第15話 歪んだ引き金1
副官はアルフレッドをわたしの前に座らせると、手錠を外すよう看守に命じた。看守が外に出るのを待ってから、始めるようわたしに合図する。
「アル、昨日はごめんなさい。あなたの話を聞こうともせず、ひどい事を言ってしまって」
正面から彼の顔を見ようとした。彼はちらり、ちらりとわたしを見るが、顔を上げてくれない。
「手紙の返事、待っていてくれたのに。あの時のわたしは何て言ってあげればいいのか分からなくて、自分に余裕がないのを理由に逃げ出して、無視してしまって。今更謝っても許してもらえないと思うけど、本当にごめんなさい」
「今更もういいよ。昨日も言ったじゃん」
わたしは頷いて一呼吸置く。ここまでは台本通り。
「エッセイ、書いたの?」
「え?」
「手紙に書いてくれたでしょ、投稿するつもりだって。どんなエッセイ?」
「あぁ…そんなことあったな。列車で国境近くまで遠出した事があってさ、それで。書いてはみたけど、結局…」
いつも、書いたら一番にわたしに見せてくれていたんだ。
わたしは彼が書く文章が好きだった。それは、恋愛感情を失った今も変わらないのだと思う。
「アル…あのね、この事件はただの殺人ではないの」
一般民間人で容疑者の彼にどこまで話してよいものか。アルの向こうのアークを伺うが、止められる様子はなかった。
「犯罪組織と軍がつながっているのかもしれない。だからあなたもその関わりを疑われてる。でもわたしは、アルが犯罪に手を染めて平気な顔をしていられる人だと思えない」
机に置かれた、色白で指が長く男性にしては優美な手。かつてその手で触れてくれた時、どんなに温かい気持ちになれただろうか。
「事件を解決して、アルの無実を証明したい。お願い、力を貸して」
彼はわたしと目が合うと逸らしたが、もう一度こっちを見てくれた。
「おれのせいでメグまで疑われてるって、本当なのか」
「あ、うん…」
勢いでいろいろ言いまくったものだから覚えてなかったけど、そういえば言ったかもしれない。
「無実だってメグが信じてくれるなら、協力する」
口を尖らせたままではあるがそう言ってくれた。
「うん。ありがとう。じゃあまず、繰り返しになるけど事件当時の居場所からね」
わたしはメモ帳を広げて簡単な図を書いた。
「ここがレストランで、こっちがロビー。アルがいたのは?」
「ロビーのこの辺りでソファに座ってた」
「ここだとレストランが見えるよね。何か覚えていることはない?」
「レストランの大きなガラスの向こうに噴水が見えて、それを眺めてた。ごった返すほどじゃないけど人は多くて、軍服を着た人もちらほらいたから…メグがいないか探してた」
小さなメモ帳を二人して覗き込んでいたから、わたしの前髪が彼の鼻先に触れる程近くにいた。一瞬、痛むように鼓動が脈打つけど、それだけだった。
「それから爆発が起きたんだよね。爆発の前後のことを教えて」
「座ってから15分くらいだったと思う。もう行こうと立ち上がって、エントランスへ歩いていたんだ」
「ここから、こう歩いていたのね?」
わたしは紙に→を引っ張った。
「そう。で、この辺りに来た時に振動を感じて、床に転んだ。耳が遠くなって何があったのか分からなくて、そのうちにもう一度衝撃があって、大きなガラスが跡形もなく粉々になるのを見て、やばいと思った」
「それでどうしたの?」
「逃げなきゃと思って、でも一気に人がエントランスの方へ押し寄せて、押されたりぶつかったりして何度も転びそうになって…そうか、その時にあの薬品の瓶をポケットに入れられたのかも」
「そうだよ…!その時のことを思い出そう」
「でも人の波で、顔なんて見てなかったし」
「大丈夫、一つずつ、ゆっくりでいいから」
ほんの少し前進した気がして、わたしのテンションも上がる。
その時ドアがノックされ、応対した副官がアークに何か耳打ちした。
「クリスが?いいよ、通してくれ」
と言ったのが聞こえたが、気にしている場合じゃない。
「駄目だ、全然思い出せない。外に出るまでが大変だったんだけど…」
しかしその時、ドアが開いて現れた人をわたしは二度見した。クリス隊長と、車いすに座ったジェフリーだった。
意識を取り戻したんだ!その顔は青白く、生気があるとはいえなかったが。
アークがわたしたちに手の平をかざして「ちょっと待って」と立ち上がる。
「ジェフリー、良かった」
アークに指示されるまま、副官がわたしの2つ隣の椅子をどけると、クリス隊長が車椅子を押した。その隣にクリス隊長は寄り添うように立つ。ブリ部屋の机と椅子は講義室のような配置になっていて、アークはジェフリーの丁度向かいに座った。お互いに手が届くくらいの距離だ。
うつむいたまま口を開こうとしないジェフリー。クリス隊長が乾いた口を開きかけた時だ。
「ジェフリー、きちんと自分で言え。隊長の口から言わせんな」
遮るように言ったアークの拳にグッと力がこもる。
「ミスティは殺された。民間にも犠牲者が出た。その事実を受け止めろ」
ジェフリーは小さく頷くと、そろりと声を出した。
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