第8話 衝撃吸収タイラント

「ここかあああああああ!!」


「みぎゃあああああああ!!」


 俺は勢いよく物置小屋の扉を開くと、その中で縮こまっていたらしい人間の死ぬ直前の断末魔のような悲鳴を聞かされて飛び退いた。


「どわあ!夜泣きババア!?」


 光を嫌うドラキュラのように、物置小屋の人物は両腕で顔を覆っている。そのせいで座敷わらしというのは学校にも現れるのかと身構えてしまったが、座敷わらしに声帯を握りつぶしたようなこんなしゃがれた声が出せるはずも無かろうとて、思わず夜泣きババアと命名した。


 しかしよくよく見てみると、その妖怪は自分の学校と同じ制服を着ており、先程まで追いかけていた少女と同じような髪型であるのが見て取れる。


 もしやと思い、警戒を解いて歩み寄り、そこなる人物の腕のシェルターを降ろさせてみれば、その下にある顔は見目麗しい少女のものであった。


 とはならなかった。その顔はしわくちゃに歪み、鼻水と涙でズルズルの、こ汚いババアのツラであった。


「あっ、すんません。このあたりでやたら足が早くてカラス嫌いっぽそうな女の子見かけませんでした?見てない?そうですか。ところでおばあさん、素敵なお家にお住まいですね」


「あんた二度と口を訊けなくしてやろうか!?」


 俺はせめて妖怪とも和やかな会話を試みようと身近な部分から褒めてみたつもりであったが、言うやいなや彼女は形相を変えてしまった。どうやら人語の通じないタイプの妖怪らしい。


「しまった、鬼ババアだったか!」


「誰が鬼ババアだ!」


 今更気づいたところで遅かった。俺は目当ての女子がいないことを悟ると一目散にその場を退き、学校の七不思議として『物置小屋の鬼婆』の存在を新聞部に売りに行こうとしたところを、くだんの鬼婆に首根っこを掴まれて阻止された。


 そのままうつ伏せに地面に叩きつけられると、俺は背後で両腕を取られ、足で首をも押さえつけられる。逃れようと考えるまでもなく両腕は制服のリボンで縛り上げられ、あっさりと組み固められてしまった。その手際たるや、古武道に精通しているかのようだった。


「いでででででででで!!」


「さあ、神妙にして謝罪しろぉ!」


 文字通り手も足も出なくなってしまったので、観念してひたすらに謝罪を繰り返すと、10回目のごめんなさいで、少女は腕をほどいてくれた。


「なんで、ここにいるってわかったの」


 変な方向に捻られたおかげで痛めた肩を解していると、少女はやや首を引っ込めながら聞いてきた。


 完全に撒いたと思われていたらしいが、俺にとってはこの程度の追跡はどうってことなかった。と、心の中でかっこつけてみる。彼女を見失ったのは事実で、隠れているのを見つけられたのもほぼ偶然だ。


「窓から飛び降りられた時には正直焦ったよ。けど、学校裏に走ってくところまでは見えてたし、それに・・・・ほら、これ」


 俺は彼女がさっきまで隠れていた物置小屋の方を指さした。小屋の四隅の角には黒い破けたビニルがくくりつけられていて、それがひらひらと風に揺らめいているのが見えた。


「よく畑で見かける、カラスよけの措置だろ。君がつけたのか知らないけど、カラスがよっぽど嫌いで、普段から逃げてたとしたら、どこかに隠れ場所を作ってると思ったんだ。いざ学校裏に来てみたら、まあわかりやすいシルシが付いてるじゃんか。」


 人というものは、嫌いなものを避けると思われがちだが、実際はそうではないものだ。


 実際はその逆で、人は嫌いなものほど、それについて博識である。

 例えば農家にとって害虫は天敵であるが、天敵の前に為す術なく崩れるわけではない。当然、対策を練るものである。その害虫の苦手なものや好きな環境、繁殖方法などを知ることで、被害を減らすことができる。敵を知り己を知れば百戦殆うからず、というわけだ。


 或いはおばけが嫌いなら、おばけが出そうな場所には詳しいものである。近づかぬようにできるから。



 俺も、よく夏場に現れる黒光りするGが嫌いで、なんとか出来ないかと嫌々ながら調べたことがある。奴らは首を落とされても1週間は生き残れる(しかもその場合の死因は餓死である)ことや、水に沈めても数時間は息を止めていられるなどの実態を知ったときには絶望を味わったりしたが、要はそういうことである。


 トラウマの対象相手に後手に回るにしても最低限、彼女は対抗策を用意していると考えたのだ。


「いなかったらまた走り回ってたところだったから、見つけられてよかったよ。香川宣阿カガワセンア


 俺が名前を言うと、彼女は目を丸くした。


「名前まで知ってるなんて、そこまでして、私に何の用なの?」


「まぁ、まずはこれ」


 香川に訝しげな視線を向けられるのを他所にしき、名前が合っていたことに安堵しつつズボンのポケットに手を入れた。そこから取り出したのは、アルミで出来た10cmほどの大きさの、銀色のタブレットケースだった。


 どこぞの量販店で買えるような飾りのないシンプルなデザインのもので、そこにはマジックによる丁寧な字で、『香川宣阿』と名前が書かれていた。彼女が飛び降りた窓の前に落ちていたものだった。


 軽く振ると、中からカラカラと乾いた音がする。中を見たわけではないが、軽い固形物がいくつも入っているように思われた。


「薬でも入ってるのか?なら、くしたら困るだろうと思ってさ。」


 これは邪推だが、香川もトラウマ持ちの一人のようである。なら、精神安定剤のようなものを携帯していたとしても全く不思議ではない。


 タブレットケースが意外なところにあるのを見た香川は自分のスカートのポケットの中をまさぐる。手応えがないのを理解すると、俺の手からケースを受け取った。


「あ・・・・ありがとう。・・・けど、こんなことのために追いかけてきたの?」


「いや、それとこれとは別でさ。」


「意味わかんない」


「説明しようとするとややこしくなるんだけど・・・・」


 意味分かんないのは俺も同じだった。灯庵に何も理由を聞かされないまま、ストーカー行為をさせられたのだからいい迷惑だ。

 

 さて、説明ベタな俺の口から、理解の得られる説明をするのにどのくらい時間を要するだろうか。


 幸い、時間そのものはたくさんある。なにせ、サボタージュは絶賛継続中なのだから。


 しかし、目当ての少女は確保した。ならば後は、司令塔に説明を任せるのが賢明だろう。俺にも、聞きたいことは山ほどあるのだ。俺は香川に説明してくれるやつが居る、ということを伝えると、スマホを取り出して灯庵に連絡を入れた。

 返事はすぐに帰ってきた。みなでこちらに合流するとのことだった。


 彼らがここに来るまでに、若干の暇ができた。香川も、おとなしく彼らを待つ態勢のようだ。遅れてでも授業に参加したがるかと思えばそうでもないようで、香川曰くどうせ今戻ったところでどんぐりの背比べであることや、まだ教室付近にカラスがいるかも知れないことを言われて、思っていたよりドライな性格なのだと思った。


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