が刻まれ、
「調子に乗れるのはここまでだ、です……!」
「レグ兄、覚悟っ!」
回り込んだシーリスからは雷撃を纏った槍が、正面のミレイからは炎を吹く大剣が、ほぼ同時に繰り出された。
槍の穂先は脇腹を串刺しに、幅広の剣は脳天を叩き割らんという勢いで迫る――が、
「惜しいが、足りねぇ」
「ぐっ……?!」
「う、嘘ぉ……!?」
各々が繰り出した攻撃の結果に、二人の表情は驚愕に染まった。
別に大したことはしていない。槍の穂先と剣の刃を、目標に届く前に
「
「こ、今度は本気の全力だったのにぃ……」
二人共それなりに自信があったんだろうが、まだ温い。防がれるのを前提としてもっと多彩に仕掛けるべきだったのに、正直過ぎだ。
せめてもう一工夫――と、思った矢先、
「……お?」
正面にいるミレイの陰から、飛び出す人物が居た。
「……っ!」
「ふぇっ、リアちゃん?!」
二人に気を取られていたレグの前に、いつの間にかリアが迫っていた。さっきまで倒れたままでいたのは、どうやら隙を窺っていたらしい。
王族らしからぬ行動だが……有りだ。さっきの不意打ちなんかよりよっぽどいい。
エストックを構えたリアはレグの間合いに入る――が、その直前で急ブレーキをかける。
そしてレグには届かないところから鋭い刺突を繰り出し、
「喰らうがいい――《
リアの叫びに呼応するように、
ビキビキと軋んだ音を立てて氷の奔流は細く二つに分かれ、うねりながらそれぞれがレグへと襲いかかる。先端は鋭く尖り、速度から殺傷能力は十分。
片や頭を、片や太腿付近を、上下から挟むようにして刺し貫こうと迫る氷の凶器に対し、不意を突かれたレグは両手が塞がったままだ。
「貰った…………ぁっ?!」
勝利を確信して喜色を孕んだリアの声は、しかし最後の方は悲鳴に近いものに変わってしまった。
何故なら――必勝のはずの氷撃が、一瞬のうちに破砕されたからだ。
「今のは悪くなかったな。ま、覚えたての初心者にしては……ってところだが」
軽い口調で評するレグの手には、いつの間にか黒い剣が握られていた。
そしてほんの数秒前まで両の手を塞いでいたはずのミレイとシーリスはというと、二人揃って愕然とした表情で硬直している。二人の手には
何が起きたのか分かっていなさそうな彼女達に、レグは素っ気なく告げる。
「別に大したことはしてねぇよ。
「馬鹿な……今の今まで
「その認識が甘いんだよ、初心者」
「
「……これが経験の差かよ、です……!」
表情は乏しいが悔しげに呟くシーリスに、レグは肩を竦めてみせる。
「差があるのは当たり前だろ。オレを誰だと思ってるんだ?」
「れ、レグ兄が強かったのは知ってるけど……六年前の
「その認識はちょっと違うな」
妹分のミレイさえ理解していないみたいなので、レグはその場にいる全員の顔を見渡してから、堂々と言い放つ。
「過去形にすんなよ。オレは六年前より、今の方がずっと強い」
――
強くあり続ける為に、より強くなる為に、一日だって無駄にはしていなかった。
だから昨日よりも今日、今日よりも明日の方が強い。六年前の自分にさえ全く及ばない
その差の一端を見せつけられて、場の空気は固まっている。右手に黒剣をぶら下げたレグに、まだ離れているセーラはともかく、囲んでいる三人ですら動けない。全員、
これは外れかな、とレグの胸中に諦めに似た感覚が湧き上がり、
「――まだだよっ! まだ全部、出し切ってないもん!」
「っ、ミレイ……!」
「…………だな、です」
声を張り上げた少女に応えてか、二人の目にも活力が宿る。
「へぇ? まだ足掻くのか?」
好戦的とは程遠い性格のはずの妹分が士気を落とさずにいるのはレグにとっても意外で、黒剣を肩に担いで訊ねる。
傷一つなくても精神的にはかなりのショックを受けているはずのミレイだが、大きく跳んで退くと同時に両手で
「勝てないのは最初から分かってるもん! それでも、あたしはレグ兄に認めて貰って、
大剣に纏わせた炎にも負けないくらい強い闘志の光を目に宿すミレイは、小さい頃には見せなかった顔をしている。優しいのは相変わらずだと再認識したばかりなのに、それでも譲れないものがあるらしい。
妹分の熱意に絆された、という訳じゃないが、レグは嘘偽り無い推測を語る。
「……チビなら出られると思うぜ? もう三、四年経験を積めば、予選レベルは超えて本戦でもそこそこやれるはずだ」
「それじゃ遅いんだよ! あたしは今年の
譲らない、と言わんばかりに首を振るミレイに、続く声があった。
「良く吠えた、ミレイ。
「……当然だな、です」
いつの間にかリアとシーリスの目にも活力が戻っている。
三者三様に譲れない想いが
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