005 黒き閃刃――引き籠もりの元英雄
「馬鹿な、一体いつから……いやっ、それよりもその程度の
「最初からだ。誰も気付いていなかったみたいだけどな」
面倒だが、これが役割なので教えておく。
この薄衣に気付いていないからこそ、レグがリア達を軽く見ていたことを。
「別に特別なことなんて一つもしてねぇよ。オレが常日頃から張っている
説明がてらさらに煽ってやる、が……目に見えて怒りを振りまくような真似は、リアはしなかった。
その代わり、リアの
「……ならば、次は本気で行かせて貰うぞ」
「最初っからそうしろよ。どれだけ頑張ってもか弱い落第候補生程度じゃこの薄皮一枚も破れないんだから、安心して全力で来い」
「…………っ!」
顔色こそ変わらなかったが、怒りが溢れたかのようにリアの体から蒼い光が淡く湧き出る。水の属性を帯びた
内心では腸が煮えくり返っていそうなものだが、意外にもそれなりに纏まりのある
「本気でいく……卑怯などと言ってくれるなよ?」
先程と同じ構えのまま、リアの体から淡い蒼の光が発せられて、レグへと迫りこちらを包み込んで来る。反応は出来ても避けられるような速度じゃないが、本人から離れた
なのにリアが
勿論、レグだって良く知っている。
それが無駄だということを、だ。
だから先行した自身の
「どんなに強固な
レグの反応を諦めと見たのかリアの声には勝ち鬨に近しい響きが込められていて、その顔も勝利をまるで疑っていない。確かに、彼女の選択はある意味正しい。
男の
女性は
だからリアの行動は概ね間違っていない。
ただし――今回は相手が悪い。
「ダメだよリアちゃん! それは……!」
「もう遅い、すぐに決着を、」
「――ああ、もう遅ぇ」
レグが口端を歪めて笑った瞬間、リアの表情から勝利の笑みが消えた。彼女だけでなく、傍観していた他の連中も表情を変える。
リアが放った
「なっ……く……!?」
驚愕に意識を奪われていたのは一瞬で、すぐに歯を食い縛ったリアはレグと繋げていた
「減点一……と言いたいところだが、反応は早かったな。おまけで減点はなしにしとくか」
「な、にを……したのだ……!? 貴様の
「知らなかったんならやっぱ減点にするか? 男からは
ただし、言う程簡単なことでもないが。先に『
「もうっ、だからダメだって言ったのに! リアちゃんってば生き急ぎすぎ!」
初めての『逆
「大丈夫?」
と助け起こす。
「ミレイ……其方は知っていたのか?」
「当たり前だよ。むしろリアちゃんが知らない方がびっくりだよ」
「いや、己も技能としては知っていたが……あれを実践出来る者は彼の人以外にいないと……」
そこまで言ったところで、不意にリアの瞳が大きく見開かれた。
そして隣のミレイが驚いて離れる程の勢いでレグのことを指差し、
「まさかこの男……ゼルスヴァイト卿か!? 六年前の
この国では一番知れ渡っている呼び名を叫び驚愕するリアに対し、ミレイはというと、
「………………えっ? い、今更気付いたの!?」
こちらも驚愕していた。ただし、友人が駄目すぎたという意味でだ。
「どうしてリアちゃんがレグ兄のこと知らないのっ!? 確かにレグ兄は引き籠もりだけど、英雄なんだから国の行事とかパーティーとかにも呼ばれてるはずだよ!」
「あー、オレ、その手のイベントは全部サボってるわ。最近じゃ呼ばれもしねぇ」
「だ、だとしても名前で気付くんじゃ……」
「しかし、先程はゼルスヴァイトの名を名乗らなかっただろう? おまけにこんなに小さいだなんて、イメージと……」
「おい、それ以上無駄口叩いたら本気で帰るぞ?」
あっさりと禁句を言ってくれるリアに釘を刺すと、流石に口を噤んだ。やはり実力差を見せつけた後だとやりやすい。
「あとな、オレは昔も今もレグ=ウェザーだ。ゼル何とかなんてクソ女王が勝手に付けた名前、知るかよ」
「っ……貴様、畏れ多くも女王陛下に……!」
一瞬にして激昂するリアだが、レグも負けじと険のある目つきで睨み返し、
