第16話 歪んだ引き金2
「バーナム・ノートンは、おれが殺すはずでした。おれは、ゾロトワの一員です」
わたしもアルも、固唾を呑むしかない。ゾロトワとはモナリス人なら誰でも知るマフィアの名だ。
「いつから組織と関わってる」
「…士官学校から」
かすれたジェフリーの声。
彼は将校だ。愛国心と忠誠心を士官学校で叩き込まれてきたのではないのか。
「ジェフリー、顔を上げろ」
少し身を乗り出して距離を詰める。ブルーグレーの瞳は穏やかな光を宿していた。
「知っての通り僕はクリスの友人だ。そして君は、クリスの大事な部下だ。だからクリスの為にも君の助けになりたいと思っているんだ。何が起こっているのか話してくれないか」
それはあたかも、嘘にまみれた世界で、作り物ではない、ただ一つ信じられるもののような清廉さだった。わたしもこんな風にアルに向かわなければならなかったのかな。
キュッと閉められていた彼の口元が少し歪んだ。
「ジェフリー」
すると横に立っていたクリス隊長が隣に腰掛ける。
「お前が苦しんでいたこと、気付いてやれなくてすまなかった」
その言葉を聞くと、みるみるうちにジェフリーの目に涙が溜まった。
「…ッ!すいません!すいません隊長ッ!!」
クリス隊長の横顔は眉間から額にしわが寄り、噛み締められた奥歯で顎が張っている。握られた拳は力が入り微かに震えている。
なぜ手を染めた。
謝るくらいなら最初から手を出すな。
わたしならそう言っている。けれどクリス隊長は、怒りも悲しみも後悔も全部噛み殺してこう言ったんだ。
「お前の助けが必要だ。恐れずに話してくれ」
熱した鉄球を腹に抱えているような熱い息を吐きながら言われると、ジェフリーは涙を伝わせながら頷く。
「グランドホテルに宿泊予定だったバーナム・ノートンを銃殺する計画でした。工場を買収したスターリング・ライトという会社は、間に何社も挟んで複雑にゾロトワと絡んでるんです。だからバーナムはもう用済みで。殺すのはバーナムだけのはずだったのに、なんで爆発なんか…」
「つまり、君が意識を失っている間に、バーナム殺害は別の方向へ走り出したということか」
表情を動かすことなく淡々としたアーク。
「あの時、バーナムは司令官といた。それに何か思い当たる節はないか。君の予想でもいい」
「司令官ですか…コーエン副司令官ではなく」
「なぜ副司令官の名前が?」
「コーエン副司令官は、以前からこの買収のウラを探っていました。バーナムとは私的な友人でもあり、何度も工場へ足を運んでいると聞かされています」
「それは初耳だ。なぜ副司令官が独自に?」
「さあ…おれには…」
ジェフリーは答えに詰まる。
なんか、大手マフィア名が出てきたあたりから、わたしとアルがついていける感じじゃないんですけど…!
「次の質問だ。ミスティとの関係は」
言葉にしようとして、ジェフリーの唇が震え、彼はそれを言うことができなかった。
「ミスティ…あぁミスティ。どうして彼女が死ななきゃ…」
涙を流してしゃくり上げる。
かける言葉がなかった。だって、全ては自分が引き起こしてしまったことだ。クリス隊長は「しっかりしろ」とその肩をつかんで揺する。
「ミスティは組織に殺された!おれだってきっと殺されるッ…助けて…」
身勝手すぎる。正直な思いだった。きっとクリス隊長もそう思っているに違いない。けどね。
「大丈夫だ。亡くなったミスティのためにも、お前はこんなところで死なずに罪を償わなくちゃならない。違うか?」
だって。
部下からいきなり、実はマフィアの一員でテロリズムやってますって告白されたのよ?そんな状況どうですか上司の皆さん?
