第4話 怠慢です

「お前、ミスティって子とやったことあんの?」

「ありますね。向こうが新兵の頃っすけど」

 あの、仮にも後輩女子2人の前で、飲み行く?みたいなノリで言わないでほしいんですけど。


 隊長3名は定例ミーティングに行ってしまい、射撃場を後にして、残されたアークとヒースの会話だった。


「新兵に手をつけたわけね」

「新兵たって当時19歳っすよ。一般兵の今3年目か。疑ってるんすか?けど、ジェフリーを撃つ動機が――」


「可能性の一つだよ。短絡的すぎるけど、例えば痴話喧嘩とかさ」

「さあ。オレは付き合ったワケじゃねぇんで」

「ちとその辺、女の子に聞き込みしてくんないかな」


「いいっすよ」

「助かるよ」

 と、女好きもこういう時には役立つようだ。スポーツな関係・終わった後はスッキリとノートラブル。商品の宣伝文句かと思う、これがヒースの男女関係だとか。


 わたしとリサが向かったのはいつもの屋外訓練場だけど、今日はランニングからではない。他にも大勢が集まっている。

 2日後に、地域との友好祭を控えているのだ。


 基地が一般に解放され、イベント、食べ物の屋台、銃火器や車両の展示、楽隊演奏や、地域の学生の演し物やダンスコンテストなんかもあり、一日盛り上がるんだそうだ。屋台やステージの設営に加えて、わたしたち新人医療班は持ち回りで救護所や巡視の担当があり、これから当日まで追われることになりそうだ。


 事件(事故?)のことは既に皆知るところとなったが、わたしたち現場レベルでは何ら異常ないように思えた。


 それよりも、

「オーウェンにやられたんだろ?合格できんのか?」

レクサスの言う通り、目下効果測定結果の方が重大だ。なにせ、生還しなきゃならない任務で死んじゃったわけだからね…。


 まだ結果は言い渡されてないけど、あーッ、考えると胃のあたりがモヤモヤするよぅ。

 更にわたしを震撼させたのは、医長からの呼び出しだった。至急来るようにと、救護テント設営中のことだった。


 第7支部基地で、縦系統の長が司令官なら、医療班という横系統の長は医長だ。

 50代後半の女性で、わたしはこの人がとてもとても苦手なんだ。

 1本の乱れなくきっちりと詰めてひとまとめにされた髪。平たく結ばれた薄い唇は、未だ笑ったところを見たことがない。


 月1回、医療班の新人はレポート提出が課されている。今回の課題は『足関節脱臼骨折における術式について』で、患者の年齢性別や受傷状況や骨折箇所や程度が細かく挙げられた症例に対し論述するものだ。


「何ですかこれは。よくこれで国家試験に合格したものだ」

 開口一番、リッチ医長はわたしにレポートを投げつけそう言った。

「…申し訳ありませんでした」


 ぶつけられた紙を拾うこともできず、立ち尽くしたままわたしは頭を下げた。

「申し訳ありません、ではない。確か、前回も及第点だったな。やる気がないのなら辞めてよい」


 医長は怒鳴りつけるでもなく、かといって決して好意的には聞こえない声色だった。正直に言えば前回のレポートも今回のも自信はなくて、及第点と言われ、ああやっぱり駄目かと思ったものだ。


「いえ、あの、決してそのようなわけでは…」

「言い訳はするな。時間条件は皆同じでしょう」

 そんなことを言うつもりは毛頭ないのに!


 この人の前ではいつも萎縮してしまい、きちんと組み立てて話すことができない。それが逆に言い訳がましく聞こえるのだろう。

「この内容では怠慢としか言えないな。明朝までに再度提出しなさい」


 た、怠慢って…!

