第17話 紺色の軍服

 全員、入口の軍人に注目した。

「コーエン副司令官より総員緊急出動命令が下っています。ウェルシア少佐、捜査本部へ出頭願います」


「犯人の要求は」

「要求はありません。ただ爆破すると。予告の出所も不明です」

「なんのつもりだ?逃げる間を与えての無差別攻撃だと?」


 思わず吐きながら、アークの眉間にしわが寄る。クリス隊長も困惑顔だ。

 確かにその通り。わざわざ予告するなんて、駆け引きを楽しんでいるつもりだろうか。しかし、ホテルでの爆破事件がまだ記憶に塗り込まれている。人々を恐怖に陥れるにはこれ以上ない。


「予告があった学校では既に避難を開始していますが、市内は大混乱です」

「本部には出頭する」

「了解」

 キビキビとした動作で退室する。あの人も情報班なのかな?


「副司令官の指揮ということは、司令官は会談に出かけたか」

「このタイミングでバカげた爆破予告とは、どういうことだ?」

 クリス隊長が問う。険しいブルーグレーの瞳がジェフリーを見つめて、もう一度クリス隊長に戻り、口を開いた。


「証拠がな——」

「あっ」

 同時に発声したのはアルフレッドだった。気まずそうに口をつぐむ。

「なんだ、何か思い出したのか、言ってくれ」


「いや、横流ししてる人が内部にいるって言ってたから、軍服来た人を思い出してて。あの人みたいな紺色の軍服来た女性とすれ違ったんだ。背が高くてメガネをかけてた」

 ——そんな人、一人しかいない。


「警備の人かな。すいません、この状況で言うことじゃなか——」

「間違いないな?」

 椅子の音をたててアークが立ち上がる。

「え、はい」


「そうか、そういうことか…くそっ、なんで気付かなかったんだ。アリシアはどこだ?」

「さっき、ここに来る前に会いました。司令官と市長の会談に出席すると」

 先を争うようにわたしは答えた。


「…彼女が?おい、本当にそんな予定になってんのか、すぐ上司に確認しろ」

「了解」


 副官に命じると、

「コーエン副司令官だよ。買収のウラを独自に調べてたんじゃない、尻尾を掴まれないよう工作していたんだ。…この爆破予告は撹乱するための罠だ。副司令官自らによる狂言だよ。ゾロトワの仕業に見せかけ街を混乱させ予告現場に兵力を割いて、本当の狙いは市長と司令官だ」

そう断言した。


「副司令官とアリシアがグルだと?」

 クリス隊長も立ち上がる。

「しかし何で彼女が…」


「覚えてるだろ、マイルズのこと」

「同期の、アリシアに惚れてた?卒後1年も経たないうちに病気で急死したよな」

 ほんのわずかな時間、アークは唇を平たくつぐんだ。それから抑揚のない声で言う。


「マイルズとつるんでアリシアにちょっかい出してた奴と、新兵の頃第1支部で一緒だったんだ。ある時打ち明けてきたんだよ、在学中に集団で彼女に暴行したって」

 衝撃に耐えるように、自分の体が固くなったのを感じる。


「マイルズは見てるだけだったが、彼女を追い回すようになったのはそれがきっかけだったと。そして配属先は二人とも第4支部になった」

 その人が卒後1年も経たずに亡くなったの…?


「今回、マイルズの死因を調べたんだが、第4支部附属病院入院中に急性呼吸不全を起こしていた」

 呼吸中枢が抑制される——


「チェセモニク」

 わたしの震えた声に、アークは否定も肯定もしなかった。


「恐らく、その時彼女を世話したのが当時上官だったコーエンだ。コーエンは、ガードネント中将の元で長く勤めていたから、中将が娘を頼んだんだろう。コーエンのバックに中将がいると考えれば、新型ライフルが導入になったのも、バーナムを通じて旧型を横流ししていたのも、シールズ派のバトラー司令官を排除しようとするのも、全て辻褄が合う」


「じゃあ、ミスティを殺害してレストランを爆破したのも、アリシアが」


(隊長ってそれが仕事だから、気にしなくていいのよ。今はいっぱい迷惑かけて、自分が先輩になった時に、たくさん迷惑かけられてあげて)


 そう言葉をかけてくれた人と、あの惨状を作った人が同じなんて。すぐには受け入れられなかった。けれど、現実は待ってくれない。


「時間が無い」

 空間を裂くようなクリス隊長。それは指揮官の声だった。

「副司令官に勘付かれないよう動く必要があるな。向こうは武装しているだろうし、何人いるかも分からないが、少数編成で行くしかない」


「何人要る?情報班じゃおまえの足手まといになるかもしれないけど」

 ドキンと心臓が脈打つ。この状況は…!


「わたしが行きます」

 ペーペーが一人くらいいてもいなくても、緊急出動作戦には影響ないし、副司令官が気付くはずもないもんね。


 でも言ってから変な汗が出てきた。わたし一人で何ができるというんだろう?

