第5話 万死に値する

 更に追い打ちをかけるように、演習の結果が申し渡された。

 案の定、不合格。覚悟はしていたけど、暗闇に突き落とされたような気分。こんな思いするならいっそ辞めた方がいいのかな。


 あーダメダメ、また逃げる言い訳してる。なかったことにはできないんだよ!

 おかげで、せっかくのポテトグラタントーストの味も分からないまま昼食が終わってしまった。


「元気出しなって。転んでもめげずに、自分のミスを素直に認められるのがメグのいいところだよ」

「うぅ…リサああああ」

 そんな風に言ってくれるの、この世でリサだけだよぉ。


 隊長からはボソッと一言「やるぞ」とだけ言われた。レポートやらなきゃいけないんですけど…なんてもちろん言えない。

「オレも協力するからさ、頑張ろうぜ」

 レクサスまで優しい言葉をかけてくれてね、もう合わせる顔がない。


 そんなわけで、なるべくテーブル窓側の隊長や先輩たちは見ないようにしていたのだけど、現れたその人は無視できなかった。


「アリシア…だよな」

 黒髪ショートボブにメガネの監査部、さっきわたしがぶつかった元将校だ。


「みんな、ここにいると聞いたから。久しぶり」

「久しぶりもなにも、卒業以来じゃねェか」

 ジャック隊長が笑顔になる。


「綺麗になったもンだな」

「そういうの必要ないから」

 言いながら、アリシアの方も目尻が下がった。


「相変わらず、4人でバカやってるの?」

「たまにね」

 クリス隊長が白い歯で笑う。


 国立士官学校の彼らの世代は、20年に一度あるかないかの精鋭揃いと言われている。各々がハイスピードで出世しポストを担い、「黄金世代」といえば上からも下からも一目置かれる存在なのだ。

 アリシアはわたしと目が合うと微笑んでくれたので、会釈を返した。


「士官学校では、学年の1割くらいは女性なんだけど、俺たちの学年はアリシア一人だったもんな」

「えぇー!」

 グレイヴ隊長の言葉に、わたしとリサは顔を見合わせた。


 昨年のことだ。わたしとリサを含めた多くの医療班の母校である国立医療学校の入試で、女子の点数を意図的に下げるという不正操作が発覚。当然、士官学校も調査対象となっている。


 けどこの逆ハーレム状態はかえって、一切の作為ありません!って感じるよね。せめて2人にしてあげようとか、逆に女子ゼロにした方がとか、温情の欠片ももない。


「これが自分の生きていく世界だと最初に洗礼を受けたからね、卒業してからは楽だったわよ」

 そう言ったアリシアの視線の先は、アークだった。


「え?何?オレ?」

「あァ、アレな」

 本人以外は全員分かっているらしく、3人と1人から乾いた視線を受けてボリボリと頭をかいた。


「あー、先に謝っといた方がいいのかな。うん、確か君には嫌われてたと思う」

 された方は覚えていて、した方は全く覚えてないってこれ、最悪なパターンだよね。


「初対面でかけられた言葉が『実は胸大きいよね?生理前とかヤバくない?』よ。女性の二人どう思う?二度と口ききたくないでしょう?」


(うわ、最悪)

(万死に値するね)

 もちろん上官に向かってそんな暴言言えるわけないから、わたしとリサの目線での会話ね。


 全男子の視線がおっぱいに刺さるわけでしょ?もう拷問よ。って、わたしたちのは大分貧相なんだけどね。ちなみにリサなんて『自他ともに認める貧乳代表』を公言してしまっている。


 しかも、当時のアークなんてきっと輝くばかりのビジュアルよ。女子にとって、下手したら一生トラウマになりかねない。なのに、

「全然覚えてないんだけど、そんなこと言った?」

ってもう、暴君かい!


「言いました」「言ってたな」「間違いない」「ンだな」

 再び全員、今度はわたしたちも含めて平たい視線。


「そりゃ酷いな。本っ当に悪かった。お詫びします」

 テーブルに三つ指ついて頭を下げた。

「早速だけど、あなたたちに聞きたいことがあります。場所を移してもらえる?」


 なぜか隊長たちだけでなくわたしや隊員まで、向かう先はペーペー出入り禁止の司令棟である。お金と情報が集まるところで、経理部や監査部、アークが所属する参謀部や司令官室が入る建物だ。


 アリシアが入館証をかざすと衛兵がサッと敬礼し、アークがすれ違う時に再度敬礼した。

「ところで、あなたみたいな人がどうして第七支部こんなところに?」

 衛兵に手を上げて挨拶しているアークは、

「えーと、それは褒め言葉なのかな」

とさらりとかわす。


 モナリス軍は首都イルムに本部、それから地方支部が1から8まであり、数字が大きくなるほど辺境と言われている。更に同じ参謀部でも、本部所属と地方支部では天と地ほども違うんだそうだ。


 アークは士官学校入学から卒業まで一度も成績トップの座を譲ったことが無く、黄金世代の中でも別格の存在で、未だに怪物と言われているんだ。ちなみに成績と同じくらいぶっちぎりに素行不良でもあったらしい。


