第9話 確率融合マーベラス
灯庵らの到着は思いの外早かった。多少体に傷を受けているのが見て取れるが、どうやらカラスは撒いたらしい。
あの場からどうやって撒いたのか灯庵に聞いてみると、「アコースティックエミッション波って知ってるか?」と質問を質問で返された。
ぱたぱたと揺らめく黒いビニルを尻目に、軽く互いに自己紹介を済ませると、灯庵は香川にことのあらましを簡潔に説明した。
やはり俺とは違い、灯庵は口が上手い。無駄なく要点だけを述べると、香川は信じられなさそうな様子ではあるものの、落ち着きをもって、特殊能力の存在を受け入れたようであった。
これも灯庵のカリスマ性のなせるワザか、心の隅でかっけえな、なんてことを思いつつ、二人の会話を傍で聞いていた。
「それで、私が実は特殊能力者で、あのカラスは私のせいってわけね。トラウマに起因して発現する特殊能力『ピカレスク』。あー・・・・意味わかんない・・・・・全然信じられないけど。なによ。やっぱり呪いじゃない。・・・・・それで、ここまでするからには朝山くんがどうにかしてくれるっていうの?」
「いンや?何もねえよ」
ねえのかよ。俺は思わず突っ込んだ。あれだけ大掛かりな前振りしておいて、この後のことを全く考えてねえとは、灯庵らしくもない。これでは散々他人に迷惑をかけたばかりな上に、灯庵本人には何もメリットがない。というか、そもそもこんなことをする理由が、俺にはわからなかった。
「わざわざ香川のピカレスクを誘発する必要なんてあったのか?」
「全校生徒600人にいちいち探り入れんのは面倒だろ?」
「そりゃそうだけど」
「まあ、だいたい目星はついてたんだけどな。生徒会が知らないってことは、恐らく新しい能力者だ。すると、今年の新入生の可能性が飛躍的に上がる。あの時間帯、殆どの生徒が部活に参加してるにもかかわらず、教室周辺にカラスが群がってたってことは帰宅部の可能性も高い。学校始まって2ヶ月ちょっとだから、補習授業とかもないはずだしな。それでも学校にまだ残ってたとしたら、クラス役員に任命されてる生徒ってのも有りえる。まあ、そういう特徴を抑えて聞き込みしたところで、本人にあたってもはぐらかされたらおしまいなんだけどよ。」
俺は香川を見た。彼女は口さえ開かないものの、その目は口ほどに物を言っていた。恐らく、灯庵の推理はかなりいい線をいっていたのだろう。
「そこまでわかっていて・・・なら、なんで?」
そう聞くと、灯庵は少しだけ申し訳なさそうにして答えた。
「それと、これは実験だった。ピカレスクってのがどういう条件下で発動するのか、どれほどの規模でどの程度太刀打ちできるのか。それを知るのに今回の出来事はうってつけだった。そのために香川という個人を利用したのは簡単には許してもらえねえだろうな。トラウマを蒸し返してんだ。何されても文句は言わねえよ」
直後の香川の行動は、衝動的なものだった。
「ああ、そう。」
香川は灯庵の弁明とも言えぬ理由を聞かされた瞬間、灯庵の頬をはった。ばちん、と風船が割れるような大きな音を立てて、それと同時に灯庵は体勢を崩して倒れ、掛けていたメガネが吹き飛ぶ。
「お、おい!」
慌てて俺は二人の間に入り、仲裁を試みる。俺の背後では阿古丸が灯庵を助け起こそうとしており、円興は飛んでいったメガネを拾いに行く。
俺は香川の表情を伺う。また鬼のような怒りを顕にしているかと思えば、仮面のような無表情。怒っているようでもあり、悲しんでいるようでもあり、放心しているようでもあった。迫力こそあったが、すでに腕に力は込められていない。これ以上は暴力に任せようとしてはいないだろう。
瞬く間に赤くなった頬を擦りながら灯庵は立ち上がると、すまなかったと謝った。
「いいよ。これで許したげる。」
香川もまた赤くなった手のひらを、熱を冷ますように扇ぐ。阿古丸が怯えながら灯庵を引き離そうとするのばかりに目が行くのが、この場の空気の張り詰めた様子を表していた。
すぐに、その空気を破いたのは灯庵であった。円興から片方レンズの外れたメガネを受け取りながら、灯庵は言った。
「とは言うけどよ、この学校には、あんたみたいなのがわんさかいるらしい。生徒会じゃねえけど、俺らだって翻弄されるだけってのは気に食わねえわけよ。昨日もカラスが集まってたのは知ってるだろ?あれも多分あんたが呼んだやつだ。俺らはあれに直接襲われてんだぜ?多少なりとも怪我だってしたんだ。」
見ろよ、と灯庵は俺の手の甲を指指す。その言葉に、香川は顔を青くした。カラスの大群に襲われることを想像したのか、それとも、難癖つけるような物言いを信じられないでいるのか。