 部屋の中が静かになってしまった。顔がカーッと熱くなる。沈黙を破ったのはジェフリーだった。


「ダメ元でグレイヴ隊長に要請した方が…だって、メグっすよ?」

 ちょっとちょっとー!そこ後半要らなくない?


 先に吹き出したのはアークだった。よく見るとクリス隊長だって唇プルプルしてるし!んもー!カッコつけてしまったこっちが恥ずかしいわ!


「ごめんごめん、今の良かったよ。1年間鬼隊長について来ただけあるね」

 その華やかな笑顔で言われると余計に恥ずかしいっちゅうの!


 すると副官が戻って来た。

「会談にアリシアが出席する予定はありません」


 その言葉にアークは一つ頷く。すると副官の後ろから、興奮した面持ちで法務省上司本人が現れた。

「アリシアが副司令官と共謀しているだと!?なぜそうなるんだ、説明したまえウェルシア少佐!」


「文字通りですよ。アリシアは法務省に出向する前からコーエンの部下で、バーナム・ノートン殺害事件を利用しシールズ派の勢力を削ごうとしている。既にバーナム殺害の容疑者ミスティを爆破事故に見せかけて暗殺。そして今度は、バトラー司令官に市長殺しの濡れ衣を着せた上で殺害するつもりだ。今や、事件との関連を疑われるのはあなたの方だが」


 言い放たれると、上司はプライドを傷つけられた怒りと部下に裏切られた戸惑いに顔を燃やし、次に自身の保身手段を考え始めたようだ。

 なにー!?ヒースの予想だとあなた付き合ってるんでしょ?考えるのは自分のことだけ?


「アレン、グレイヴだ」

 それだけで察知した副官は無表情のまま、すぐさま再び部屋を後にする。


 口をわななかせている上司のことなど介さず、クリス隊長はアークへ告げる。

「人足はこっちで何とかするよ。情報班よりも慣れた奴らとの方がやりやすい」

「わかった。副司令官を検挙するには、アリシアの自供が必要だ。絶対に死なせるな。僕はその間、副司令官を抑えておく」


「気をつけろ。副司令官はどんな手に出るがわからない。うちの隊員を援護に向かわせよう」

「助かるよ」

 クリス隊長はもう部屋を後にしようとしていた。


「隊長、どうかご無事で。司令官が戻られたらもう一度全てを自供します。これ以上恥の上塗りはさせませんから、最後におれの事信じてください」

 ジェフリーはそう言って、傷を押さえながら頭を下げた。

「ああ、信じるさ」


 席を立とうとして、アルと目が合った。急展開で話が進んでしまったけど、彼の無実はまだ証明できていない。

「アルのポケットに薬剤の瓶を入れたこと、アリシアって人に必ず認めてもらうから。安心して待ってて」


「うん。…気をつけろよ。無事で」

 すれ違う一瞬、彼がわたしの手を掴んで握った。その顔は、あの頃よりも少し大人びていた。時間は確実に過ぎて、お互い変わって、それでもこうしてまた会えたことは、やはり感謝すべきかもしれない。


 わたしよりも皮が厚くて大きな手の、その温もりと感触を忘れない。

 だから、生きて、無実を証明して戻ったら伝えよう。また会えてよかったと。


「待て…!捜査本部として勝手な真似は許さん。本部長の承認を得てからだ」

 はい、保身。ヤなお役人の決まり文句ね。一刻を争うこの状況でさぁ。誰もあなたに責任取ってもらうつもりないし。思いつきで口だけ出して何にもしない上司のくせに。あ、ちょっとアル入っちゃった…。


「なあ、あんたは自分の命と引き換えに愛する女を止められるか?殺されたミスティのように」

 ブルーグレーの瞳が強い光を放つ。


「ななっ…何のことだ急に」

 この狼狽ぶり、ご丁寧に顔まで赤くしちゃって。やっぱりヒースの言う通りだし!わざわざそこを突くなんてさすがアーク!


「できないなら口を挟むのはやめてくれ。今彼女を止められるのは、オレたちだけなんだよ」

 その言葉を合図に、わたしたちは部屋を後にした。


 ガン首かける、それが決して言葉だけでない事が見て取れた。白い額に血管を浮かばせるほど、彼は必死だった。


 足掻いて、もがいて収集した情報から導き出した結論が誤りだったら、間違いなく犠牲が出る。しかもその犠牲になるのは自分ではない。

 現場は言うまでもなく厳しいものだが、参謀部というのもしんどいものだと思った。もし作戦が失敗した時、そのダメージは現場の何倍にもなって襲いかかるのだろう。


 アークは職務性質上、紺色の軍服を着用しないのだという。しかし紺色の重みを誰よりも熟知している一人だった。


 彼の生きる道は、望もうが望まぬが蛇の道。咬えられればそのまま飲み込まれて終わり。生き残るには、絞め殺すか、咬え返すか、毒か。

 その強い目の奥に、抑えつけられたどす黒く暗い淵を垣間見た気がした。

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