005 黒き閃刃――引き籠もりの元英雄

「馬鹿な、一体いつから……いやっ、それよりもその程度の錬晄氣レアオーラわたしの一撃を防いだというのか……?!」

「最初からだ。誰も気付いていなかったみたいだけどな」


 面倒だが、これが役割なので教えておく。

 この薄衣に気付いていないからこそ、レグがリア達を軽く見ていたことを。


「別に特別なことなんて一つもしてねぇよ。オレが常日頃から張っている錬晄氣レアオーラだ、お前の攻撃が来るからって強化した訳でもなんでもない。雨風が避けられて便利程度の日常用だが……ま、うるさい蜂の一刺しを受けるくらいなら余裕だな」


 説明がてらさらに煽ってやる、が……目に見えて怒りを振りまくような真似は、リアはしなかった。

 その代わり、リアの創撃武装リヴストラから空気を凍り付かせそうな冷気が溢れ出す。


「……ならば、次は本気で行かせて貰うぞ」

「最初っからそうしろよ。どれだけ頑張ってもか弱い落第候補生程度じゃこの薄皮一枚も破れないんだから、安心して全力で来い」

「…………っ!」


 顔色こそ変わらなかったが、怒りが溢れたかのようにリアの体から蒼い光が淡く湧き出る。水の属性を帯びた錬晄氣レアオーラだ。錬晄氣レアオーラの総量も大したもので、流石は王族――血筋の殆どが騎士エストになるだけの素質を持つ生まれといえる。

 内心では腸が煮えくり返っていそうなものだが、意外にもそれなりに纏まりのある錬晄氣レアオーラで、乱れは感じられない。感情を理性から切り離して戦えるタイプなのかもだ。怒ってはいるが、がむしゃらにぶつかってくるタイプの目をしていない。


「本気でいく……?」


 先程と同じ構えのまま、リアの体から淡い蒼の光が発せられて、レグへと迫りこちらを包み込んで来る。反応は出来ても避けられるような速度じゃないが、本人から離れた錬晄氣レアオーラ自体には殆ど攻撃力はない。そよ風の方がまだマシ、くらいのものだ。

 なのにリアが錬晄氣レアオーラを飛ばしてきたのには理由がある。騎士エストを目指す人間なら誰だって知っている理由が。

 勿論、レグだって良く知っている。

 

 だから先行した自身の錬晄氣レアオーラに引き寄せられるように真っ直ぐ向かって来るリアに対し、レグは微動だにしない。


「どんなに強固な錬晄氣レアオーラでも、剥いでしまえば無意味だ……!」


 レグの反応を諦めと見たのかリアの声には勝ち鬨に近しい響きが込められていて、その顔も勝利をまるで疑っていない。確かに、彼女の選択はある意味正しい。

 男の騎士エストは女の騎士エストに正面からでは絶対に勝てない――そう言われる所以が、これだ。

 女性は錬晄氣レアオーラを使い、男性の錬晄氣レアオーラを『吸収アブソーブ』することが出来る。それは一方的にで、男からは出来ないばかりか、防ぐことも難しい。

 創撃武装リヴストラを作り出すレベルまで錬晄氣レアオーラの繰氣が出来ればまず間違いなく可能な芸当で、これがあるからこそ虹星練武祭アーヴェスト・サークルに出る騎士エストは女性ばかりになっている。

 だからリアの行動は概ね間違っていない。

 ただし――今回は相手が悪い。


「ダメだよリアちゃん! それは……!」

「もう遅い、すぐに決着を、」

「――ああ、もう遅ぇ」


 レグが口端を歪めて笑った瞬間、リアの表情から勝利の笑みが消えた。彼女だけでなく、傍観していた他の連中も表情を変える。

 リアが放った錬晄氣レアオーラが、レグの錬晄氣レアオーラ吸収アブソーブしていく――はずが、リアの身を包んでいた錬晄氣レアオーラが急速に光を失い萎んでいった。


「なっ……く……!?」


 驚愕に意識を奪われていたのは一瞬で、すぐに歯を食い縛ったリアはレグと繋げていた錬晄氣レアオーラを遮断する。だが、それまで体を覆っていた錬晄氣レアオーラは極端に小さなものになり、リア自身も膝を突いてしまった。