全方位隙無し。これが隊長って存在なのかな。今までクリス隊長のことをちょっと怖い人だと敬遠していたけど、誤解してたかも。
「彼女と一緒になるために、組織を抜けるつもりだったんです。この計画を成功させたら抜ける取り決めになっていました。なのに、なんでおれを撃ったりして…」
「やはり、撃ったのはミスティか。彼女には全てを打ち明けていたのか」
「もう隠し事はやめたくて…」
クリス隊長は大きく息をついて、ジェフリーの広い背中に置いた手をぽんとした。
「ずっと心配はしていたんだ」
静かに続ける。
「入隊した頃のお前は、ひとかどの成功を掴もうと全身から野心が溢れていた。しかし、ここ数か月のお前は第5支部への栄転が決まってもちっとも嬉しそうじゃないし、うわべでは何事も無いように装っていても、心の底では全く別のことを考えているんだろうと思っていた。
俺の聞き方が悪かったのかもしれないが、お前は何でもないの一点張りだし、悪い方へ転がらないよう願うしかできなかった。殴り飛ばしてでも白状させるべきだったと、今は後悔している」
「…隊長のせいじゃありません。どうか、ご自分を責めないでください」
首を動かしたら傷が痛んだのだろう、ジェフリーは胸の上を押さえて続けた。
「新兵で、黄金世代の隊長の下に配属が決まって、期待に胸が膨らみました。必ず超えてやろうって。けどクリス隊長、あなたは出世に全く関心が無いし、近接戦は無茶苦茶強いくせに、よく『胃が痛い』って胃薬飲みながら仕事してるし、拍子抜けしましたよ。覚えてますか、おれの新人演習の時」
「ああ。沢が増水してて、渡る途中オーウェンが
「あの時一番最初に飛び込んだのが、新人側の中隊長指導役だったクリス隊長でした。指揮官が最初に身を投げ出すって、失格じゃないかと思いながら、あなたとオーウェンを引っ張り上げましたよ」
「その通りだな」
苦笑するクリス隊長。
「…いいチームだと思った。だから、組織を抜けようと決心したんです。隊長にも、ミスティにも、嘘偽りなく向き合えるようになりたかった」
「ジェフリー」
クリス隊長は言葉を止め、机の上で指を組むと、少し考えたようだった。
「ミスティは、お前に別の未来を歩いてほしかったんじゃないか。——あのホテルに向かわせないために、お前を撃った。お前に犯罪を犯させるための弾薬を使って。
そして組織からの離脱を条件に、お前の代わりに殺人を請け負った。きっと彼女は自分が消されることを予感していたと思う。それでも愛する人に幸せな道を生きてほしいと、自分の命と引き換えに願った。そう考えると一本に繋がるんだよ」
それを聞くと、またジェフリーの目から涙が溢れた。絞り出すような声で彼は泣いた。
「俺には、お前を思うミスティの気持ちが分かる気がするんだ」
どうして他人のために命を失ってもいいと、そこまでできるんだろう。なんでわたしはもっとアルフレッドに向き合えなかったんだろう。
「さっき君は組織がと言ったが、ミスティを殺害したのはゾロトワじゃないと思う」
今度はアークだった。
「ミスティが使用した弾薬はバーナム殺害のため、ゾロトワが君に提供したものか」
「そうです。ミスティは、狙撃が得意な自分がやった方が確実だなんて言ってて…。冗談だと思ってたのに、いつの間に盗ったのか気付きませんでした」
「
差し向けられたのは副官だ。
「現場に落ちていたのは全て、軍正規の薬莢でした」
「ご苦労。これが意味する事は、わかるか」
思わずわたしまで頷いてしまった。
「そんな…、ゾロトワに武器を横流ししている奴が
青白い顔を更に蒼白にして、ジェフリーはうつむいた。
「ミスティが君を撃ったことで計画に変更が生じた。例えば殺害方法が銃殺から毒殺に変更されたことだ。それらを察知し、利用した奴がいる」
「何のために…?」
「君には組織を抜けるという目的があり、その過去を抹消したいと希望するのだから、裏切るはずがない。しかしミスティはどうだ。組織に加担するわけでもなく、ただ恋人を救いたいだけの女性兵に真相を知られているとしたら、脅威に感じたはずだ。だから殺した。そしてミスティに告発されて困るのはゾロトワの方ではなく、バーナムを通じて武器を横流ししている人間の方だ」
「…じゃあミスティは、軍内の人間の保身のために殺されたっていうんですか!?一体誰が!」
奥歯を噛みしめるジェフリー。
やっぱり…司令官?
アークも拳を握った。白くなるほど。
その時だった。甲高くノックの音が響き渡ると、軍服を着た男性が現れる。
「申し上げます!市内複数の学校に、匿名の予告状にて爆破予告!!」
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