「そ・・・・そんなの、私に責任なんてないよ!能力のことなんて知らなかったし、とばっちりじゃない!だいたい、そのピカレスクってやつの証拠だってない!」
「証拠ならあるさ。なんなら、今ここでもう一度円興にカラスの鳴き真似をさせてやろうか?聞いたと思うが、そっくりだぞ?ビビって香川の能力が暴発すれば、どうなるかは今体験したとおりだ」
ぎくりとして、香川は口を噤む。
ここまで説明に関しては灯庵に任せっきりだったが、しかし追い詰めるような灯庵の物言いには流石に異を挟まずにはいられなかった。俺は灯庵にそれ以上はやめろと言い放つ。それに対して灯庵は気分を害したように俺を睨み返した。
それから俺は円興の方に視線を移すと、円興は黙って首を振った。頼まれても鳴き真似はやらないよ。と
灯庵ははあ、とため息をつくと、再び続けた。
「・・・・別に責任を問おうっていってんじゃねえよ。生徒会がやろうとしてることに賛同したわけでもねえ。けど香川だって困るだろ?どの口がって思うだろうけど俺らは協力したいわけよ。もちろん嫌なら嫌って言ってくれていい。それで被害者が増えたって、仕方のないことだ。」
香川はたじろぎ、しばし考えた。考えながら、ぐるりと周囲を見回した。俺、灯庵、円興、阿古丸の順にそれぞれの表情を伺った。
・・・ほとんど脅しに近い、と思ってしまった。灯庵の言い分は間違ってはいないが、俺は反感を覚えた。主張を通すに強引がすぎるというか、スマートさが欠如しているというか、焦燥を伴っている。
らしくないのだ。灯庵と言えば人の迷惑などお構いなしに突風のごとく吹きすさぶが常。誰かのスカートが捲れて、誰かがスカートの中を見る結果が残る。誰かが損をし、誰かが得をする。しかし突風の目的とはすばやく吹き抜けることのみであり、後に生まれる結果とは諸事万端が副産物である。
とは言えどのようなことをするにせよ、事態はいつも『だいたいその程度のこと』に収まっていた。
だが今回のことは前例などなく非現実的であるので、見据えているものが有耶無耶だ。
だからかも知れない。強引さやほころびを感じてしまうのは。
数秒の後に、香川は口を開いた。
「・・・・・放っておいてって言っても意味なさそうだよね。・・・・全部信じたわけじゃないけど、知らないうちに私のせいで誰かが危ない目に遭ってるかも知れないのを、知らんぷりしてられるほど図々しくも居られないし・・・・。わかったよ。協力してくれるっていうんなら、お言葉に甘えさせてもらうよ」
灯庵はそうか、と声を弾ませた。
俺は渋い顔をせざるを得なかった。
・・・・良いのかな、と思ってしまった。あたかも誘導尋問のような一連を見たことが、当事者としてバツが悪かった。
そりゃあ、俺だってできれば昨日今日のような思いは避けたい。もしもだが、例えば授業中に香川の能力が発動してしまった場合、俺はともかく他の生徒は授業どころではないだろう。だから、確かにトラウマを克服することは自分のためでもあり、他人のためでもあるわけだ。
けど、果たして俺らが他者の過去に首を突っ込んで良いものだろうか?香川は今の今まで名前も知らないようなまるきり赤の他人だ。ピカレスクの存在を知っていると言うだけで、手を伸ばすというのは浅慮で向こう見ずに思えてならなかった。
そういう後ろめたさが、どうも罪悪感と相似したものを胸のうちにこびりつかせていた。
「んじゃ、善は急げだな。」
言うやいなや、灯庵は先導して歩き始めた。
男3人は顔を見合わせると、肩をすくめてその後を追った。
「え、どこ行くの?」
本来ならあって当然の問を掛けたのは、我らが軍の新顔、香川だった。香川は俺に、円興に、そして阿古丸に、「ねえ」を繰り返して問いかける。しかし、誰も答えるものはなかった。
「いいからついてきてみろって」
唯一の灯庵の返事すら、謎を解く鍵にすらならなかった。
男4人に連れられて、露骨に不安な顔を顕にする香川に、阿古丸が気を利かせて言った。
「不安しかないのはわかるけど・・・・多分大丈夫だよ。多分だけど。」
たぶん、というのを強調されてしまってはむしろ逆効果とさえ思えるが、阿古丸の微笑みを向けられるとなかなかどうして、保証もないのに緊張が解れるものである。幾度となく阿古丸の微笑みには快気を分けられてきた俺であるが、香川に対しても例に漏れぬようで、心なしか気を緩める助けになったようであった。
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