「減点一……と言いたいところだが、反応は早かったな。おまけで減点はなしにしとくか」

「な、にを……したのだ……!? 貴様の錬晄氣レアオーラを『吸収アブソーブ』するはずが、逆に己の錬晄氣レアオーラが奪われるなどと……!」

「知らなかったんならやっぱ減点にするか? 男からは錬晄氣レアオーラを『吸収アブソーブ』出来ないが、女の方からパスを繋げば、こっちからも『吸収アブソーブ』出来るんだよ。あとはどっちの繰氣が上手いか、って技量勝負になるだけの話だ」


 ただし、言う程簡単なことでもないが。先に『吸収アブソーブ』をする女側が圧倒的に有利で、そこから巻き返すには相当な繰氣技術が必要になる。少なくとも男は相手より数段繰氣が上手くないと成立しない。


「もうっ、だからダメだって言ったのに! リアちゃんってば生き急ぎすぎ!」


 初めての『逆吸収アブソーブ』のショックか、まだ立ち上がれない友人に、ミレイが横に付いて

「大丈夫?」

と助け起こす。


「ミレイ……其方は知っていたのか?」

「当たり前だよ。むしろリアちゃんが知らない方がびっくりだよ」

「いや、己も技能としては知っていたが……あれを実践出来る者は彼の人以外にいないと……」


 そこまで言ったところで、不意にリアの瞳が大きく見開かれた。

 そして隣のミレイが驚いて離れる程の勢いでレグのことを指差し、


「まさかこの男……ゼルスヴァイト卿か!? 六年前の虹星練武祭アーヴェスト・サークルの覇者、史上初の男性覇星騎士エストの『黒き閃刃』だと――?!」


 この国では一番知れ渡っている呼び名を叫び驚愕するリアに対し、ミレイはというと、


「………………えっ? い、今更気付いたの!?」


 こちらも驚愕していた。ただし、友人が駄目すぎたという意味でだ。


「どうしてリアちゃんがレグ兄のこと知らないのっ!? 確かにレグ兄は引き籠もりだけど、英雄なんだから国の行事とかパーティーとかにも呼ばれてるはずだよ!」

「あー、オレ、その手のイベントは全部サボってるわ。最近じゃ呼ばれもしねぇ」

「だ、だとしても名前で気付くんじゃ……」

「しかし、先程はゼルスヴァイトの名を名乗らなかっただろう? おまけにこんなに小さいだなんて、イメージと……」

「おい、それ以上無駄口叩いたら本気で帰るぞ?」


 あっさりと禁句を言ってくれるリアに釘を刺すと、流石に口を噤んだ。やはり実力差を見せつけた後だとやりやすい。


「あとな、オレは昔も今もレグ=ウェザーだ。ゼル何とかなんてクソ女王が勝手に付けた名前、知るかよ」

「っ……貴様、畏れ多くも女王陛下に……!」


 一瞬にして激昂するリアだが、レグも負けじと険のある目つきで睨み返し、


「……あの女、虹星練武祭アーヴェスト・サークルを勝って帰った報告で『そんな粗雑でつまらない名前、英雄と仕立て上げる人物には相応しくないわ。褒美に私が名を与えましょう』とかぬかしやがったんだぞ? その場で城をぶっ壊して帰ってやろうかと思ったわ」

「…………なっ……?」

「しかも名前をくれてやるってだけで、貴族になった訳でもないしな。なりたくもなかったからそっちは別に構わないが」

「………………………………馬鹿な……」

「ふわぁ……何度聞いてもびっくりな話だよね……」


 予想外のエピソードだったのか唖然とするリアに、大きく首を横に振るミレイ。他の二人も反応に大差はない、呆れているようだった。

 こいつらはまだマシな部類かもな、と認識を修正したレグだが、当時のことを思い出すと今でも軽くキレそうになる。あの時、一緒にいた仲間が止めようとしなければ、とっくにこの国を出て行っていたはずだ。