「……あの女、
「…………なっ……?」
「しかも名前をくれてやるってだけで、貴族になった訳でもないしな。なりたくもなかったからそっちは別に構わないが」
「………………………………馬鹿な……」
「ふわぁ……何度聞いてもびっくりな話だよね……」
予想外のエピソードだったのか唖然とするリアに、大きく首を横に振るミレイ。他の二人も反応に大差はない、呆れているようだった。
こいつらはまだマシな部類かもな、と認識を修正したレグだが、当時のことを思い出すと今でも軽くキレそうになる。あの時、一緒にいた仲間が止めようとしなければ、とっくにこの国を出て行っていたはずだ。
……まあ、そんなことは今はどうでもいい。
レグはちらりと、ミレイの手を借りても起き上がることが出来ないリアを見て、
「姫さんはしばらく戦力外だな。すぐに
「くっ…………最初から『黒き閃刃』と知っていれば、こんな失態……!」
悔しげに頬を歪めるが、それでも立てはしない。本人にとっては屈辱だろう。
「そんな言い訳が試合で通じるかよ。一応言っておくが、『逆
「えっ? でもでもっ、レグ兄以外には出来ないって……」
「他の連中が情けないだけだ。少なくとも女なら数人、オレに匹敵する力量の
「……己が未熟ということか…………くっ……!」
心底から悔しげな声を漏らすリアだが、少なくとも力不足を認めただけいい。
認めなければ成長はない。それはレグが身を以て知っている。
「さて、続きだ。ぼさっとしてるとサービスタイムなんかあっと言う間に終わるぜ?」
残り三人の顔を見渡し、やはりというか次のターゲットには手近な相手を選んでおく。
「ほらチビ、さっさと来いよ。相手してやっから」
「だからチビじゃないって言ってるのにぃ……!」
頬を膨らませながら、ミレイは両手を前に出す。
それから大きく深呼吸をして、
「知っての通り、ミレイ=フロスター、十七歳! いくよっ!」
叫ぶのと同時に、両手に赤い華が咲いた――そんな風に見えてしまう程に強烈な
リアのエストックを繊細な刃とするなら、ミレイの大剣は無骨な鉄の塊だ。身の丈より長そうな幅広の刀身は両刃で、飾り気は殆どない。刀身の中央に深い溝があるが、特色は精々それくらいだ。属性は見たままの火で間違いない。
やはりというか……似ていた。
レグのよく知っている、問答無用の破壊力を持つ
「ダメかもしれないけど……全力で行くよっ」
先程までが嘘みたいに真剣な顔つきになったミレイは、言葉通り出し惜しみするつもりはないらしく、気合いと共に全身から赤い光を放つ。それだけでなく、大剣からは激しい炎を吹き上げさせた。
「レグ兄……少しは追いつけたってこと、証明してみせるから!」
「ああ、来いよ」
――それが誰を指してなのかは訊かないまま、レグは気楽に手招きした。
「せやあぁぁぁっ!」
一秒と間を空けず、炎の大剣を担いだミレイが一直線に駆けてくる。決して速いとは言えないが、気迫と威圧感はなかなかのものだ。
相変わらずレグは手ぶらのままで、妹分が目の前まで迫るのをただ見つめる。
「レグ兄、覚悟ぉ――!」
間合いに入ったミレイは唐竹割りに大剣を振り下ろし……
それを見たレグは迷い無く手を翳し、襲いかかる刃をあっさりと掌で受け止めてみせた。
「馬鹿なっ……!?」
悲鳴に似た声を上げたのはミレイではなくて、倒れたままのリアだ。いくらなんでも、この一撃が素手で受け止められるだなんて思っていなかったらしい。
だが当のミレイはというと悔しげに唇を尖らせるだけで、驚きはないみたいだった。
「もうっ……レグ兄の
「残念だったな。ま、割と惜しかったが。流石に
リアの一撃はそのままでも大丈夫だったが、今のはちょっとまずい。余裕ぶっこいて通常仕様で受けようとしたら、たぶん手が真っ二つになっていた。
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