「僕は満足してるけどね。そっちこそ法務省に出向?さすが、出世したもんだね」

「降格して少佐の人に言われたくないわね」

「なんだ、知ってるんじゃん」


 ちなみに、同年代でこんなに昇進している人は同じ黄金世代以外にいないことを申し添えておくね。

「話って、銃撃のことだろ?法務監察官の君がどうして捜査に協力を?」


 法務監察官とは法務省本庁の役人で、監査部の聴取や情報取扱が適正に行われているかを監査する役割なんだって。直接捜査に当たるのは異例中の異例といえる。


「コーエン副司令官からの依頼で。第4支部時代の上官なのよ」

「新兵の頃?」

「ええ。到着して挨拶している時、まさに報告が入ってね。成り行き上断れないでしょ。未だにお茶出しでも何でもやらされるのよ」


 どこをどう歩いたのか覚えてないんだけど、ようやく着いたみたいで、アリシアは3つノックで扉を開けた。

 中で書類を読んでいた人物は黒のオールバック、全体的につり上がったきつそうな顔立ちで、アリシアから私の上司だと紹介された。


「情報班のアークレット・ウェルシア少佐です。よろしく」

 とこっちが笑顔で差し出した手を取らずにね、

「ウェルシア司令官の弟か。君は実弟の方かね?」

だって。典型的やな感じの役人だな。


「ええ、養子はあっちです。法務監査官の方に兄弟そろって認識していただけるとは、光栄ですよ」

 人を惹きつける笑顔を崩さないアーク。


 あっちの養子というのは、グレイヴ隊長のこと。だから二人は兄弟みたいなものなんだ。お兄さんのウェルシア司令官(第5支部)は、史上最年少で司令官に抜擢された人なんだって。


「君ともあろうものがなぜ本部から左遷こんなところに?」

「さっき彼女にも同じ事聞かれたんだけど、ご存知なのにどうして知らないフリするんですかね」

 おぉ、怖っ。


「…まあよい。時間が惜しい。アリシア、君から報告しなさい」 

 わたしたちに座るよう合図すると、アリシアは上司の隣に失礼しますとかけた。


「これまでの聴取の結果、被害者ジェフリーの周囲にトラブルは無かったと思われます。入隊以来無遅刻無欠勤、評価は良く、来年度より第5支部へ異動予定です。そうですね?」

「昇進予定だ」

 問われてクリス隊長が頷く。


「私的なトラブルは?」

「…無いはずだ。決まった恋人はいないし、飲屋や娼館での金払いは良かったが、派手に遊ぶ方ではない」

 ほんの少しだけ、なにか引っかかったようなクリス隊長。


「次に、射撃精度が最も高かったオーウェンですが、発砲される直前まで全く対極の位置で近接線をしています。斜面を駆け上り被害者の背後から誰にも気づかれず撃つのは不可能です。ここにいる2人が証明しています」

 クリス隊長とわたしは頷いた。


「なるほど。他に被疑者は」

「ミスティという女性兵士の射撃精度が高いと。彼女の隊は、射撃可能なエリアに配備されていました」


「それなんすけど」

 ヒースが片手を上げて口をはさむ。

「夜中に、ジェフリーとミスティが外で会っているのを見たって」

 クリス隊長が振り返る。


「どっちかの部屋に行くわけでもなく、ケンカをするわけでも恋人っぽいことをするわけでもなく、その場で少し話をして別れたっていうんすけど」

 ていうか、朝から今までの数時間で、仕事しながらいつの間にそんな情報仕入れたわけ?どんな女の子ネットワークなのよ。


「夜中にねえ。で、当のミスティは?」

 アークが満足そうに右の口角をクイっと上げると、ヒースもニタリと返した。

「それが、今日は非番で部屋にはいねぇみたいで」


 上司がアリシアを見ると、「私の方もまだ」と答えた。

「至急所在を捜索、最優先に聴取を」

「はい」


「隊長のシモン曹長にも聞いた方がいいな。そっちは僕がやろう」

 片手を挙げるアーク。

「なぜだね」

「曹長は古いタイプの軍人でね、僕の方が話が早い」


「なるほど、では任せよう。結果はアリシアに報告するように。それと、ここにいる面子メンツは容疑から外れると考えているのか?」

 上からの視線でわたしたちを見回す。っくー、やな感じ!


「聴取済みだ。配備位置、射撃精度、そして動機。どれも彼らには当てはまらない。それでも疑うなら、そちらでどうぞ」

 アークは優雅な手つきでお返しする。


「現場に近い者たちの協力が必要です。彼らは信用できるかと」

 わたしたちを見た目と同じく、上司はアリシアを見下ろした。


「よかろう。存分にやりたまえ」

「ありがとうございます」

 アリシアが頭を下げると、アークはいかにも女に好かれそうな笑みを向ける。


「じゃ昔のことは水に流して、よろしくな」

「それ、あなたから言うセリフじゃないわよね」

 アリシアは大きな胸の下で腕を組むのだった。

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