新米冒険者とそれなり冒険者 1
冒険者の町ライゼンデ。
王都に次いで大きく、栄えているというその町は、昼夜問わずに多くの冒険者達で賑わっていた。
その理由は、この町には冒険者達を支援する『冒険者ギルド』という組織発祥の地で、その本部があるからである。
ライゼンデは、もともと小さな村であった。
だがそこに冒険者ギルドが作られてからは、あちこちから人が集まるようになった。
人が集まれば食べ物や薬、衣料品や日用雑貨など様々なものが必要になる。その需要を嗅ぎつけた商人達もぞくぞくと集まり、やがて今のような大きな町へと姿を変えたのである。
さて、そんなきっかけとなった冒険者ギルド。その建物は、このライゼンデの町の中央に建っている。
東西南北どこからも目立つその建物の、木製の扉をキイと鳴らして中に入れば、今日も今日とて大勢の冒険者達で賑わっていた。
筋骨隆々な大柄の戦士もいれば、獣の姿をした弓使いいて、耳が尖った高慢そうな顔立ちの魔法使いもいる。
ここに集まった冒険者達は、種族も生い立ちも様々だ。だが彼ら、彼女らは一様にして『冒険者』である。
そしてその『冒険者』という立場は、彼らにとっての誇りであった。
その誇りの前では種族や生い立ちは一切関係がない。性格が合う合わないはあるが、冒険者を名乗る者達は皆一様に同じであり、仲間であった。
さて、そんな冒険者達で賑わう建物の奥。そのちょうど中央付近に冒険者ギルドの受付がある。
受付のカウンター向こうでは、冒険者ギルドで働く職員達が、今日もせかせかと忙しそうに動き回っていた。
そんな職員の中で、ひと際目立つのが、立派な白髭を生やした強面の老人だ。
がっしりとした体躯と、威厳。彼が今代の冒険者ギルドのギルドマスター、アイザック・グロウである。
そのアイザックの前には、駆け出し冒険者のセイルとハイネルが立っていた。
「しかし、昨日は悪かったなぁ。そんな事になっているとは思わなかった」
「いえ。むしろ僕達の方こそ、遺跡を一部壊してしまって申し訳ありません」
「いいや、ありゃあ、しょうがねぇさ」
昨日、セイルとハイネルは白雲の遺跡から戻って来たのだが、大分時間が掛かってしまい、町に到着した時には日がどっぷりと暮れていた。
その時には町の門のところにアイザックと、数人の冒険者達が集まっていて、ちょうど捜索隊が出されるところだったのだそうだ。
アイザックや冒険者達は二人の無事を喜んでくれた。
その時に遺跡での事を簡単に説明したのだが、とりあえずその日はもう遅いという事で、翌日に状況説明をしてくれ、という話になったのだる。
それで、二人はこうして冒険者ギルドにやって来ていたのだ。
「それでは、まずはこれが白雲の花です」
本来ならば受付で行う事なのだが、今日はここで良いと言われ、セイルとハイネルはそれぞれに採取した白雲の花をカウンターに置いた。
アイザックはそれを手に持って確認をすると、近くに座っていたギルド職員を呼ぶ。
アイザックが白雲の花を手渡し、セイルとハイネルの名前を告げると、ギルド職員は頷いて奥の部屋に行った。
そして直ぐに銀色の小さな懐中時計を二つ持って戻って来る。
アイザックはそれを受け取ると、懐から折り畳み式のナイフを取りだし、文字を刻んだ。
文字を刻み終えると、アイザックは懐中時計をカウンターに置いた。
セイルの手のひらに乗せても小さいくらいの懐中時計である。
懐中時計のフタには八つの角をもつ太陽と、二つの小さな星の紋様が刻まれていた。
この紋様は冒険者ギルドのマークである。
何度忘れようと変わらずそこにあり、自分達を見守り、照らす太陽と星。そう言った意味があるのだと、試験の説明を受けた時にセイルは聞いた。
セイルとハイネルはばっと顔を上げてアイザックを見る。アイザックはニッと笑ってみせた。
「合格だ。おめでとう、新人冒険者諸君」
さあ受け取れと両手を開くと、セイルとハイネルは同時に懐中時計に手を伸ばした。
ひっくり返してみれば、その裏側にはそれぞれの名前と資格を取得した日時が刻まれている。
