第3話 講義

「さて、それじゃあ行くか。イオは明日また連れてくる。準備は頼む、エリア」

「かしこまりました」


 エリアと呼ばれたのは、最初に対応してくれた、メガネが似合う美人の受付のお姉さんだ。

 ここ美人多いよな。眼福眼福。


「イオさん、明日またお待ちしております。今日はゆっくりお休みくださいね」

「はい、ありがとうございます。明日もよろしくお願いします」


 一礼して、組合を出る。外はもう薄暗くなっていた。

 途中、食材などを購入し、アレイ達の宿舎に入り口に付く頃には完全に日が落ちていた。ただ、通りは街灯が灯り、足元はしっかり見える。あの光は何で光っているのだろうか。電気? もしかして魔法? 空は、薄い雲が広がっている。この世界に月のようなものはあるのだろうか。


「気になるものはありますか?」


 ずっときょろきょろしていたのが、面白かったのだろう。ロニが微笑ましそうにしている。


「気になるものばかりですよ」

「イオさんの世界はどんなだったんですか?」

「そうですね、国によりますが、俺の国は、争いの無い平和な国でした。電気エネルギーで文明が成立している所がありますね。高い建物も多いですよ」

「あ、それだけ聞くと、エフィさんの世界に似ている気がしますね。僕の世界は空にたくさんの大陸が浮いているんです。大陸の幾つかはこの世界に似ている部分もありますね。大陸それぞれに守護神がいて、その御力――神聖術が日々の生活を支えていました。僕はこの世界に来て八十年近くになります。何かこの世界のことで知りたいことがあったら、遠慮なく聞いてくださいね」


 ん? 八十年?


「私はまだ一年。ぺーぺーだけど、私もちょっと教える」

「俺はこの世界で生まれている。二十年しか生きてないからロニ程じゃないが、まあ色々答えれるぜ」


 どういうことだってばよ。



 □



 ロニは二百五十六歳でした。まさかでした。

 それはさておき、宿舎は一軒家を三人で借りているそうだ。そこに今日から俺もお世話になる。

 疲れているから簡単にと前置きはあったが、歓迎会を開いてくれた。食事はエフィエイラが作った。滅茶苦茶美味しかった。正直意外だった。結婚しましょう。アレイもそこそこ料理はできるらしいが、男料理ばかりだそうだ。ロニはこれもまた意外な事に料理が苦手らしい。本人は作るのは好きだが、二人から禁止されているとの事だ。

 食後はすぐに眠くなってしまったので、空いていた部屋を借り、毛布を敷きつめ横になった。

 三人はこれからの事を話し合っているようで、扉越しにかすかに会話が聞こえる。

 瞼が重くなると会わせて、その声も遠くなっていく。



 □



「イオっち、朝ごはんだよ」


 エフィエイラの抑揚の無い声で、俺は目を覚ました。扉の方に視線を向けると、エプロンを着用し、手にはお玉を持ったエフィエイラが立っていた。

 これが幼妻か。グッドモーニング、ハニー。


「おはようございます、エフィエイラさん」

「イオっちはお寝坊さん」


 イオっちってなんだ。昨日キメ顔で、イオ呼びするって言ってたのにもう飽きたのか?


