第12話 探せない真実
自室に戻って、まずいつもの野戦服に着替えた。これが一番落ち着く!
略装をたたむのは後回しにして、棚の奥にしまい込んだ石鹸の缶箱を取り出す。
届くたびに気が重たかったし、半分以上開封していない。それでも捨てることはできなくて、こうして封印していたんだ。
散らかった机の上のものはとりあえず床に置いて…ちゃ、ちゃんと後で片付けるよ!
開封したものを含めて、3年近くの間に手紙は全部で22通あった。
まずは消印の日付順に並べて、それぞれの場所を紙に書きつける。それから1つずつ手紙の字を追い、何か役立ちそうな情報を探した。
親愛なるメグ
元気にしてるか?医療学校の生活にはもう慣れたか?
おれは昨日も帰宅時間が夜中で、体がボロボロだ。印刷屋の仕事は思ったよりずっと地味でハードな肉体労働だ。
今も真夜中、このまま寝たらまた明日が来てしまうのが嫌で起きてる。朝日なんて来なくていいのに。
うっ…そこの表現気取るところじゃなくない?
親愛なるメグ
医療学校は忙しそうだな。頑張っててすごいと思う。
おれの方は相変わらずで、指に着いたインクの染みがそろそろ落ちなくなってきたよ。
おれよりも年長で経験あるパートタイムの奴らが時間で帰っていくのに、なんで俺は社員だからって長時間労働しなきゃならないのか、って上司に聞いたら、
「俺に言うな!」ってすごい剣幕で怒られて、始末書書かされたよ。どうなってんのかな。
うちは上官に盾ついたら抗命罪で、最悪軍法会議だけどね。
親愛なるメグ
最近返事をくれないけど、忙しいのかな?
新しい仕事を始めて2週間経つけど、今のところ順調かな。当たり前だけど、最初から広告作成なんてやらせてもらえない。
ひたすら得意先を回って挨拶と、御用聞きだ。今は先輩と一緒だけど、来週から一人で回るんだ。
親愛なるメグ
今年の夏は暑いな。学校生活は大変だろうけど、返事をくれよ。
こっちは毎日ドサ回りに疲れてきたよ。大体、おれはちゃんと決められた得意先を回ってちゃんと仕事をこなしているのに、なんでおれがやってもいない事でクレーム言われなきゃならないのかな。
それが会社組織で仕事することだってみんな言うけど、おれが悪いんじゃないよな。
あーあ、学生時代に戻りたい。
ちょっと待って、日付を見ると、来週から一人で回るんだの手紙から2週間しか経ってないじゃない!
この短期間でよくここまでネガティブになれたもんだ…。
同じような手紙が5通続く。読んでいて額を押さえた。
なんて不毛な時間!なんという向上心の無さ!社会人やめた方がいいんじゃない?
いやいや、わたしの方こそ投げ出しちゃダメダメ。手がかりを探すんだ。
親愛なるメグ
次に休暇で帰って来るのはいつかな?話がしたいよ。
人手が足りないから毎日あちこち駆け回って頭下げて、一体何のために毎日頑張ってるのかな。
上司に訴えても何もしてくれないし、上司も自分の評価を下げたくないからその上には言わないみたいだ。
そのくせ自分の要求は最優先なんだぜ。こっちだって予定立てて動いてるのにさ、後から急に割り込んで、自分の指示はすぐやれとか強引にに言ってきてさ。
会社の体質がおれには合わないよ。
広告作成したくて来たのに、いつになったらできるのか目途もたたないし。ああぁもう嫌だ。
「誰があんたの愚痴聞くために帰省するかぁ!」と机を叩いていた。
ああ、こんな奴に殺人と爆破なんて大役任せられるはずがない。わたしが首謀者ならそう思う。
わたしだって、成績はいつも下から数えた方が早かったし、赤点取ったことだってあるし、とても誉められた学生時代じゃないのよ。
それを差し引いても…わざわざ手紙に書いて言うこと?