二人は懐中時計のフタをドキドキしながら開いた。
そうしてギルドの壁に掛けられた時計の時間を確認しながら、長針と短針合わせ、ネジを巻く。
カチカチと小さな音を立てて懐中時計は動き出した。
「~~~~~~ッ」
感極まったようにお互いの顔を見合わせ、笑い合うセイルとハイネルの様子に、アイザックは表情を緩めた。
アイザックが久しぶりに見る、新人冒険者らしい反応だった。
「それと、これもだな。今回の依頼の報酬だ」
アイザックはカウンターにコインが入った袋を二つ置く。
「念のため、中身を確認してくれ」
そのまま受け取ろうとしてた二人は、慌てて中を確認する。
これは信用がないからとかそういう問題ではなく、ギルドの決まりだ。
後で問題が起こって揉めないように、報酬等はその場で確認する事になっている。
嬉しそうに中を覗いた二人は、金額に目を丸くした。
「何だか多くないですか?」
「迷惑料込みだ。調査不足で危険な目に合わせて悪かったな」
二人が有難くそれを受け取ると、アイザックは話を続けた。
「それで、だ。遺跡の事についてなんだがな。遺跡の調査を頼む予定の奴が、諸事情でまだ戻って来ていないんだ。何度も悪いんだが、今日の午後にまた来て貰えるか?」
そして、済まなそうにそう言った。
セイルとハイネルも特に予定はなかったし、何より昨日の今日なのでしっかりと疲労が残っており、少しのんびりしたいところだったので、頷く。
「ええ、構いません」
「悪いな。それじゃあ、頼むわ」
「はーい」
二人は懐中時計と、初めて得た報酬を大事に抱え、足取り軽く冒険者ギルドを出た。
ギルドを出て大通りを歩くセイルとハイネルは笑顔だった。
気持ちは明るい。文字通りにっこにこである。
報酬も勿論の事だが、念願の冒険者として認められたのだ。
二人は懐中時計を太陽の光にかざした後、大事そうに懐にしまった。
「ようやく僕達も冒険者となったわけですが、最初の依頼ってどんなものにしましょうかね」
「冒険者になって、かつ、パーティとしての記念すべき最初の依頼ですもんね」
「ええ、そうです。記念すべき! 最初の! 依頼!」
「今日はハイネル、テンション高いですね」
「ええ、冒険者ですからね!」
そんな事を話しがらお互いに笑い合っていると、ふと何かを思いついたようにハイネルが鞄を軽く叩いた。
「自慢ではありませんが、昨日の戦闘で攻撃手段を失いました」
「おやまぁ」
言われてみれば、確かに自分の武器は『火トカゲ』だけです、とハイネルは言っていたな、とセイルは思い出す。
大いに助けられたが、それんしても随分コストの高い武器だ。駆け出しなら、何か別の武器を持っていても良いのではないだろうか。そう思ったのでセイルは聞く。
「そう言えば気になっていたんですが、ハイネルはマジックアイテム以外の武器ってどうしたんですか?」
「質屋に」
予想外の答えが返ってきた。
だが思う所があったのかセイルは重々しく頷く。
「世知辛いですね」
言葉に妙に気持ちがこもっていた。
反対に質屋を利用した本人であるハイネルの方は割とあっけらかんとしており、
「意外と便利ですよ、質屋。僕も何度か利用しています」
などと、まるでオススメの料理を紹介するようなノリで人差し指を立てた。
利用の仕方が違う気がする、とセイルは思った。
「ちなみに今まで何を預けたんですか?」
「眼鏡」
「日常生活に支障が出ますね」
「ええ、あれは大変でした」
そう言った後、ハイネルは腕を組んで、考えるように手を顎に当てる。
「とは言え、今の手持ちだとマジックアイテムを買うには足りませんし。何か手頃な武器でも探してみますかねぇ」
「そうですねぇ」
「となると、目指すは武器屋ですね」
目的地が決まると、セイルとハイネルは武器屋に向かって歩き出した。
武器屋は冒険者ギルドのある大通りから南に向かった先の商人通りにある。
商人通りには名前の通り、様々な店が立ち並ぶ。武器屋に防具屋、道具屋に宿屋。酒場に、お菓子屋。それ以外にも食べ物の屋台や、何を取り扱っているのか分からないような店もある。
