新米冒険者とそれなり冒険者 3

 ひったくりの男から取り戻した鞄を持ち主に返し、ひったくりをライゼンデを守る衛兵に引き渡した後、フランと呼ばれた青年はセイル達の所へと戻ってきた。

 軽く手を振るフランに、セイルも返すように手を振るが、ハイネルは眉間にしわを寄せたまま睨むように腕を組んでいる。

 

 この青年の名前はフラン・フォーゲルと言い、年齢はハイネルと同じくらいの、二十代後半の冒険者だ。

 さらさらとした金髪に青い目と甘いマスクに、周囲の女性達から飛んでくる黄色い声援を聞く限り、恐らく相当モテるのだろう。

 すらりとした長身とほどよく筋肉のついた体には銀色の鎧を纏い、その上から青いマントを羽織った姿は騎士と言っても通用しそうだな、とセイルは思った。


「ハイネルの幼馴染さんですか」

「ああ、歳も一緒でね。ハイネルとは昔から良く一緒に遊んだものさ」


 にこにこと懐かしそうに話すフランとは対照的に、ハイネルは「ケッ」と不機嫌そうに悪態をついている。

 もしかしたら仲が悪いのだろうか、とセイルは一瞬考えたが、フランの様子を見る限りではハイネルが一方的に嫌っているという方が正しいようだった。


「キャー! フラン様ー!」


 そんな話をしていると、通行人の女性達からは黄色い声援が飛んでくる。

 その一人一人にフランは手を振り、応えていた。律儀な男である。


(フラン・フォーゲルと言うと、確か……)


 セイルもフランの名前だけは聞いた事があった。

 フラン・フォーゲルと言えば、冒険者の間ではそこそこの有名人だからである。

 冒険者になったばかりのセイルだったが、有名な冒険者の話は聞こえてくるもので。

 何でも竜を倒したドラゴンスレイヤーだとか、凶悪で巨大な魔獣に囚われた貴族の姫君を救い出したとか。

 彼と、彼のパーティにまつわる話は、まるで本の中の物語のように、人々には話されていた。

 セイルも実在しているとは知っているものの、どこか浮世離れした話だったので、こうして本人を目の当たりにすると不思議な気持ちになっていた。


「それにしてもモテモテですね」

「ケッ」

「いや、声を掛けてくれるので、つい」


 困ったように笑って顔をかくフランを見てセイルが律儀だなぁと思っている隣では、ハイネルはそっぽを向いてしまっている。


(ああ、何か動物でこういうの、見た事あるなぁ)


 そんな事を思いながらセイルはぽんぽんとハイネルの背中を叩いた。


「ハイネル、ハイネル。もしあれでしたら、わたし席を外しますので、待ち合わせまでフランさんとじっくり語らいでも」

「いりません」


 つーん、とすげなくそう言うとハイネルは顔をそむける。

 そんなハイネルの態度に、フランはやれやれと肩をすくめ、


「こらハイネル、幾らセイルに気を遣われて照れくさいからって、女性にそういう態度はないだろう?」


 と腰に手をあててそう言った。

 ハイネルはポカンとした表情のあと、ぶるぶると――恐らく怒りに――震えながら、眼鏡を押し上げる。

「お、ま、え、のそのポジティブすぎる思考は一体どこから来るんだ?」

「?」


 ハイネルの言っている事が良く分からなかったのか、きょとんとした顔でフランは首を傾げる。それを見てハイネルはキッと目を吊り上げた。


「キーッ! 大体お前はいつもそうだ! 僕が何を言おうが片っ端からポジティブに解釈して、最後には結局全てお前のペースに巻き込む! 何だお前は、ポジティブの国から来たポジティブキングか!? 少しは察しろ! 鈍感なのにも程があるぞ!」

「いやぁ」

「照れるな! 断じて褒めてなどいない! 断じてだ!」

「そう言えばハイネル、隣の家のマーファさんに子供が生まれたよ」

「えっ本当か? それなら、出産祝いを用意しなければ。何か良い案があるか、フラン」

「読み聞かせの絵本がいいんじゃないかなって」

「あー、なら、僕達が小さい頃に読んでいたアレとか」

「いいね」


 怒鳴っていたハイネルだったが、途中から普通の幼馴染らしい会話になっていた。


(この二人、本当は凄く仲が良いのでは)


