第13話 蛇ばっかり
横になったらもう絶対に起きられない自信があったから、椅子に座ったまま少し仮眠を取るだけにした。
もともと今日は非番なんだけど、野戦服のまま食堂へ向かう。
しかし、アークは現れなかった。ラッセルはいつも自宅で朝食を食べてからの出勤だからいない。
グレイヴ隊長は顛末を聞いているだろうか…いや、自分から言わないと!
既に食べ終わって新聞を読んでいる隊長と、その隣にはヒース。よし、と向かっていくと、ゴツいガタイに進路を塞がれた。
「出撃前みてェな顔して、どしたい?」
ジャック隊長だった。
「あ、いえ…おはようございます」
「さすがに昨日はこたえたろ。こういう時ァな、腹あっためるに限るンだ」
徹夜明けで食欲が湧かないけれど、渡されたミネストローネの湯気に、寝不足顔がじんわりほぐれる気がした。
「おはよう。よかった、時間が合って」
その時後ろから声をかけてきたのは、アリシアだった。
「ここの食堂が美味しいって聞いて。やっと来れたわ」
迷うことなくサラダ、ジャガイモとベーコンソテー、パン、コーヒーをスパスパとトレイに乗せて、一緒に席へ向かう。
「おはようございます」
「お早う。今日は非番じゃなかったか?」
新聞から顔を上げた隊長は、何も聞いていないみたいだった。
ジャック隊長とアリシアはまだしも、ヒースがいるんだけど、どうしよう…。
なんてわたしがウジっているうちに、別の話題が始まってしまった。
「クリスはまだか?」
「いや、もう食い終わって、ジェフリーのところだ」
「まだ意識を取り戻さないのでしょう?昨日、親御さんが到着されたみたいね。何も説明できないのが歯がゆい」
言いながら、食べる速さはさすが元将校、男性に全く引けを取らない。
昨日の爆発事件で、ジェフリー銃撃の事はすっかりなりを潜めてしまった。
「これを見ろ」
隊長が指さしたのは、バーナム・ノートンの死亡と、所有していた工場がそっくり買収されたという記事だった。
「このタイミングで買収が発表になるとはね。ううん、逆ね、発表に合わせて殺害したか。スターリング・ライトなんて会社聞いたことないけど…外資系なのね」
文字を追い終わるとアリシアは、何かを考えているようだった。
「アリシア、君は新型ライフル導入プロジェクトチームの一員だったそうだな」
新聞をたたみながら隊長。思考を中断し、アリシアは向き直る。
「ええ。それが何か?」
「俺がここに来る前だから、4年前か。新型のプロトタイプを試射した事があった。俺たちだけでなく全国でテストが行われたが、突出した利点が得られず、あるとすれば軽量化だけという結果で、導入は見送ることになったはずだが、どうしてひっくり返ったんだ?」
「実装されたのに今更?」
「この財政難の中、よく予算が下りたもんだと思ってな。君なら詳しいんじゃないか」
「さあ、予算は私の範疇じゃないけど、言えるとすれば、装備の軽量化こそが最重要だったということかしら。
人員不足解消には、女性登用のため間口を広げなければならない。
もちろん私も試射したけど、射程距離と、銃身と弾薬の改良により汚れにくく精度維持が容易になった点は、旧型を大きく凌駕する。精度向上に鍛錬が必要なのは、旧型も新型も関係ないでしょう?
武器の発達とともに、筋力や経験に頼らなくても戦える時代にすることが、現在のモナリス軍の至上課題だと思う」
「それは父上の意向か?予算をもぎ取ったのもガードネント中将だろ?」
アリシアの眉間に敵意が宿る。
「そうかもしれないけど、私の意思でもある。プロジェクトチームに選抜されたのは、私の実力で、父は関係ない」
ブスッとジャガイモを突き刺し、次々と口へ運ぶ。そして飲み込み終わるとコーヒーを流し込んでこう言った。
「将校である以上、派閥争いは不可避でしょう。だからあなたもアークも
立ち上がったアリシアに、一言だけ隊長は返す。
「そうかもな」
「ごちそうさま。美味しかった」
去っていく後ろ姿を見送ると、「怒らせンなよ」とジャック隊長が呟いた。
すると、
「あの
とヒースが続いたので、わたしはスープを吹きそうになり、ジャック隊長は噴き出した。
「なんすか汚ねぇ」
「マジか。お前ェ、あん時会話してンの一度見ただけだよな?スゲェな。どんな顔するか言ってみりゃよかったンだよ」
「言ってよかったんすか?」
飛んできたスープの飛沫をぬぐいながらヒースはニタリとした。
「父上がお偉いさんすよ、スキャンダルはマズイんじゃねぇっすか」
モナリス軍のトップである今の総司令官は、再来年退官となる。ガードネント中将といえばペーペーでも知っている領袖で、次の総司令官候補の一人だ。
「あいつはンな事じゃビクともしねェよ。学生時代の話だ。学年に女一人で親が上層部ときたら、出世に利用するため気を引こうとするか、目障りだと蹴落そうとするかどっちかでな。まァ、将校てのは限られた人間の、しかも嫉妬深い男どもの狭い世界だからな。
体触られるなんてのは日常茶飯事で、順番に口説いて誰が落とせるか金を賭けて争ったりするような連中もいた」
グレイヴ隊長も頷く。
「でもアリシアの方がしたたかで、嫌がらせや男に言い寄られたくらいじゃ一切動揺しなかった。それどころか、二人退学に追い込んだからな」
「今なら正当防衛の名の下射殺されてンな」
「…やっぱ言わなくてよかったぁ」
将校になろうって女性は、まず精神構造が違うようだ。しかも黄金世代という二つ名付きだもんね。
「でもよ、イタズラしてるうちに本気になっちまった奴もいてな」
はぁ?金を賭けて争っていたような男に応えるとでも?って、わたしの中のアリシアが言ってる。
「バトラー司令官は、シールズ派だよな」
ボソッとした隊長に、最初は何のことか分からなかったけれど、徐々にうすら寒いものを覚えた。シールズ派とは、ガードネント派の対抗勢力である。
互いを蹴落としあう優秀な人達の狭い世界、その藪の中は蛇、蛇、ヘビだ。わたしには縁が無くてよかったー!
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