大通りにも屋台は出ているが、店数はこちらとは比べものにならない。
足を踏み入れる前から漂ってくるふわりと食べ物の良い香りが鼻腔をくすぐり、セイルの食欲をそそった。
「武器屋だけでも結構な数がありますね。あとお腹がすきました、恐るべし商人通り」
「ええ。さすが冒険者の町と言った所でしょうか。ひとまず武器屋を覗いてから、食事にしましょう」
「合点!」
二人は商人通りをきょろきょろと辺りを見回しつつ武器屋探しを開始した。
一概に武器屋と言っても色々ある。
剣だけを扱う店や弓矢だけを扱う店。
一般の冒険者には手が出ないような高級品を扱う店に、特殊な加工の施された武器を扱う店。
良さそうな武器を取り扱っている店は何件かあったが、財布の中身と相談するとなかなか厳しい。
お金が貯まったら来ようとメモだけして、二人は色々見て回る。
そうしてしばらく探していると、中古の武器を扱っている武器屋が目に留まった。
「中古の武器屋なんてあるんですね」
「今後の買い替えも考えると、最初の内は中古の方が良いかもしれませんね」
ちらりと覗くと値段もちょうど良い。ここで探してみようと二人は店に入った。
店の中には所狭しと武器が置かれている。中古と言う割にはきちんと手入れがされており、中には新品同然のものまであった。
そういうものは値段もそれなりなのだが。
店の中を見て回っていると、入口近くの壁に貼られている張り紙を見つけた。
近づいて読んでみると、どうやらここでは主に、質流れの商品を買い取って販売しているらしいという事が分かった。
質流れの商品。
セイルは思わずハイネルを見た。
「僕の武器もいずれここに……」
ハイネルはそんな事を呟きながら何やら感慨深く頷いてたが、質流れまで待つ気なのだろか。
ついでに「ここで買戻し……」とも聞こえてきた。
それならば質屋でそのまま受け取った方が値段が安いと思うのだが。
そんな事を思いながら、セイルはしゃがみこんで樽や棚に並んでいる武器を見る。
剣や杖、斧に弓。様々な種類の武器が販売されていた。
ぱっと見ただけではどれが良くてどれが悪いのかセイルには分からない。
ログを見たらそれなりには分かるだろうが、さすがに人通りの多い場所でログ魔法を使うのは憚られた。
ふむふむと眺めなていると装飾の凝った短剣を見つけた。
柄の部分に鳥を模した銀色の装飾が施されている。せっかくなのでと手に取ってハイネルに見せてみた。
「この短剣なんかどうです?」
「僕を前衛に出す気ですか? 役に立ちませんよ」
ハイネルは首を振った。
その言葉にセイルは首を傾げる。
「後衛が二人いれば、自然とどちらも前衛になると思いますが」
「え?」
「わたしが前衛ではないのですか、的な視線にノーと言いたい」
セイルが棚に短剣を戻すと、今度はハイネルが何かを見つけたようで。
にこやかな笑顔でタンバリンのようなものを持ってセイルに見せる。
「これはどうでしょう?」
「それはどんな武器ですか?」
「タンバリンです」
「どうやって使うので?」
「鳴らして応援します」
ハイネルがシャラランとタンバリンを鳴らした。
良い音だ。
だがどんなに良い音でも武器ではない。
「とことん前衛に出る気がないですね、ハイネル」
「――――ぶはっ!」
そんなやりとりをしていると、後ろから噴き出すような声が聞こえた。
振り返ると、大柄な男が口に手をあてて笑いを堪えている。
どうやら今までのセイルとハイネルの遣り取りを見ていたようだ。
「いや、悪い悪い。ぶははは……あー、えーと、だな」
くつくつと笑いながら、大柄な男は軽く手を挙げる。
そして二人の間にひょいと手を伸ばして、その奥にあったクロスボウを手に取って差し出した。
「初心者にはこれがいいぞ」
そう言ってニカッと笑う男の背中には、立派なクレイモアが背負われていた。
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