第2話 登録

 しばらく洞窟を歩き、塔の外に出た。


 振り返って見上げたその塔は、それはそれはとても大きかった。

 なにせ、頂上が霞んでいて見えないのだ。


「でかいだろ。塔は、ここを含めて十本あるんだが、どれもこれと同じでかさだ」


「ほら、イオさん、向こうに何本か見えますよ」


 ロニの指差すほうを見ると、木々の切れ間から四本の塔が見える。なんだか昔見たアニメの宇宙エレベータみたいだ。


「あっちの方に街があるんです。街の名前はアリハイド。この一の塔を管理しているので、それなりに大きな街ですよ」

「ご飯も美味しい」

「ああ、ご飯が美味しいのは良いですね。後でお勧めのお店を教えてください」


 ロニの説明とエフィエイラの感想を聞いて、不安だけだった心に、明るい気持ちが少しだけ湧いた。



 □



 数時間掛けて森を抜けた先に、その街はあった。

 アリハイド。説明通り、なかなか大きな街だった。

 そこに着くまでの数時間にも色々あった。いわゆるモンスターが現れたり、アレイ達の身体能力の高さや、魔法等の不思議な現象も目の当たりにした。

 それはもう驚いた。もちろん感動もした。テンション上げ上げだ。妄想大好き根暗インドア野郎たる我の好物である。ごちそうさまである。

 そして今目の前にある大きな門にも、現在進行形で圧倒されている。

 ただ、不安から始まり、驚きの連続の中歩き続けた上、内心の振れ幅も酷いため、流石に疲労感が半端ない。


「疲れている所すまんが、もう少し頑張ってくれ。あの先の建物で報告と登録、説明が必要なんだ」


 そこにアレイが声を掛ける。流石イケメン。こういう気遣いが自然と行える。勉強になります、先生。


「はい、頑張ります」


 そのまま街の大通りの先にある他より高い建物に入っていった。

 中には鎧やローブを纏った人々がいた。猫耳やウサギ耳の男女がいた。頭が爬虫類の人も、角や羽が生えている人もいた。

 様々な人種が入り混じり、行き交っていた。


「イオさん、ここが塔管理組合第一支部だよ」


 どこか誇らしげに、ロニが紹介してくれた。胸を張るロニ可愛い。もう一度言う。ロニ可愛い。


「塔管理組合、ですか?」

「はい。この世界と塔の関係から生まれた組織なんです。詳しい説明は後であるのと思うので割愛しますが、十本の塔の近くにそれぞれ街があり、その全てに組合の支部があるんです。ちなみに組合本部はそれぞれの街のを繋いだ中央にあります。組合は、惑星喰いを見つけ討伐するために組織されましたが、それに合わせて、塔の調査や迷い人の保護、支援、あと、塔内部から持ち出された物品や素材の売買も行っています」

「なるほど、勉強になります」

「あと、僕達含めここにいる方々は一応全員組合員なのですが、カウンターの向こうの制服着た皆さんが正組合員で、カウンター手前にいるのは組合所属探索者と、違いがあります。まあ、役割分担みたいなものです」


 言われてから改めて見渡してみた。

 中央には、長いカウンターがあり、受付係のような人達が二十人程いた。カウンターの中央に赤い服、向かって左側は青の服を、右側は緑の服を着ている。カウンター越しにそれぞれ列ができている。

 青服の職員がいる列のひとつに、アレイさんが並ぼ、俺もそれに倣った。列には二、三人しか並んでいなかったため、すぐに順番が回ってきた。


「アレイさん、こんにちは。こんな時間に珍しいですね」


 受付の女性が嬉しそうにアレイに挨拶をした。柔らかそうなセミロングの金髪、青いふちのメガネが似合う美女だ。青い服に合わせているのだろう。センスが良い。隣の受付をちらっと見ると、これまた可愛い女の子が顔を赤らめてアレイに視線を送っていた。反対も同じだった。……羨ましい。


「ああ、塔の更新を確認したからその報告と、そこに迷い人がいたから連れてきた。彼だ。先に塔人登録を頼む。あと、疲れが溜まっているようだから、講習は後日に回してくれ」

「はい、かしこまりました」

「塔人って何ですか?」


 隣にいたロニに尋ねてみた。


「塔人は、迷い人のことです。塔管理組合が古くから使っている言い回しでして、住民登録して身元の証明ができる段階になった迷い人を、組合はそう呼んでいるんです。ただ、一般の方々は、迷い人としか呼びません。塔人なんて正組合員位しか使わないので、あまり気にしなくても大丈夫ですよ。ちなみに僕も塔人です」

