第10話 最低なのは

 取調べに陪席するよう依頼された隊長は更に、

「何年も会ってない男なんだろう?俺よりラッセルの方がメグも緊張しないですむし、あいつは場を和ませる」

と言ってくれた。


 心配そうなリサとは寮で待っているからねと別れ、勤務外にも関わらず呼び出されたラッセルは「メグの元カレ?まさかそう来るとはねえ」と上機嫌で、緊張感のかけらもない。


 わたしの心臓はバクバクしっぱなしで、取調室に座った時にはもう何から聞くのか忘れてしまった。


 加えて、司令棟から地下通路を通って隊長(わざわざ送りについて来てくれたんだ)、アークと3人で拘留場へ向かう間、こんな話が展開されたんだ。


「バーナム・ノートンはなぜ殺されたんだ?誰かと会っていたのか?」

「司令官だよ。理由を問いただしたらさ、プライベートな要件だから言えんだとよ。人には捜査を命じておいて、あのたぬきオヤジが。なにが証拠つかめだ。吹っ飛べばよかったんだよクソジジイ」


 上官侮辱罪で軍法会議に充分訴えられる。聞かなかったことにしたのは隊長も一緒のようだ。


「じゃあ司令官も狙われていたのか?」

「いや。食事を運んだ店員と、ミスティらしき女性が話しているのが目撃されている。その際、バーナムの食事にだけ薬を盛ったんだろう」


 そこでアークは足を止め、隊長を振り返った。

「支部司令官と武器工場オーナーが、人に言えない話するって何だと思う?」

 隊長に緊張が走る。


「…まさか司令官を疑ってんのか。司令官だって被害に遭われただろう」

「遺体を見たけどな、爆発より前にバーナムは毒殺されてんだ。自分が死なない程度に爆薬を調整することくらい可能だろうよ」

 冷徹に、任務に忠実に、あらゆる可能性を並行して、この人は自分の上官である最高責任者をも疑っているのだ。


 司令官が「彼は駄目だな」と言った遺体――あれはバーナム・ノートンだったのだ――を見た時の違和感はこれかと腑に落ちる。あの顔は爆死ではなく、毒死だ。


 すると、アルフレッドは罪をなすりつけられたってこと?あーもう!直前にそんなぶっ込みやめてほしいと思うでしょ!?


 旧型ライフル工場のオーナーを殺したのは現役女性軍人で、更にその殺人容疑がかかっている男はわたしの元カレで、裏でアブない輸送を担っているかもしれない?

 でもってなぜかは分からないけど司令官まで絡んでる?


 もしかするとジェフリー銃撃の裏にはバーナム・ノートン?となるとジェフリーを撃ったのはやっぱりミスティ?


 ここまでで、個人的な怨恨による殺人事件ではなく、明らかに組織犯罪だってことはわたしにもわかる。

 あのミスティが犯罪組織に…。それに司令官が関わってるなんてことがあったら…?


 わたしはハッとひらめいた。

「もしかして、ジェフリーはそれに気づいてしまったからミスティに撃たれたんじゃ…」

 きっとそうよ!これで一本につながるじゃない。やっぱりアルフレッドは関係ない。


「そうかもしれないけど、今は余計な先入観持たない方が良いと思うよ。あー、娘の彼氏に会うってこんな感じなのかなぁ」

 娘にしてはだいぶ年齢が近いと思うんだけど…。彼は3姉妹のお父さんだからね。いつか結婚してなんて10年20年先を想像すると、今から涙が出るそうだ。


 その時取調室のドアが開いて、看守に連れられてきたアルフレッドがあっと小さく声を漏らすのが聞こえた。

 わたしの向かいに腰を下ろす。手錠はかけられていない。


 鼓動に耐えて、わたしは正面から彼を見た。下手に駆け引きはせず自然体で、とだけ指示されている。

「…元気だった?」

 声が上ずった。


「元気だよ。本当に軍人になったんだ。すごいな」

 少しこわばった顔。

「手紙、返事書かなくて…ごめんなさい」

「今更謝んなくていいよ」


 彼はさっと髪をかきあげた。その仕草に胸から温かいものが広がるのを感じてしまったんだ。

 そうだ、こんな気持ちで隣にいたっけ。


「もう一度会いたいってずっと思ってた。もしかしたらと期待して来たけど、こんな形で再会するとはな」

「わたしだって驚いたよ」

 彼は複雑な微笑を浮かべた。わたしも同じ表情だったと思う。


 1つ年上のアルフレッドは、わたしが通っていた本屋でアルバイトをしていたんだ。制服を見て同じ学校の後輩だと気付いてくれ、話しかけられたのがきっかけ。同じ学生時代も、父が事故死した時も、その後浪人生活した時間も共有している。