親愛なるメグ
全然返事をくれないな。当たり前だよな、おれも愚痴っぽいことばかり言ってごめん。他に言える相手がいなくてな。
ブレない目標をもって前に進んでいるメグを思うと、おれは自分が情けない。
だからおれも目標を達成するまで、しばらく手紙は書かないことにするよ。
もうおれのことなんて何とも思ってないかもしれないけど、おれはメグのこと応援してるから、忘れないでほしい。
次にくれたのは、半年後だった。
親愛なるメグ
久しぶり。目標を達成するまで手紙は書かないつもりだったんだけど、報告だけしようと思って。
出版の仕事に携わるのはもう諦めることにした。広告作成の仕事も辞めたよ。
今は実家にいる。親からは早く働けって、毎日つつかれてるけど。
次に何をするかは決めてない。探す気になれないんだ。みんな勉強したり働いたりしてるのに、おれだけ何もできてない。
この状況は…。手紙を持つ手に力が入る。
彼は孤独だったのだ。弱音を吐く相手が見つけられず、家族にも言えず。
孤独の寂しさ、そして追い込まれた心に空いた隙間へ、まるで救いの手のように入り込む。それがカルト集団や怪しい商法の手口だと医療学校で習った。過激な犯罪組織とて、似たようなものではないかと思う。
アルにとって、唯一弱みを見せられる場所がわたしだった。それを初めて知って、かつて好きだった人から必要とされた喜びよりもはるかに愕然とした。
ならば、もし彼が犯罪組織の一員として犯罪に手を染めていたら、それはわたしの責任――わたしが返事を書いていれば、逃げ出したりしなければ、彼の未来は変わっていた――
アークにチェセモニクの小瓶を突き付けられた時の感覚がよみがえる。薬剤の提供なんてしていないけど、結果は同じ事だ。
手紙の日付を確認すると、2年半前。この頃から犯罪組織に加担していたとしたら、今回の件を遂行しても平然としていられるよう、仕込まれているかもしれない。
心臓が嫌な速さの鼓動を刻む。
しかし、手紙はそこで終わっていなかった。最後にもう1通ある。
手紙を開封する。ペーパーナイフを持つ手にも無駄な力が入っている。
(そうだとしたら、元カノがいるようなところには来ないんじゃねーか?)
うん、犯罪に加担しているなら、もうわたしに手紙なんて書かないはずだ。けれど、間を4か月あけて、彼は書いてくれた。
親愛なるメグ
返事を待っても来ないし、手紙を書くのはもうこれで最後にしようと思う。
今までありがとう。
メグが夢を叶えて、そして無事でいることを、おれはこれからも願っている。
そしていつかまた、会えたらいいな。今はまだ、メグに報告できるような事は何もないけど、その時は胸張っていられるようにならないとな。
ど、どちらとも取れない…。なにこの期待を裏切られた感。こんな手紙を開けたところで意味無いんだろうか…。
(諦めんな!!!)
延髄に叩き込まれた隊長の声。反射的に立ち上がりそうになる。
勢い任せに字面を追い続けたけど、そうじゃなくて、彼が何を思っていたのか読み解かなきゃ。
手紙の紙面は限られているから、言葉を選んで、なるたけ簡素にするものだろう。彼の手紙はいつも便箋1枚以内だったし、ましてや、文章で伝える事を職にしたいと思っている人なのだ。文字の奥に彼があると言っていい。
あの頃は気づけなかった。気づこうともしなかったけど、今ならできるはずだ。
わたしは顔を洗い、冷たい水を一気飲みしてから、簡単なストレッチで体をほぐすと、思い込みを捨ててもう一度向き直った。
既に日付は変わっている。彼は拘留場の冷たい床で一人過ごしているはずだ。
アルの無実を証明できるのはわたしだけなんだから、しっかりしなきゃ!
会社の人と一緒にガゼールのビール祭りに行ったよ。酔っぱらって、おかしくもない事でずっと笑ってた。こんなの久しぶりだ。
今年のヒマワリ畑は見事だったよ。去年メグと一緒に行って、なんだか忘れたけどケンカしたのを思い出した。
ビールもヒマワリも、故郷の地方では有名なお祭りなんだ。
旅行に行く仕事ってのがあるらしい。行った先で言われた通りのことだけすればあとは自由行動で、旅費と報酬が手に入るみたいだ。しかも普通に働くよりずっといい金額だって。惹かれるけど怪しいよな。
怪しいよ!そんな儲け話絶対ないから!騙されちゃダメー!!ていうか気になってそこまで話聞いちゃったわけ?
エッセイを書いてみようと思う。まだ内容は言えないけど、投稿するつもりだ。
この一文に目を止める。後の手紙では、それについて触れられていない。
何のエッセイだったんだろう。完成したのかな。まさか怪しい商法に騙された体験談じゃないよね?
拘留場の冷たい床で過ごす彼は何も知らされずに、ただ命じられたことだけをして、気づいた時にはもう切り捨てられている。今時、軍隊だってそんな扱いされない。
アル…本当にわたしに会うためだけに?
ふつふつとした暗い気持ちと疑惑だけが膨らんでいく。
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