 セイルはそんな事を思ったが、あえて口には出さなかった。仲良き事は良い事である。

ああだこうだと話している二人をセイルが微笑ましそうに眺めていると、その視線に気が付いたハイネルが慌ててコホンと一つ咳をした。


「と、とにかく! あなたが気を遣う必要はありませんよ、セイル」

「そうですか」


 ほんの少し顔が赤いハイネルと、くすくす笑うセイルを見て、フランはふっと微笑む。


「ハイネルが迷惑を掛けていないかい?」

「いえ、そんな事は。先日も助けて貰いました」

「そうか、良かった。俺が先に冒険者になると村を出てから、全然連絡が取れなくて心配していたんだ」


 そう言ってほっとしたようにフランは言った。

 恐らくフランは、ハイネルが周りに迷惑をかけているなどとは思っていないのだろう。これは久しぶりに会った幼馴染の事を心配しての言葉だという事はセイルにも分かった。それはハイネルも同じようで。

 ハイネルはフランの言葉に、照れ隠しのように半眼になって睨む。


「お前は僕の母親か何かか。……そんな事より、お前こそ、周りに迷惑を掛けていないのか?」

「大丈夫だよ」

「ああ、そう。それならば、僕達はもう行く。この後、予定があるのでね」

「そうか、引きとめて悪かった」


 背を向けてハイネルが歩き出すと、セイルは「それでは失礼します」とフランに会釈をして、慌ててその背を追う。

 フランは一度だけセイルを呼びとめた。


「セイル」

「はい?」


 セイルが振り返ると、フランは真面目な顔をしていた。


「ハイネルの事をよろしく頼む」

「合点!」


 セイルが親指を立てて力強く頷くと、フランは安心したような笑顔になる。

 セイルも笑い返すと、ハイネルの背中を追いかけた。




「…………」


 ハイネルはすたすたと足早に歩いて行く。

 いつもはセイルの歩幅に合わせて歩いてくれているのだが、不機嫌さも合わさってか気づいていないようだ。


「ハイネル」


 駆け足になりながらセイルが追いつくと、ようやく気付いたようで、ハイネルは歩幅を緩める。

 ハイネルは一瞬、罰が悪そうな顔になった。

 それから自分を落ち着かせるように、ふう、と息を吐くと、セイルはハイネルと歩調を合わせて歩き出す。


「…………」


 セイルがハイネルを見上げると、彼は何だか難しい顔をしていた。

 何か言うべきではないな、と思ったので、セイルは口を閉じる。そうして、少しの間二人に、静かな時間が流れた。

 傍から見れば気まずい時間なのかもしれないが、セイルにはそれほど気にはならなかった。


「……すみません、少し、取り乱しました」


 歩いていると、ぽつりとハイネルが謝った。


「いえ」


 セイルは短くそう言うと、笑って見せた。

 ハイネルの横顔は、少しほっとした色を浮かべた。

 そうして前を向いたままハイネルは、


「…………あいつは、昔から何をやらせても、そつなくこなすんですよ」


 と、まるで独り言のように話す。


「先程も話しましたが、僕は精霊術師です。精霊がいなくなったこの世界では、何の役にも立たない。本当はフランが冒険者になった後、僕も直ぐに申請に行ったんですよ。けれど、駄目でした。職業の欄に精霊術師と書いたら、出来れば他の職業も兼業して名乗れるようにした方が良い、そうすれば認めると言われて。……それがどうしても出来なかった」


 前を見るハイネルの目は、どこか遠くを見つめているようだった。

 いつもの明るく済ましたようなそれではなく、寂しげで、ほんの少し悲しげな光が宿っている。


「その、気を悪くしたらすみません。ハイネルは、どうして精霊術師だと名乗り続けているのですか?」

「僕は精霊が好きなのです。大好きなのですよ。いつかまた、精霊が帰って来てくれた時、精霊術師が一人もいなくて話ができなくなって、おかえりも言えなかったら寂しいではないですか。……あとは、意地ですね。僕は死ぬまで精霊術師だと言いたいのです。ずっと持っていた夢でしたから」


 ハイネルの目がふっと細まる。

 それは愛しい相手を見る目だ。家族に、兄弟に、子供に、友人に。大事な人の事を思う目だ。

 精霊が好きだと言ったハイネルの言葉に混じり気は一切なく、ただただ純粋にセイルの耳に響いた。


「そうですか。それは、素敵だと思います」

「ははは。ありがとうございます」


 ハイネルは少し笑って、目を伏せる。


「……でも、それにしがみついていたからか、色々駄目だったんですよねぇ。何をやっても二番手で、何をやっても上手く行かない。冒険者になる為のテストだって、何年も何年も粘って、粘って、粘って、ようやく先日許可をもぎ取りました。その間にあいつはどんどん凄い奴になってしまって。ああいうのを、物語の主役って言うのでしょうね。僕は……脇役のままです」