 なのに、自分が忙しくなった途端こうだもんね。勝手な奴だと怒るのが普通なのに、彼はわたしを責めなかった。


「仕事は?編集者になったの?」

 わたしは知らないふりをして尋ねた。


 学校を卒業してからも彼は本屋でバイトを続けていた。いつか自分の雑誌を作る為に、出版社とコネクションを作るんだってね。

 彼は気まずそうな顔になった。


「いや…なれなかった。手紙に書いたけどさ、入社試験に全部落ちて、才能無いって分かった。今は生糸の買い付けと輸送の仕事をしてる」

「出版社に入れなかったのは知ってるけど、印刷屋で勉強しながらチャンスを待つんじゃなかったの?」


「印刷屋でも働いたよ。けど雑用ばっかでさ、本作りになんか関われなかった。原稿が遅れても納期は遅らせられないから夜中になろうと残業だし。最悪の環境だった」

 吐き捨てるような口調だった。


「次に広告作成の仕事をしたけど、まずは客が何を求めているかを知るためとかこじつけてクレーム対応ばかりさせられてさ。それでもう出版関係は嫌になって缶詰工場で働いたけど、毎日同じ作業でつまらなくなって辞めて、しばらく実家にいたんだけど、半年前に今の仕事に就いた」


 聞いているうちに、良い思い出は遠くでピシャッと閉じられてしまった。

 そんな風になっていたなんてこれっぽっちも想像していなかった。読まずにいた手紙には書かれていたのだろうか。


「メグはいいよな…。まっすく進んで」

 いいよなって?!まるでわたしが何の苦労もしてないみたいじゃない?!


「今の仕事も向いてるのかって聞かれたらどうかと思うんだ。上司がいちいちこっちのやり方に口出して来てうるせえし」

 返す言葉が出て来ない。沈黙してしまう。


「職歴とここに来た理由はわかった。出身と家族は?」

 すると陪席のラッセルが入ってきてくれた。アルフレッドは一瞥し、モンベリアールと答える。

 続いて家族構成や学歴、わたしとの出会いなんかを聞かれていたが、右から左だった。


 ささくれに引っかかってだんだん傷が剥けていくような気持ちだった。

 緊張と高ぶりから始まって、懐かしさと温かさが混ざって、そこに冷水が流れてきたような。でもちっとも心地良い温度じゃない。


「それじゃ、宿泊客でもないのにあの時あのホテルにいたのは?」

「歩き回って疲れたから少し休んでたんだよ。何度もそう言ってるだろ!何か悪いか!?」


「不審な奴は見なかったか?」

「わかんないよ…。軍服の女は気になって見てたけど、あの小瓶だっていつ入れられたのかも気づかなかったし。本当だ」

 眉を下げ苦しげな表情。


「なあメグ、おれはあんな薬なんて知らないし、こんな事するわけないの、メグなら分かるだろ?証明してくれよ」

 彼は嘘をつくのがそんなに上手ではなかった。でもそれは5年前のこと。


 5年の間に何があって、どう変わったのか、わたしたちは互いに知らないのだと思うと、その時間はとてつもなく大きな塔のようだった。


「そうだけど…でも、お互いに何も知らないし、何の根拠もないのに無責任には言えないよ」

 すると彼は立ち上がって、その表情も一変した。


「何でだよ!こんな所までわざわざ会いに来たのに犯罪者扱いされて!なんで信じてくれないんだよ!!無視してたのはそっちなのに…最低だ!」

 

 その時、わたしの中で一気に熱が沸き立ち噴出した。

「頼んでもないのに勝手に会いに来たんじゃない!」

 震える拳を握りしめる。


「大体ねえ、言い訳が多すぎるよ!こっちなんか毎日トロいだの甘えんなだの怒られて殴られて、時間外の課題はあれど残業代なんて支給されたことないし!

上司が意見を聞いてくれない?こっちは上官には絶対服従なんだから!わたしなんて何やってもうまくいかなくて、使えねぇとかよく国家試験に受かったものだって言われて、毎日泣きそうになりながらやってんのよ!

あんたの言う事聞いてくれる都合の良い会社なんてあるわけないし、あんたの仕事なんて命取られないんだからちょっとは我慢しなさいよ!あんたのせいでわたしまで疑われてるんだから!

何でもかんでも人のせいにして…もう最低!!会いたくなんてなかった!」


 一旦声に出してしまえば後は止められなかった。

 すぐに言い返してくると思ったけど、彼は怯んでいた。


 わたしはもう顔を合わせられなくて、引き止めるラッセルを残して部屋を後にしてしまった。

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