「すぐ起きます」


 寝床の毛布を綺麗にたたみ、リビングに向かった。アレイとロニは既に食べ始めていた。パンと卵焼きとベーコンらしきもの、空いた席に透明なスープが並んでいた。


「おはようございます。すみません、遅くなってしまって」

「おう、起きたか。よく休めたようだな。今日は食べて少ししたら、組合に向かうからな」

「イオさん、おはようございます。僕らも今起きた所ですから、大丈夫ですよ」


 ロニは優しく言ってくれるが、甘えすぎも良くない。美味しいご飯をゆっくり良く噛んで、おかわりまでした後はちゃんと急ぐとしよう。

 そんなこんなで、食後ばたばたと準備を済ませ、再び組合支部までやってきた。

 幸い受付に並ぶ列は短く、すぐに自分達の番になった。担当は、メガネの似合うエリアさんだ。


「皆さん、よくお越しくださいました。ご用件はイオさんの講義受講で宜しいでしょうか?」

「ああ、イオを頼む」

「承知しました。お時間は休憩を含め約三時間程となります。アレイさん達はこちらでお待ちになりますか?」

「いや、外をぶらついてくる。講義が終わるよりは早く戻るから安心してくれ。じゃあ、イオ、居眠りせずに聴くんだぞ?」


 そう言って、直ぐに背を向けて去って行った。去り際に軽く手を振る仕草が様になる。


「では、僕らも行きますね」

「良い夢を」


 寝ねぇよ。



 □



 さて、ここからは講義の内容をダイジェストでお送りしよう。

 なに、おじいちゃん講師の説明があまりに眠気を誘うから、眠気覚ましの戯れだ。


 一時間目『この世界の概要』


 ・この世界には天を貫く巨大な十本の塔があり、惑星喰いの塔と呼ばれている。

 ・塔の根元は深く地の底まで続く迷宮となっていて、その先には惑星喰いと呼ばれる化物が身を潜めている。

 ・塔の先は異なる世界へと繋がり、十年の時を掛け、その世界を喰らい尽くす。

 ・塔の先に辿り着けば、異なる世界に行ける。ただし、その後はこの世界に戻ってくることはできない。

 ・塔の先の世界が滅ぶと、その塔はまた別の世界と繋がり、再び喰らい始める。これを塔の更新と言う。

 ・塔の更新は順番に回っている。今年、一の塔が更新したから、このままでは次は二の塔が更新する。


 二時間目『迷い人と組合』

 ・この世界の住人は、本人或いは先祖が、異なる世界からの迷い人である。

 ・迷い人同士の助け合いから、組合の前身ができた。

 ・組合の前身は、迷い人を助けると共に、元凶たる惑星喰いを討たんと塔と地下迷宮の探索に乗り出す。

 ・塔と地下迷宮の中には、惑星喰いの眷属たるモンスターがいる。

 ・モンスターは大きく分けて、運び屋と護衛がいる。運び屋を倒すと手に入る物には価値がある物が多く、組合はその売買も行っている。

 ・塔管理組合へと名称を変えた際、出身世界は違うが、塔から来た志を同じくする者として、迷う人の呼び方を塔人へと変えた。残念ながら定着率は低い。

 ・組合は、塔人登録をした者への支援として、当面の衣食住や必要装備や物資、資金を提供する。


 三時間目『生活環境について』

 ・お金の単位は『エレ』。百エレでパン一つ程の価値(一エレが一円位とざっくり思っておこう)。

 ・塔人の生活は、組合に所属しているからといって、塔の調査や探索を強制されるものではない。何故なら命の危険があるから。

 ・塔の近くの街では、塔や地下迷宮を探索し、取得した物を売って生活する者が多い。

 ・組合以外にも、幾つかのコミュニティがある。代表的なのが、『学園』、『神殿』、『選民教会』、『沼』。

 ・『学園』は数年のカリキュラムで、塔と地下迷宮に挑める探索者を育てることを目的とした機関。塔人は誰でもいつでも入れる。組合との関係も深い。

 ・『神殿』は、戦えない塔人や、故郷を失って失意にある塔人を救う事を目的とした慈善団体。

 ・『選民教会』は、この世界は天国で、自分達は選ばれた者であるとの考えを持つ。塔の先の世界の滅びによってこの世界はさらに豊かになると信じている。

 ・『沼』は、故郷を失った苦しみの中で、他者も同じように苦しみ不幸にしようと考えた者の集まり。危険思考で狂っている者が多い。


 まとめるとこれだけだが、講師の説明は同じ事を繰り返したり、脱線したりとそれはもう無駄に長く感じた。

 十年で地球が滅びるとか凄いヤバイ話の筈なのに頭が理解仕切れていないのは、スケールのでかさで感覚が狂っているのか、それとも講師の話が下手なためなのか。

 しかし、休憩時間も含め、時間には正確だったため、予定通り三時間で講義は終わったのは不幸中の幸いだった。

 十年しかないんだ、時間は有意義に使わないと。……そういえば、何てことない風だったけど、十年ってことはロニクスの故郷はもう滅んでしまっているんだよな。なんて声をかけたらいいんだろうなぁ……。



