第2話 揃い踏みアテンション
ことのはじまりは初めて食卓に並んだ鯛の塩焼きだった。
あの種類の魚は骨が大きく、そして硬い。しかし当時小学生だった俺は魚の骨だろうが好き嫌いせず食べるべきだとか謎に安直なチャレンジ精神を持っていて、そもそも飲み込むのが困難だとか言う発想に至らないくらい
流石に奥歯で擦り潰せないほどでかい骨があるとわかれば吐き出していたが、そのときに限って言えば運が悪かったとしか言いようがない。たまたま骨の存在に気づかずそれを飲み込み、案の定喉に引っかからせた。
そこまではまぁ、ありがちな話で友人たちも呆れながら聞いていた。それでトラウマになるなんてしょうもない話ではあるが、残念なことに話はここで終わらなかった。
喉に憎いあんちくしょうを招き入れてしまった俺はあまりの異物感と地味な痛みと、あと全然取れないことへの焦りとで泣き叫び始めた。
すると見かねた母親が俺の喉へ手を突っ込んで強引にその骨を取ろうとした。苦しいわ顎が外れそうだわ、母親の超真剣な形相を見てしまったわとさらに苦しみが増え、となりでおろおろしていた祖母に至ってはなにをトチ狂ったか、掃除機を引っ張り出してすごい吸引力だがホコリまみれのそれを突っ込もうとしてくる。
親父は2人の凶行に感性を全否定。怒り心頭怒号を飛ばし、鬼気迫る状況に妹までもが恐怖のあまり引き裂けるような号泣をした。
想像してみて欲しい。この地獄絵図を。母親の健闘あって俺の喉から骨は無事撤去されたが、それからしばらくは魚と母親の顔を見れなかった。
俺のトラウマの経緯を説明すると、友人らの顔はみるみる苦笑にゆがみ始め、えくぼをこしらえてこらえだし、ある沸点の低い友人に関しては鼻からもろもろジェット噴射して大変な事になっていた。何故か俺の机に大量に吹きかかり、危うくトラウマを増やしそうになった。
「いや、いや、面白いよ。お前の話。」
ふふふ、ふふふと繰り返し思い返して笑いながら言うのは我が悪友
シブい眼鏡をかけてて髪にはバッチリワックスで手間を掛け、クソ真面目そうなビジュアルだというのにその見た目からは想像できないほどのサボり魔で授業中に姿を見かけることはまるでない。
共にサボろうと悪魔の誘惑をしてくることが日常茶飯事で、数学の授業のときだけその甘い罠に乗り、風紀にうるさい教師に追いかけられるまでがワンセット。
「もう、あまり笑ってやるなよ。面白いのは確かだけど」
口角をやや上げつつも気にかけてくれる優しいのは
肌のきれいなことや整った中性的な顔立ちが特徴の男で、私服でいると時折性別を間違えられる。
夏だというのに未だに長袖の制服を着ているのは、本人曰く日焼けが嫌だからとのことだが、巷では実は女であるのを隠しているという噂が絶えない。しかし変に人間関係にいざこざを持たず、明るい性格で、誰からも愛されるキャラクターである。
「でもそういうのあるよな。わかるわ。俺も体育んときのハードル競争で飛び越えミスって顔面から地面にダイブしてさ、あれからハードルに近づけねえもん。」
そう言って特に声色に同情の色もなく同意の言葉をかけてきたのは坊主頭の
だらりと椅子に力なく体を預け、使われてない机に足を載せて今にも寝てしまいそうな目で手に持った紙パック野菜ジュースの成分表を眺めている。
彼は支離滅裂な人間で猫を見かけたら犬がいると言い、カラスを見かけたらポッポと鳴く。住所を聞かれたら座標で答える。英語の授業で英作文を書けと言われたらナチュラルにI want to be a toilet.(私はトイレになりたい)と言い出す。ちなみに本人はトイレに行きたいと言いたかったらしい。
