第6話 訓練

 デビットの店を後にした俺達は、一度宿舎に戻り、昼食を取った。そして、そのまま、今後の方針について話をする事になった。


「さて、イオの装備も揃った事し、昨晩俺達で話し合った今後の方針を話しておく。幾つかの選択肢を用意したから好きなものを選んでくれ」

「分かりました」

「では、まず基本方針だ。これは初めの二十日間、俺達三人がローテーションを組みイオを鍛え。その後、皆で一の塔を上に向かう。上に向かう期間は一年程にするつもりだ。その先は塔の下に向かう選択肢も加え、再度方針の検討だ。ここまではいいか?」


 予想の範囲内の内容だし、問題ない。


「はい」

「それでだ。初めの二十日間の鍛え方なんだが――ここで選択肢がある」


 アレイの後ろで、エフィエイラがどこかわくわくしている感じがする。嫌な予感がする。


「は、はい……」

「一つ目は、素人向けの手堅くゆったり剣士コース。剣の基本をしっかり抑え、塔の中で実践的に鍛える感じだな。俺のおすすめだ」

「二つ目は僕からです。剣と魔法を覚えましょうみっちり魔法剣士コース。剣と魔法の両方を身に付け、幅広い対応で塔に挑むって感じですね。少し無理をしますが、僕はおすすめします」

「三つ目は私。一日を数倍に。あらゆる手で魔改造。時間を忘れて缶詰。一人前になってから塔へ行こうコース。大丈夫。魔法は何でもできる。私達のおすすめ」


 おい、三つ目、私達っていってるじゃねえか。これ実質一択だろ。


「ドゥルルルルル」


 おい、やめろ。光魔法の演出もいらん。


「わ、分かりました。三番でお願いします。――死にませんよね?」

「大丈夫。魔法は何でもできる」


 否定しろよ。


「よし、決まったな。なに、不安はあるだろうが、悪いようにはしないさ。まあ、鍛え方が厳しくなるのは覚悟してくれ」

「じゃあ、僕は追加の食料を買い込んできますね」

「私は地下室で他の準備をしてくる」

「地下室なんてあるんですか?」

「エフィさんが魔法で作った部屋なんです。ベッドやトイレ、シャワーくらいしかないんですけど、とっても広くて強度のある部屋なんですよ。僕らも良く訓練で使ってます。今回はエフィさんが部屋ごと時空魔法を掛けるので、中は外の何倍も訓練できますよ。エフィさんはとっても凄い魔法使いなんですよ」

「照れる」


 まるで精神と何とかの部屋だな。

 表情の変わらないエフィエイラと興奮気味に仲間を褒めた超可愛いロニは、それぞれ準備に向かった。

 


 □



「準備おーけー」


 エフィエイラの言葉は常と変わらない軽い調子なのに、何故か俺の心臓をきゅっと握りつぶした。おそらく、地下から出て来る時には、もう今の俺はいないのだろう。つまり、これは死の宣告か。さよなら俺。

 最後に一言だけ言わせてくれ。

 超こわい。



 □



 地下室は、ロニが言う通り広い空間に申し訳程度の居住スペースがあるだけだった。ストイックが過ぎると思う。

 初めは地下室にかかっている魔法や、魔改造に使われるあれこれの説明があるため、エフィエイラの訓練からスタートするようだ。そして、アレイ、ロニの順番でローテーションが回される。外で一日経った段階での交代なので、中で何日過ごすかは、初めにアレイが来るまで分からない。エフィエイラも教えてくれないようだ。美少女と二人っきりで過ごすはずなのに心が全然踊らない。

 二回目にエフィエイラと過ごすまでに、美少女との嬉し恥ずかし空間を楽しめる心の余裕を取り戻す気持ちで頑張ろう。


「イオっちにはこれから私の訓練を受けてもらう。頑張ってもらう。だから私もいつもより頑張る。いつもよりしゃべる」

「そ、それは助かります」

「先に言っておくけど、私達は育成のプロじゃない。それぞれ、自分の考えや受けてきた経験を叩き込むだけ」


 叩き込む?


「私は、凄い魔法使いであり戦士であったおじいちゃんの昔話を聴き、教えを受け、今の強さを身に付けた。おじいちゃんの強さには全然届いていない未熟な身だけど、これをイオっちに伝授する」

「こ、光栄です」

「ただ、この部屋で時間を加速しているとは言え、全てを伝えるには時間が足りない。……口も疲れる」


 まあ実際、こんなにエフィエイラが話しているのは初めてだ。一応頑張ってくれているらしい。ありがたい。


「だから、イオっちの頭には私の記憶を無理矢理流し込み、身体には私の魔力を無理矢理定着させる。あと、動きは魔法で強制的に操って強制する」


 それはありがたくない。


「そ、それって……大丈夫なんですか?」

「……」


 俺の質問に、エフィエイラはしばし沈黙した。どうやらシンキングタイムに入ったようだ。嫌な予感がするからどうかまともな方に考えを改めてほしい。


「死にかけ、壊れかけ、そのギリギリで生に留まれる根性が、イオっちにあれば大丈夫」

「なければ?」

「死ぬ。壊れる。だから頑張って。私は頑張っていっぱいしゃべった。次はイオっちの番。……最悪、魔法は何でもできる」

「釣り合ってないですよ!」


 そう叫んだ俺は部屋の出口に向かって走り出した。が、その身体が突然動かなくなった。


「イオっちに会った時に飲ませた飲み物あったでしょ。あれは私の魔法で身体を動かしやすくするための薬でね」


 なんて物を初対面の人間に飲ませているんだ。


「あの時は、危険回避のために念を入れておいただけ。でも、結果オーライ」


 今がその危険だと思う。


「それじゃあ、いってみよー」


 エフィエイラは右手の人差し指を伸ばし、俺の額に押し当てた。


「えい」


 その可愛い掛け声と共に訪れたのは、この日から始まった地獄の責め苦の中で、一番危険なやつだった。

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