最後はいつも突然に

紫月 真夜

初めましてで、さようなら

 ふわりと舞い上がるカーテンに誘われ、ここまでやって来たものの。部屋には何も目ぼしいものはなく、あるのはベッドとカーテンくらい。無人と思われたこの部屋だが、床には薄い人影が。ふとベッドに目をやると、壁と同化してしまいそうなくらい真っ白な人がいた。ぼんやりと外を眺めている姿は、まるで今から消えてしまうかのよう。触れようと手を伸ばしても、彼女は見向きもしない。あと数ミリのところで、やっと彼女は僕のほうに振り返った。


「あら、どうしたの。もしかして、迷子」

 鈴の音か、あるいは鳥の鳴き声か。そう錯覚してしまうくらい、彼女の声は綺麗で透き通っている。

「別に迷子ではないです。ちょっと寄ってみただけ」

 本当は、ここにどんな人がいるか気になったから。そんな本音を隠してみるが、彼女にはお見通しのよう。ふふっ、と静かに笑う彼女はどこか寂しそう。


――どうしてこんなところに。

 そんな僕の素朴な疑問は、すぐにかき消された。ベッドの隣に置いてある、たくさんの医療機器によって。

「あ〜あ、気付かれちゃったか。実は、私もう長くないの」

 何もないように笑っているが、僕には無理をしているようにしか見えない。もし僕があと少ししか生きれなかったら、泣いて喚いて叫びまくってる。彼女はあと少ししか生きられないというのに、百合のように可憐。


「貴女は、どうして……無理に笑顔を作ってるんですか」

 えっ、と一瞬驚いたあと、彼女は笑みを取り戻し、僕にこう答えた。

「作ってる自覚はないんだけどね。最期の瞬間くらい、幸せでいたいじゃない。――自分を偽ってでも」

 それを聞いたとき、僕は悟った。彼女は、既にこの世を去る覚悟ができているんだ。だから、こんなにも笑顔でいられる。それが僕の胸にすとんと落ちたとき、何の前触れもなく、彼女の身に異変が起きた。


 ごほっごほっと酷い咳を繰り返し、やっと落ち着いたかと思えば、雪のように白かったシーツに深紅の彼岸花が咲き乱れていた。黙って傍観するしかできない僕に向かって、息も絶え絶えなのに言葉を紡いでくる。

「平気な振り、してたんだけどな。ふふっ、いつ来るかわからないとは聞いていたけど、こんな唐突に来るなんて」

 僕は、何も出来なかった。ただ、彼女が苦しそうなのを眺めていただけ。もし僕がここで何か行動できていたら、未来は変わっていたのかもしれないが。

「ねぇ、最期に君に伝えておきたいことがあるの」

 その言葉に、正直驚いた。身内でも何でもない僕が、彼女の最期を看取ろうとしているというのに、彼女は焦りもしない。ただ平然と僕を見つめるだけ。

「君がいなかったら、私は一人孤独に死んでいた。だから」


――ありがとう。

 その言葉が、彼女の最期の言葉となった。僕は相変わらず、何もせずにそこに立っていて。


 彼女が美しく散って間もなく、白衣を羽織った人間が空っぽな彼女のそばに腰掛けて、何かを呟いた。


「見惚れるほど美しい散り様だった。……桔梗、か」

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