 ……まあ、そんなことは今はどうでもいい。

 レグはちらりと、ミレイの手を借りても起き上がることが出来ないリアを見て、


「姫さんはしばらく戦力外だな。すぐに錬晄氣レアオーラの支配を取り戻そうとしたとはいえ、それなりに奪ってやったから虚脱感でキツいはずだ」

「くっ…………最初から『黒き閃刃』と知っていれば、こんな失態……!」


 悔しげに頬を歪めるが、それでも立てはしない。本人にとっては屈辱だろう。


「そんな言い訳が試合で通じるかよ。一応言っておくが、『逆吸収アブソーブ』はオレの専売特許じゃねぇ。オレと近いレベルで繰氣が出来るヤツならやってのけるぞ」

「えっ? でもでもっ、レグ兄以外には出来ないって……」

「他の連中が情けないだけだ。少なくとも女なら数人、オレに匹敵する力量の騎士エストがいるしな。そいつらは『逆吸収アブソーブ』にも耐えられる」

「……己が未熟ということか…………くっ……!」


 心底から悔しげな声を漏らすリアだが、少なくとも力不足を認めただけいい。

 認めなければ成長はない。それはレグが身を以て知っている。


「さて、続きだ。ぼさっとしてるとサービスタイムなんかあっと言う間に終わるぜ?」


 残り三人の顔を見渡し、やはりというか次のターゲットには手近な相手を選んでおく。


「ほらチビ、さっさと来いよ。相手してやっから」

「だからチビじゃないって言ってるのにぃ……!」


 頬を膨らませながら、ミレイは両手を前に出す。

 それから大きく深呼吸をして、


「知っての通り、ミレイ=フロスター、十七歳! いくよっ!」


 叫ぶのと同時に、両手に赤い華が咲いた――そんな風に見えてしまう程に強烈な錬晄氣レアオーラの奔流の後で、ミレイの手にはがっしりとした大きな剣が握られていた。

 リアのエストックを繊細な刃とするなら、ミレイの大剣は無骨な鉄の塊だ。身の丈より長そうな幅広の刀身は両刃で、飾り気は殆どない。刀身の中央に深い溝があるが、特色は精々それくらいだ。属性は見たままの火で間違いない。

 やはりというか……似ていた。

 レグのよく知っている、問答無用の破壊力を持つ創撃武装リヴストラに。


「ダメかもしれないけど……全力で行くよっ」


 先程までが嘘みたいに真剣な顔つきになったミレイは、言葉通り出し惜しみするつもりはないらしく、気合いと共に全身から赤い光を放つ。それだけでなく、大剣からは激しい炎を吹き上げさせた。


「レグ兄……少しは追いつけたってこと、証明してみせるから!」

「ああ、来いよ」


 ――それが誰を指してなのかは訊かないまま、レグは気楽に手招きした。


「せやあぁぁぁっ!」


 一秒と間を空けず、炎の大剣を担いだミレイが一直線に駆けてくる。決して速いとは言えないが、気迫と威圧感はなかなかのものだ。

 相変わらずレグは手ぶらのままで、妹分が目の前まで迫るのをただ見つめる。


「レグ兄、覚悟ぉ――!」


 間合いに入ったミレイは唐竹割りに大剣を振り下ろし……

 それを見たレグは迷い無く手を翳し、襲いかかる刃をあっさりと掌で受け止めてみせた。


「馬鹿なっ……!?」


 悲鳴に似た声を上げたのはミレイではなくて、倒れたままのリアだ。いくらなんでも、この一撃が素手で受け止められるだなんて思っていなかったらしい。

 だが当のミレイはというと悔しげに唇を尖らせるだけで、驚きはないみたいだった。


「もうっ……レグ兄の創撃武装リヴストラを出させるつもりだったのに、こんなあっさり……!」

「残念だったな。ま、割と惜しかったが。流石に錬晄氣レアオーラの強化はしたし」


 リアの一撃はそのままでも大丈夫だったが、今のはちょっとまずい。余裕ぶっこいて通常仕様で受けようとしたら、たぶん手が真っ二つになっていた。

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