 □



 講義終了の報告のため、エリアのいた受付へと戻ると、すでにアレイ達が揃っていた。


「お待たせしました。今終わってきました」

「おつかれさん。俺達もさっき着たばかりだ。相変わらず時間に正確な爺さんだな」

「話がくどくて私は寝た。イオっちは起きてた?」

「はい、何とか耐えました」

「おっ、イオっちはえらいなー」


 ぱちぱちとやる気の無い拍手をするエフィエイラに苦笑いを返す。


「講習お疲れ様でした。こちらは組合からの支援金十五万エレと装備引換券です。お持ち下さい」

「え、こんなにもらえるんですか!?」

「こんなにとおっしゃいますが、十五万エレでは慎ましい暮らしをしてギリギリ一ヶ月生活できるくらいですよ。引換券も、組合直営のお店で初心者用装備一式と交換できるだけですから。組合としては、それが残っている内に、塔の調査等の組合活動を生活の基盤に組み込んでもらいたいんです。もちろん、それをしないからと言って、後で取り立てたりはしませんので、そこはご安心下さい」



 □



「お、『三刃』じゃねーか。何してるんだ?」


 そのまま受付前で雑談をしていると、後ろからアレイ達に声を掛けてくる二人組がいた。

 声を掛けてきたのは先頭にいた長い黒髪をポニーテールにした女性。毛先からわずかばかりは、染めているのか金髪だ。キリッとした表情が、意志の強さを感じる。服装は、所々に銀の装飾のある、黒を基調とした麗美な金属鎧だ。武器は、鎧と同色の矛。ハルバードというものだろうか。ザ・女騎士って感じで格好良い。


「リーツレイアか。迷い人を昨日保護してな。今日はさっきまで講義。終わり時間に迎えに来たって訳だ。お前たちは?」


「なるほどな。オレ達は明日から暫く地下迷宮に入ろうかと思っているから、その手続きだ」


 そこでリーツレイアと呼ばれた女性はこちらを見た。


「オレはリーツレイアだ。ここに来てまだ二年だ。元の世界に帰りたくて地下迷宮を進んでいる。どうだ、オレ達と一緒に潜らないか?」


「え?」


 急に勧誘されたぞ。


「おい、イオは俺達が面倒見ることに決まっているんだ。引き抜きはよせ」

「昨日会ったばかりだろ? いいじゃないか。オレも、こんなオカマ野郎以外の仲間が欲しいんだよ」

「あらやだ、オカマ野郎だなんて失礼しちゃうわ。せめてオカマちゃんにして欲しいわ」


 一緒じゃん。って思っているとそのオカマは俺に近づいてきた。紫の髪が、オカマというキャラと合わさっておぞましく見える。近づく距離もヤバイ。荒い鼻息が肌に触れる。いや、近過ぎだろ!


「ボク、こんにちは。私はターレス・カマーよ。この怖いお嬢ちゃんと同郷よ。ボクみたいな可愛い子と一緒に探検したいわ。それが無理ならせめて一緒に寝たいわ」


 素早く伸びてきた右手で無理矢理握手させられた。同時に左手が俺の尻に伸びた。


「いや、無理です。ごめんなさい」


 その両手を払いのけた。


「あら、残念。じゃあ、ロニきゅん、明日からまた会えなくなるから、今夜は一緒に寝ぐふぅぁぁ!!」


 ターゲットをすぐさま変えてロニに近づいたターレスだが、ロニの拳が鳩尾に食い込んだ。

 そのまま崩れたターレスの頭を蹴りつけて、「死ね」と冷たく吐き捨てたのは、あの癒しの天使ロニとは思えなかった。しかし、お陰で、危険人物は去った。そうか、ロニは救世主だったのか。


「くそっ、このオカマ野郎のせいで、仲間が全然増やせない。いっそ消えてもらうか」

「どんまいツーちゃん」


 はあ、とため息をついてリーツレイアは俺の方に向き直った。


「まあ、気が変わったら言ってくれ。その時はこいつを捨てるからよ」

「はい。あ、俺は泉沢伊緒です。よろしくお願いします」

「泉沢か。よろしく。時間取って悪かったな。じゃあ、またな」


 リーツレイアはそう言って、俺達に代わって受付に進んだ。もちろんオカマは放置だ。


「さて、俺達もそろそろ行こうぜ。引換券を使って装備一式を揃えよう。」


 装備一式かぁ。どんな感じなんだろう。やっぱり武器とかもあるのかな。俺に扱えるか心配だけど、やっぱりワクワクしちゃうよなぁ。

 講義で下がったテンションが戻って来るのを感じながら、アレイ達の後に続いた。

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