第11話 同期3人
悔しくて、情けなくて、自分もアルもバカみたいで、裏切られたような気がして、涙が出た。建物を出ると、誰もいないそこは事件の騒ぎから切り離され、空気の音が聞こえるような夜の静けさだった。
袖で涙を拭きながら歩く。けれどどこへ向かえばいいか分からなくて、のろのろした歩みはやがて止まった。
最低なのはわたしだ。なんであんなこと言ってしまったのだろう。
やっぱり戻るべきだ。早く戻らなきゃ。しかしそう思う程に拘留場が遠く、拒まれている気がした。そっちじゃないよー!と体に訴えるけど、どうしても逆方向へ進んでいく。
後ろ髪どころか内臓までズルズル引っぱり出されながら、いけないと思いつつ寮の前まで来てしまった。
「メグ?早かったね?」
「え、おまえ、なに泣いてんだよ」
リサとレクサス。待ってくれていたんだ。
もう限界だった。
涙がボロボロ溢れて、わたしはその場で両手で顔を覆い声を上げた。
「なんだよ、どうしたんだよ…」
どうすることもできないレクサスは放置して、リサが背中を優しく撫でてくれる。
途中からなんで泣いているのかわからなくなるくらい泣いた。
寮の下から移動して、訓練場へ続く階段に座ってもまだしゃくりあげていた。わたしが話し出すまで、二人は辛抱強く待ってくれた。
鼻をすすりながら、わたしは爆発現場でのこと、アルフレッドの事と、やらかしてしまった一連を話した。
「あー、聞いてるだけで腹立つ。私がその場にいてもブチ切れてたと思うな」
だって。リサらしいよね。
レクサスは、
「その足、どうしたんだよ」
って。今更気付いたの?と言いたかったけど、彼はこんなものだろう。
昨夜先輩から暴行を受けたことを話した。
「そっか。なんか色んなことがあったんだな。おまえ、何にも言わないからさ、へっちゃらなのかと思ってたけど」
「…最近、何やってもうまくいかないよ」
演習の不合格から、レポートの不合格から、隊員みんなに迷惑かけてるのに、考えるのは自分のことばかりで。ヒースに怒鳴られるのも当前だ。
でもレクサスの言う通り、へっちゃらな顔してた。そうでもしなくちゃ乗り切れないもん。
だから気にしないと言い聞かせて、何事も無かったように明るく振る舞って、みんな流れ去ってくれるのを待とうとしていた。
あげく、アルに感情をぶつけてしまって…藪蛇1000匹だ。
「メグはさー、いつも難しく考えすぎなんだよ。頭いいからしょうがねーけどさ、そんなに気ぃ張らずに、言いたいこと言えばいいんじゃねーの?」
「…言いたいこと言った結果がこれなんだけど」
「だからそれでいいんじゃねーの」
首筋を掻きながら、深刻のしの字もない。このままハナクソでもほじりだしそうだ。
「ヒースが使えねーとか言うのって、フツーじゃん。深い意味なんてねーよ」
「そりゃ、あんたは毎日かもしれないけどさあ」
リサが吹き出す。
「でも、今日は私もレクサスに賛成。全部が全部メグのせいじゃないんだからさ、そんなに自分を責めることないって。うちの隊にはね、毎週心頭滅却タイムがあるんだよ」
「しんとーめっきゃく?ってなんだ?」
今週あった怒り心頭な事を言い合うのだと。で、どうしたら前向きに方向転換できるかを、お菓子(勤務外ならお酒)をつまみながら、笑い9割たまにまじめに議論し合うんだって。ジャック隊長らしい取組みだよね。
「人の悪口は言わないルールなんだけどね、愚痴みたいなことは私も含めて先輩だってよく言ってるよ」
ジャック隊のチームワークの良さは、第7支部でも指折りだ。きっとこういう積み重ねなんだろうな。
わたしたちの仕事は、極限の状況下で人と人との関係性が表出したりする。それが生死を分ける。だから隊員間の温度は、マイナスすぎては論外だが、プラスすぎても良くないらしい。
「うちの隊員はそういう柄じゃねーよな」
「そだね。きっとグレイヴ隊長は一言、『甘えんな』でしょ」
リサのボソッとした言い方がウリ二つで、思わず笑ってしまう。
「ヒースなんか『お前ぇらの面倒そこまて見てられっかよ』ってぜってー言うと思う」
うんうん。
「ラッセルは『今週の怒り心頭?思い当たらないなあ』で、もう成立しないね」
わたしが言うと、二人とも笑い声。
「けど溜め込まないでさ、たまにはぶっちゃけてみろよ。オレたち今更それで引いたりしねーし」
おろろ、レクサスのセリフにグッときてしまうなんて。よっぽどへたってたみたいだ。
彼はわたしより歳下だし、空気読めなくて突拍子も無いことを言いだしたりするけど、普通では赤面なストレートな言葉でものを言うことがある。それに全員ハッとさせられたりしてね。だからグレイヴ隊には無くてはならない人だと思うよ。って本人には言わないけど。
「ありがと。少し元気出てきた。戻って謝ってくる」
「ねえ、その前に冷静に考えて、そのアルフレッドは殺人を犯して平気な顔していられるような人なの?」
リサとレクサスの間で、わたしは迷った。
「5年のブランクは短くないと思うよ。でも洗脳とかされない限り、そう簡単に反社会的な人格になんて変貌しないんじゃないかな」
「うん…」
少し自己中で思い込みが強いところはあったけど、嘘をついたり人を騙したり貶めたりする人ではなかったし、わたしにも隠し事はしないでって言ってたっけ。
「引っかかるのが、今働いている会社が裏では違法な輸送をしてるって、アークに言われたでしょ。もしそっちに染まってたとしたら…」
「そうだとしたら、元カノがいるようなところには来ないんじゃねーか?」
わたしとリサは顔を見合わせる。
「そうだよね…!あんた冴えてるじゃん」
「そいつ、メグに会いに来たって確かに言ったんだろ?」
「そうだけど…本当の目的を隠すための理由としてはうってつけだよ」
「会えるかも分かんねーのに5年ぶりに来たんだろ?んなの、まだおまえのこと好きじゃなきゃ来ねーよ。なんで信じてやれねーんだよ」
ほら、こんな風にね。今日の爆破に勝るとも劣らない破壊力。
なんでだろう。誰よりも大切だった人なのに。
頭の中の時間を巻き戻すと、医療学校の生活は厳しいものだった。彼からの手紙が届いたとき、わたしは何を思ったっけ。
それを考えるとお腹の中がムズムズして、また逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。
――そっか。あの時応えられなかったのは、今信じられないのは、わたしに自信がないから。人のせいにしてるのはわたしの方だった。
でも、これで吹っ切れた。
「そうだよね、信じて欲しくてアルはわたしを呼んだもん。応えてあげられるのは、わたしだけだよね」
無実を証明するために、今何ができるだろうか。
そうだ…!
「手紙を開けてみる。離れていた間、アルが何を思って何をしてたのか知る必要があるよ。それに消印でその時どこにいたかも分かるし、無実を証明する手がかりになるもしれない」
わたしは立ち上がった。もうすっかり夜だけど疲れは感じず、力が湧いてくるようだった。
「その調子!立ち直りが早いのがメグの良いところだって、前にグレイヴ隊長が言ってたよ」
「オレもそー思う」
「二人ともありがとう。これが終わったら今度おごるからね!」
わたしは寮に向かって駆け出した。
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