 横になりたいのを我慢して眠い目をこすりながら作成した。自信はないけど決して手抜きしたつもりはない。それを怠慢と言われて、さすがに怒りを覚えた。けれど、軍では上官へ否は存在しない。


「…はい」

「あなたの隊長は…確かシーモア少佐ね。指導官はラッセル。これまでも何度か言っていますが、改善が見られないと二人にも報告しておきます」

 レポートを拾い失礼します、と部屋を後にすると、むくむくと暗雲が膨れていく。


 なんであんな言い方されなきゃならないわけ。

 こっちの話も聞かずに一方的にさ。

 そりゃ手術のレポートは苦手だし、やりたくなかったけどさ。

 それでも一生懸命やったのに!あのクソババア!


 心の中で罵倒しながら下を向いて大股でズンズン歩いていると、廊下を曲がったところで避ける間もなく思いっきり人にぶつかってしまった。お互いに持っていた書類が宙を舞い、尻もちをつく。


「も、申し訳ありません!!前を見ずに歩いていました!お怪我はありませんか?」

 たぶん、わたしのおでこと向こうの鼻頭がぶつかったのだろう。同じように尻もちをついた女性は、鼻をさすっている。


 服装は白いブラウスに、グレーのタイトなスカート、足元はローヒールのパンプスだった。

「ごめんなさい、私もぼっとしていたから。そちらこそ大丈夫?」

 混ざってしまった書類を拾って、わたしの分を渡してくれた。


「メグ・リアスさん?」

「えっ」

「昨日、聴取をさせてもらった、×印の子よね?グレイヴ隊の」


「えっ、あっ、そうです…」

 あは…監査部の方だ。やっぱりしっかり覚えられてるじゃないの!


「隊長は元気?」

「はい、とっても。あの、お知り合いなのですか?」

 我々の隊長は、あまりに女っ気が無さすぎるため男色ソフ不能ピエと疑われているのだ!その隊長にだよ、女性の知り合いって⁈


「士官学校の同期なの。今は法務省に出向しているのだけど、3年前まで私も隊長だったのよ」

 同級生ね…。ほのかな幻想は一瞬で消えた。


 顎ラインの黒髪ボブ、茶色の縁のメガネをかけた知的な雰囲気の人だ。言われてみれば身長が高く、骨太な体型だけど、女性将校かぁ…。

 言うまでもなく女性兵は全体の2割程度と少ないが、将校となるとどのくらいなんだろう。少なくともこの第7支部にはいないし、わたしは初めて見た。


「あ、これもあなたのね。医療班のレポート?」

 それは、赤字でデカデカと×印をつけられたレポートだった。

 うぅー、頬っぺたとレポートのダブル×なんて最悪!


「え、えぇと、レポートが赤点で…その、隊長と指導官にも迷惑かけてしまって…」

 もう情けなくて恥ずかしくって、レポートをかき抱くと立ち上がり一礼して。一目散にその場を離れようとした。


 けれどもさすが元将校、それより早く彼女は立ち上がりこう言った。

「隊長ってそれが仕事だから、気にしなくていいのよ。今はいっぱい迷惑かけて、自分が先輩になった時に、たくさん迷惑かけられてあげて」


 ぽかんとしていただろうわたしの顔に、じゃあ、と微笑みを残して、彼女は去っていった。


「だいぶ絞られたみたいだな」

 救護テントの設営は既に終わっていて、リサとラッセルが必要物品の確認をしていた。


「申し訳ありません、医長がラッセルにも注意をすると」

「それはいいけど、提出前にちゃんと見せるもんだろ」

「はい」


 本当に、合わせる顔が無いとはこのことだ。作成がギリギリになってしまい、添削をお願いする時間もなくそのまま提出してしまったのだ。


「再提出は明朝?」

「はい」

「勤務終わったらやるぞ」


 誰が悪いって、リッチ医長じゃないよね。はぁ…。

 わかってる。わかってるけど、どこかで他人のせいにしたいと思っている自分がいて、そんな自分がたまらなく嫌だ。

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