第7話 親友

「うわー、いい天気!」

 バトラー第7支部司令官は驚異的な晴れ男で、こういうイベント時はいつも晴天なのだとか。日差したっぷりで、暑くも寒くもないバースらしい1日になりそうだ。


 午前7時00分、わたしとリサは基地正門前の救護テントに集合した。

「ねえメグ、その足どうしたの?」

 リサが言うのは膝にできた大きな青アザ。昨夜蹴飛ばされた時のだ。大したことないだろうと思っていたら、こんなことになっていた。


 というのも、今日はいつもの野戦服ではなく略装を着ているんだけど、女性隊員はジャケットにスカート、半長靴ちょうかなんだ。


 モナリス軍では野戦服、略装、礼装の3種類が支給され、野戦服は皆同じカーキ色だけど、略装と礼装はそれぞれ一般兵は灰色、将校は紺色、医療班は白となっている。


 白といっても少しクリームがかった色味で、金ボタンにパイピングとネクタイは紺色なんだ。わたしは結構気に入っている。


 昨夜あったことを話すと、リサは「うそっ!それ酷くない?」と怒りをあらわにした。

「いつもそういう人たちだし…」

「ほんっとしょうもないよね!上にはヘコヘコするくせにさ!」

 もちろん小声でね。


 簡単な処置に使う器具や薬剤を医務室からもらい受け、持ち回りの担当時間を確認する。わたしは14時から最後までだ。

「じゃあ、13時にね」

 リサは朝イチからの担当。お昼を一緒に食べに行く約束をしている。


 8時を過ぎると徐々にお客さんが増えてきた。わたしはライフルを展示しているテントに向かった。

「おはようございます」

 クリス隊、グレイヴ隊が集合し、展示するライフルのチェックと固定を2重3重に行っている。


「へ~いいね~似合ってんじゃ~ん」

 わたしの姿を見てニヤついているのはチャラ男オーウェン。チャラっと言われると、喜んでいいのかよく分からないよね。灰色の上下にネクタイは深緑色で、悔しいけど見た目はいい男だ。


 男性軍人は略装を身に着ければ2割増し、礼装なら3割増しでカッコよく見えるものだ。


「お早う」

 隊長二人は最終チェックに当たっている。濃紺の上下に黒ネクタイは、多くの女性の憧れである。


 特にクリス隊長なんてプラチナブロンドとのコントラストが鮮やかで、素敵すぎる…。このまま軍帽かぶらないでほしいなあ。

 でも残念でした!幸せいっぱいの婚約中なんだってー。


「なに見とれてんだよ。ホレ手伝え」

 灰色のヒースはわたしの膝に気付いたようだけど、何も言わなかった。そうだ!

「昨夜、ミスティに会いました。よろしく伝えてくれって」

「ふぅん」


 それだけ?なんかもうちょっと関心持ってもいいんじゃないの?やったらそれでおしまいなわけ?

 旧型と新型ライフルそれぞれの説明パネルを設置しながら目で訴えたが、スルーされてしまった。


 8時15分、開会式が始まったようだ。一般開放されたエリアの奥にあるここまで、徐々にお客さんが流れてきた。


 わたしが到着する前に既に担当が分担されていて、チャラ男と女好きはもちろん接客と質問に答える係(かわいい女性限定)だって!

「無駄にマニアックなオッサンとかしつこく質問してくるからな、お前ぇらで対応しろよ」とわたしとレクサスは仰せつかった。


 そして寄付金箱係にはクリス隊長!寄付してくれた人には握手やハグのサービス付きだから、これ以上ない適任だよね。

 やっぱり軍帽姿もいい!その営業スマイルといったら、はあぁ、もう王子様級。おばさま方が高額紙幣を次々に投入していくわけよ。


 いや、うちのグレイヴ隊長だって、普段絶対に見せないような爽やかな笑顔で「これはボルトアクション型といって」なんて真面目に説明してるけど、目がハートマークの女の子たちは聞いちゃいない。こういうところはさすが将校だ。


 実は、催し物ごとに寄付金額を競うというウラ行事があるのだ。ええ、我々恥もへったくれもなくクリス王子を担ぎ上げているというわけ。


 というのも、昨今では軍事費は削減され、台所事情は厳しいものらしい。わたしたちも学生時代から節約教育を受けているんだ。しょっぱいでしょ。

 うぅ、「今年は景気良いな」なんて将校二人でニマニマしないでほしいよー!


「ねーちゃん新人かい?新型撃てるようになったのか?動作間違えて怒られてんだろー」

 そして来た!これが噂の無駄にマニアックな…!


「あ、分かっちゃいました?恥ずかしいな〜」

 こんな感じ?それから出るわ出るわの専門用語!間違いなくわたしよりよっぽど詳しい。「へーそーなんですかーさすがお詳しいですねー」って(棒読み)、途中から完全に聞き役になってしまいましたよ。

 レクサスなんか横目で見ながら全然助けてくれないし!


 小一時間は居たと思う。オッサンは披露した知識に満足すると「じゃあまた来るからな、頑張れよ!」と、わたしの肩をバチーンとして、寄付金箱にちゃんと紙幣を入れてようやく去ってくれた。


 もう頭がポーっとしてしまって、半笑いのラッセルが持ち場を代わってくれた。彼もわたしと同じ白の上下に紺ネクタイで、いつもボサボサなのか無造作なのか分からないヘアスタイルが今日はきちんと整えられている。


 口が乾くほどずっと喋りっぱなしで、あっという間に時間が過ぎて、13時にリサとの待ち合わせ場所へ向かった。正門前の救護テントだ。


 あの先輩女子3人と会いませんように、と思いながら歩くけど、これだけ人が多いと見つけようがないよね。待っている間も、必要以上にキョロキョロしてしまう。


「ゴメンおまたせ!」

 だからリサの赤毛を見つけてホッとした。


 ブラブラしながら屋台をまわってみようということにした。

 行列なのは肉汁香る串焼き、ピザ。前を通るだけでいい匂い!アイスキャンディーも食べたいなあ。


「ねえメグ、明日の勤務終わったらさ、お風呂行かない?」

 …降り積もったいろいろ、リサには隠しても無駄みたいだ。

「うん…行きたい」

「よし!」


 バースには公衆浴場がたくさんあって、入隊したての頃、休みといえば1人でも2人でも入りに行ってた。そういや久しぶりだな。


 本っ当に、リサがいてくれて良かった。

 モヤモヤしたお腹がじんわり温かくなって、大通りを歩いている時だった。


 ドゴオオオォォンッッ


 空間が揺れ、空気が震え、地面が動いた。

 天変地異でも起こったのかと思ったが、もう一度同じ揺れと音がして、爆発だと分かった。


 近い!

 わたしたちは顔を見合わせると、青ざめた人々をかき分け走り出した。

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