第6話 同心円上
今後も協力を依頼すると言われ、わたしたちは司令棟を後にした。
まずは友好祭の準備。それから勤務終了後、90分間休みなしの時間外訓練。
「どこに目ぇつけてんだ!」
「遅ぇぞすぐ起きろ!」
「同じこと何度も言わすんじゃねぇ!」
「ホレもういっちょ!!」
鬼隊長が乗り移ったごとくの鬼ヒースだった。そうだよね、直接の指導役は彼だもん。わたしの不合格は彼の責任でもある。ううん、軍は連帯責任。これはグレイヴ隊全員の落ち度になってしまうんだ。
そして、さんざんぶっ飛ばされてからのダッシュと筋トレ。しかもわたしだけじゃない。レクサスヒースも、医療指導官のラッセルも、隊長まで同じメニューをこなしている。
久々に吐きそうになる。
訓練場の床に転がった。あー、こんなことしてたらヒースに蹴飛ばされるよ。でもそれでもいいや、全然呼吸が整わないし。わたしのせいだもんね。
「まだ終わってねぇぞ」
ゔっ、ヒースじゃなくて隊長だった。蹴る力は手加減しているけど、容赦はない。
「ずびばぜん…」
「お前、どうせ駄目だろうって演習の時最初から諦めてたな」
タオルで顔の汗を拭きながら、綺麗なブルーの瞳がこちらを見た。
「演習だけじゃない、レポートだってそうだろ。医長がブチ切れるわけだ」
ぐうの音もでない。何も言えないけれど、まずは体を起こして、膝を支えながら立ち上がった。…やればできるものだ。
「あの演習の任務は何だった」
「…活路を開いて生還すること」
「どういう意味だと思う」
「……」
この状況で頭に血流なんて回せませんと体が訴えているけど、今のわたしはヘビに睨まれたカエルだもん、生き延びるためには考えないわけにいかない。
敵を
「近接戦で逃げなかったことは評価するが、兵士としても医療班としても役割を果たせず命を無駄にする結果になった。それが不合格の理由だ」
「…はい」
投降という選択肢。
敵に捕まるは恥辱、最後の一兵まで特攻せよ、と、それは何世代も前の話だ。
今の世の中、捕虜の虐殺はたとえ戦勝国であっても国際的に重罪に問われるらしい。それに医療が重宝されるのは万国共通だから、わたしたちは厚遇されるだろう。
辛い思いをしてでも生き延びて、戦争に
って、モナリス国はもう100年以上戦争してないからね。全部隣の大国バロンヌからの受け売りだ。モナリス国を含んだ連合の盟主で、世界一と名高い海軍艦隊を有している。
けどね、あの時オーウェンは降参なんて選択肢出してくれなかったし!…うん、また人のせいにしてる。
「今ある生にしがみつけ。生きたいという欲望が強い方が勝つ。そこに理屈も正義もない。いつも言ってるだろうが」
隊長の言う通りだった。どうせ駄目だろうなって、簡単にわたしは手放していたんだ。
「医療も同じだろ。そんなの、医長には見え見えだぞ」
一方では敵を倒して生還し、一方では人の命を助ける。
正反対のようで、実は真ん中は同じなんて不思議だな。
「諦めんな」
「ずびばぜん!」
そんなわけで、その後図書館へダッシュし、レポート症例に関連しそうな書籍を片っ端から机に積んだ。ラッセルは24時過ぎまで指導してくれて、完成したのは朝4時だった。
こんなに迷惑ばっかりかけてしまってね。
(隊長ってそれが仕事だから、気にしなくていいのよ。今はいっぱい迷惑かけて、自分が先輩になった時に、たくさん迷惑かけられてあげて)
アリシアがそう言っていたけど…。いけない、いつまでも落ち込んでないで、少しは寝ないと!
翌日朝イチでレポートを提出し、無事に合格点をもらえた。医長からは、「やればできるのだよ。次もきちんとやるように」と相変わらずにこりともせずにね。
ラッセルに報告すると「誉められてよかったじゃん」だって。
隊長が臨時会議のため今日の時間外訓練は無しになった。
明日に備えて早く寝ようと、売店で鶏肉を炒めた丼物とトマトジュースを買って、寮へ戻る最中だった。
他には誰もいない廊下で彼女たち3人の姿を認め、嫌な予感がした。偶然ではない。後をつけられていたか、待ち伏せされていたか。
「アンタさあ、調子乗りすぎなんだよ」
「そうそう、わざとらしく不合格で補習なんか受けちゃってさ」
「構ってもらっていい気になってんじゃねーよ」
…わざと不合格ね、んなわけないじゃん。
こうやって後輩いじめをすることで有名な人たちで、因縁をつけられるのは初めてじゃなかった。
分かるけどね!?数少ない女隊員同士なんだから、わざわざ波風立てるようなことしなくていいと思うでしょ?
唇を結んでいると、一人に肩を突き飛ばされる。
「やめてください!」
後ろに2歩下がりながら少し強い口調で言った。するとまた突き飛ばされそうになったので避ける。しかし相手は3人組だから、連携技で別の方向から突き飛ばされた。床に転ぶと手を踏みつけられる。
「痛っ!!」
夕飯が袋から転がって、トマトジュースが漏れ出す。
「あーあ、床汚しちゃって」
そう言って拾い上げると、わたしの顔をめがけて上からバシャッとかけた。ジュースが目にしみる。踏まれていない方の手で顔を拭おうとすると、すぐにお腹を蹴られる。続いて腰、太腿、脚。
抵抗することもできず、惨めに防御に徹するけど痛い。衝撃を逃す呼吸法ってどうやるんだっけ?あーもう降参してるのに!
「やめなよっ!」
ハスキーな声に、蹴りが止む。
すると3人は興味をなくしたようにあっさりと去っていった。
「大丈夫かい?ほら、顔ふきな」
そうミニタオルを差し出してくれたのは、日焼けした肌に、わたしと似た金のショートヘア。
ミスティだった。
「あ、ありがとうございます。すみません」
「気にしないでいいよ。あたしも新兵の頃いじめられたから。その時、あんたの先輩が助けてくれたんだよ」
「え…ヒースがですか」
彼が女同士のイザコザに介入してくるなんて珍しいように思う。
「こういう先輩ばっかじゃねぇから、これが全てだと思わずに負けんなよってね。だから後輩に還元してあげないと」
そう言って歯を見せると、大人っぽい顔つきが一気に人懐っこくなる。
女性軍人は少ないから、大方の顔と名前は一致している。けど、武術訓練で何度か当たっただけで、きちんと話をしたことはない。
もちろん気になってるよ?監査部が探してましたけど事情聴取受けたんですかとか、ぶっちゃけどっちなんですかとか。聞けるわけがないけど。
ミスティはわたしが返したミニタオルで床を拭くと、夕飯の袋を拾ってくれた。丼物は無事だったから、夕食にはありつけそうだ。
「先輩によろしく伝えておいて。最近は話す機会もないからさ」
「はい、ご迷惑をおかけしました」
こんな時に優しくされたら…うん、わたしだってクラっときちゃうかも。
「グレイヴ隊は、明日はどこの受け持ちなの?」
「ライフルの展示です」
「そっか、クリス隊が実射するはずだったのが、中止になったんだよね。…あんなことがあったから仕方ないか」
うっ…撃ったんですかとか、やっぱり聞けない!
「はい、残念です」
「医療班だから救護の持ち回りもあるだろ?忙しいと思うけど、年1度のお祭りだから、楽しみなよ」
素朴な笑顔を残してくれ、そのまま会話は続かず別れてしまった。
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