そんな彼の将来の夢は7月7日の短冊に織姫を嫁にくださいと書いて吊るすことらしい。七夕の主役、彦星さまも心穏やかではいられまい。
ようやく笑いの収まってきた灯庵はずれた眼鏡を直しながら言った。
「まぁ、そうかもな。寂蓮のほどしょうもないトラウマもめったに無いような気がするけど。」
円興はそれを聞き、続けざまに言う。
「他にもあるぞ、トラウマ。祭りで掬ってきた金魚が金魚鉢に収まらないほど巨大化して、いつの日か自由を求めて飛び出したせいで翌朝家中に悪臭を撒き散らしてた。」
「それ全面的に円興が悪くない?」
そこに阿古丸が有無を言わさぬ鋭いツッコミを入れた。そしてみんな、流れるような漫才トークに面白がってまた笑った。
くだらない話ではあるが、ネタとして機能するだけ儲けものか。思いの外友人らにウケたことに虚しさの極みのような満足感を覚えていると思いついたように灯庵が言った。
「そういやさ。トラウマって言えば、廊下の掲示板にに変な張り紙あったな。」
「変な張り紙?」
トラウマという単語がどうそこにつながるのか疑問だったが、なんとなく興味を惹かれて俺は聞き返した。
「気になるなら、見に行ってみたら?」
あえて詳細は教えてもらえず、そのように催促するので俺は直接その場に向かってみることにした。教えてくれなかったくせに灯庵は俺の後ろをついてきて、更に連れションに行くみたいにあとの2人もぞろぞろとついてきた。
たどり着いた場所はCクラスとDクラスの間の掲示板だ。グリーンのボードのあちこちに部活や委員会の掲示が散りばめられているので、どれだどれだと左上から右下へと流し見た。
すると一番右下のあたりにB5の用紙で、小さな文字サイズで書かれている怪しげなプリントを発見した。
生徒会の発行した文面であるらしかった。見出しの一文は、「トラウマをお持ちの皆様へ、カウンセリングのお知らせ」と書かれていた。
「なんじゃこりゃ」
思わず呟いた。
「な?変な張り紙だろ?」
灯庵がニヤニヤと、それを見ながら言った。まじまじとプリントを見つめていた阿古丸は難しそうに唸っていた。
「イタズラにしては、なんか内容がしっかり書かれてるなぁ」
「へえ、じゃあ寂蓮におあつらえ向きなんじゃない?いってみたら?カウンセリング」
深く考えてなさそうな様子で円興は言う。しかし俺はあまりにも怪しいその一枚に警戒心を解くことができなかった。
「いやいやいや。どう考えてもイタズラでしょ。なんで生徒会なんだよ。カウンセリングって言ったら、そこは保健委員とかでしょ。」
そういうと、そこなんだよ!と灯庵がさも面白そうに割り込んだ。眼鏡をくいっとわざとらしく持ち上げ、探偵が推理の解説を始めるみたくその場を往復しながらブツブツ言い始めた。
「なんで、学校生活への不安とか、友人関係がうまく言ってないとか具体的な話じゃなくて、トラウマ限定なんだよ。諸々おかしいだろ。でも、概要文を見りゃ、『学園生活を円滑に送るための手助けをいたします。どんな小さなトラウマでも構いません。私達と一緒にトラウマを克服しましょう』ともっともらしいことを吹聴してる。」
乗りに乗ってハイになった灯庵を見て、その場にいた残りの面々は脱力して「ああ、まただよ」と声を揃えた。にじみ出るこのカルト臭。感じるだろ?ミステリーの気配をよォ!心の声が聞こえてくる。
「そういうわけで今日の放課後、事の真偽を確かめるために行ってみるっきゃないな!生徒会室!」
火のついた灯庵のセンセーショナルには逆らえないと、この2ヶ月で思い知った面々は力なく同意したのだった。
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