 自嘲気味のハイネルの言葉に、セイルは足を止めた。


「セイル?」


 不思議そうにハイネルが振り返ると、セイルは真っ直ぐにハイネルの目を見て、言う。


「ログティアから見れば、ハイネルは主役ですよ」


 セイルがそう言うと、ハイネルは目を張って言葉に詰まった後、少しだけ笑った。


「……ありがとうございます」


 気を遣われたのだと、ハイネルは思ったのだろう。

 だが、セイルは違う。本当にそう思ったからこそ、そう言ったのだ。


 ログティアからすれば、この世の中には脇役はいない。

 ログを持つ誰もがそのログの主役で、誰もがそのログの主人公なのだ。

 それはログティアではない相手には伝わり辛いものではあるのだが、それがセイルの事実であり、セイルにとっての真実だ。

 それにハイネルは白雲の遺跡でセイルを助けてくれた。

 高価なマジックアイテムを惜しまず使い、自分よりも若いセイルの言った事を馬鹿にせず、信じてくれたのだ。誰もが出来る事ではない。

 セイルにとってハイネルは、自分の見たログの中では、紛れもなく主役なのだ。

 どうしたら伝わるのかとセイルが口を尖らせていると、不意にハイネルが、話題を変えるように口を開いた。


「そう言えば純粋に疑問なのですが、セイルは何故冒険者に?」


 問いかけに目をぱちぱちとした後、セイルは再び歩き出しハイネルの隣に並んだ。

 ハイネルもそれを見て歩き出す。


「職業柄っていうのもありますけど、そうですね。わたしは雲の向こうのログを知りたいんです」

「雲と言うと、あのログの?」

「はい」


 セイルはこくりと頷いた。

 この世界はログの雲にぐるりと覆われている。ログの雲とは、霧散したログの塊だ。消滅する手前の状態のログの塊なのである。


 それはいつ消滅するかは分からない。明日かもしれないし、何十年、何百年先なのかもしれない。

 霧くらいの濃度ならば、中に入ったとしても、セイルなどのログ魔法で巻き込まれるのを防ぐ事は出来る。だが、あの雲のように濃くなると、そうはいかない。

 下手に手を出せば自分も取り込まれ、最終的に死を迎える。


 ログの雲に関しては外側からゆっくりとログを整理していくしかないのだが、それには携わるログティアの人数も、時間も、多く長く必要になる。

 もしかしたらセイルやハイネルが生きている間には雲が晴れる事はないかもしれない。

 だがセイルは、その向こうを知りたかった。 


「いつかあのログの雲を越えて、向こう側を見るのがわたしの夢です」


 夢物語だと言われるかもしれない。だが、ハイネルは否定しなかった。


「良い夢ですね」

「ありがとうございます」


 ハイネルに褒められ、セイルはふへへと嬉しそうに笑った。

 雲の向こう。もしかしたら、そこに精霊もいるのかもしれない。

 そんな事を考えていたハイネルに、セイルもまた同じ質問をした。


「ハイネルはどうして冒険者になったんですか?」

「僕は占いですよ。取るに足らない、ただの占いです」

「意外とロマインチストですね!」

「フッ冒険者ですからね!」


 ハイネルの機嫌もすっかり直ったようだ。

 ほっとしながらセイルはハイネルと並んで冒険者ギルドに向かう。


「そう言えば、セイル。何故フランにはフラン『さん』呼びなのですか?」

「呼び捨てにしたら周りからの視線が怖そうでした」

「ああ……」


 何かを察したらしいハイネルは苦笑した。




 冒険者ギルドに到着したのは、それから十五分後くらいの事。

 ひったくりの一件があった為、余裕のあったはずの時間は、何だかんだで約束していた時間ちょうどくらいになっている。

 冒険者ギルドのドアを開いて中に入ると、昼食を終えたらしき冒険者達が、和やかに情報交換をしていた。

 やはり食事は大事だよねとセイルは心の中で頷く。

 そうして二人はアイザックがいるカウンターへと歩いた。


「あれ?」


 そこにはアイザック以外に、ストレイが立っていた。


「ストレイ?」


 セイルが声を掛けると、二人に気付いたストレイが「よう」と手を挙げる。


「何だ、お前ら知り合いか。ストレイ、その2人だ」

「ああ、なるほど。お前さん達だったのか」


 アイザックが眉を上げてそう言うと、ストレイは楽しげに笑った。

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