「エフィも塔人」


 エフィエイラが自分を指差した。


「そうなんですか。ロニさん、説明ありがとうございます」


 塔人という共通点ができた。ちょっと嬉しく思う。これが親近感ってやつだろうか。

 そんな会話をしていると、横から別の職員が近づいてきた。柔らかい雰囲気をもつ黒髪の美少女だった。


「塔人登録を行いますので、こちらへいらしてください」

「はい、わかりました」

「じゃあまた後でな」


 三人は軽く手を振って見送ってくれた。

 カウンターを離れ、少し奥まった所にある扉へと向かう。

 職員が鍵を開け、中に進む。

 あるのは机が一つと、それを挟んで向かい合う椅子が二脚。部屋の奥にはまだ扉がある。

 職員が紙とペンのような物を持ってきた。彼女に促され手前の椅子に座り。それらを受け取った。


「こちらに名前、性別、年齢、出身地など、記入してください。どのような文字でも構いません。その後、奥の部屋で、その登録情報を特殊な金属に刻み、身分証にしてお渡しします。塔人登録はそれで終了となります。なお、身分証は探索や生活の中でも色々使用します。所有者と魔法的な繋がりがあるため、なくすことはまずありませんが、一応、再発行ができない事は覚えていてください」


 なくしてはいけないとか、そういうプレッシャーってやつに弱いんだよね、俺。


「わ、分かりました」

「それと、本来はその後にこの世界についての講義の時間があるのですが、アレイさんより、後日に回すようにと申し出がありましたので本日は割愛します。では、記入をお願いします」


 名前:泉沢 伊緒

 性別:男

 年齢:十七

 出身地:地球 日本

 職業:学生

 戦闘経験:なし

 得意武器:なし

 得意魔法:なし

 

「書けました」

「お預かりします。では、奥の部屋へ向かいましょう」


 促されて奥の扉へと進む。

 中に入ると、部屋の中には、黒い大きな金属らしき球体が宙に浮いていた。その真下の床には魔法陣らしい複雑な図が描かれている。その中心には装飾を施された台座が一つ置かれている。


「この台座に先程の紙を置き、上から手で押さえてください」

「はい」


 言われた通りの事をすると、右手で押さえつけた紙と地面の魔法陣が輝き出した。

 輝きの中、宙に浮かぶ球体にも変化があった。球体下部から、雫がこぼれ落ちるように一部が離れ、それが輝きと共に形を変えながら、手の甲の上に降りてきたのだ。

 それが手の甲に触れたと同時に形を変えた。左手でそれを持ち上げると、紙と魔法陣の輝きも静かに収まった。

 不思議な光景だった。


「はい、これで終了です。完成した身分証を確認してください」


 左手にあるのは不思議な光沢をもつ黒いカード。サイズはキャッシュカード位か。表面には、太陽のような、丸の周りに三角形が十並んだ記号が描かれている。裏はふち周りに細やかな装飾のような模様が描かれている。中央にはさっき紙に書いた内容が記載されている。

 うーむ、黒いカードとか、厨二心がざわめくな。


「この身分証の機能については、後日の講義の際にお伝えします。明日またお越し下さい。長い時間、お疲れ様でした」


 最後に、彼女は優しい笑顔を浮かべてくれた。


「ありがとうございました」


 疲れが吹き飛んだ。



 □



 窓口に戻ると皆が待っていた。


「おう、おつかれな」

「あ、待っててくれたんですね」

「ここまできて放り出すような無責任な真似はしねぇさ。確認したいこともあるしな」


 流石の男前っぷりだ。

 

「確認したいことって何ですか?」

「ああ、イオはこの後どうするかってのを聞いておきたくてな。一応、塔人登録したばかりのやつには、組合が衣食住を提供してくれるんだ。もちろん不要なやつは断っても大丈夫だ。で、それを踏まえた上でだが、お前さえ良ければ俺達の宿舎に来ないか?」


 まさかの誘いだ。


「もちろん、断っても良いぞ。会って間もないんだ。流石に寝食を共にする信用も築けていないのは承知だ」

「いえいえ、お誘いは嬉しいですよ。でも、ご迷惑じゃありませんか?」

「せっかくの縁だ。これが後の良縁になれば、初めのうちの迷惑なんてないも当然だ」


 迷惑ではない、は言わず、迷惑掛けても構わないと暗に言っているその心意気が嬉しい。俺が女だったらハートを打ち抜かれていた事だろう。

 他の二人を見る。心底楽しいですと言いたげな二人の顔があった。エフィエイラなんて親指をたてている。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 俺は三人に向かって、深く頭を下げた。


「イオさん、これから、よろしくお願いします。分からないことは色々聞いてくださいね」

「うえるかむ」

「まあ、助け合っていこうぜ」


 未知の世界に放り出された不安はある。だけど、手を差し伸べてくれた人達がいる。この先どうなるか分からないけど、どうにか頑張っていこうと、少しだけ思える。


「はい! 改めて、よろしくお願いします!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る