第3話 コーヒー淹れました
ジェフリーは一命を取り留めたそうだ。けれどまだ意識は戻らず、予断を許さない状況が続いている。
翌朝、雨はまだ降り続いている。いつもの朝食の席には4人の男性の姿があった。
わたしとリサは、自分たちの朝食を手にする前にコーヒーを淹れた。ペーパーフィルターに
一つは砂糖2つ、一つは砂糖無しのミルク(自分で調節するからミルクピッチャーで持っていく)に、ブラックを二つ。上官好みのコーヒーを覚えるのも仕事だからね。
「お前ぇらの朝メシ持ってやるよ」
と、後ろからついてきてくれたのはヒースだ。
テーブルには何十枚と紙が置かれていた。その図は、昨日の演習場での配置のようだった。何やら横に計算式が書かれていたり、弾道なのかな?線が何本も引っ張られたり、そんな紙が束になるほどある。
一体この人たち、朝何時からこれやってたの?
「おはようございます。コーヒー淹れました」
わたしとリサがテーブルに置くと、全員おはようと顔を上げた。
「サンキュー、気が利くね」
なんて華のある笑顔だろう!
外見も、その能力も、どの角度から見ても完璧に美丈夫な人だ。朝から丁寧に整えられたダークブロンドが決まっているアークは、情報将校。けれどとてもフランクな人で、階級ではなくファーストネームで呼ぶよう言われている。コーヒーは砂糖なしのミルク付きだ。
「演習開始前に、ライフルの薬室(弾薬を込めるところ)空になってんのと、弾薬箱の中身確認してるだろ?」
アークに言われると、他3名が頷く。
「名乗り出ねェ時点で、マニュアルを遵守しねェで偶然誤射した可能性はナシだな」
砂糖2つなのはジャック隊長。リサの隊長で、筋骨隆々で色々な部分が濃い豪快な見た目とは裏腹に、細部までよく気がつく人なんだって。おまけに古今東西あらゆる合戦の陣形まで把握しているマニアらしい。
「確認後に装填したか。しかし、射撃場も弾薬庫も、弾薬残数と払出簿は一致しているとなると、弾薬入手法の問題があるな」
もう一人はクリス隊長。プラチナブロンドの髪、色素の薄いヘイゼルの瞳に、一つ一つのパーツが整った顔立ちをしている。おまけに190センチ近い長身で、性格は正義感が強く謙虚とこられては近づきがたいというもの。
実際、わたしはこの人の目に見つめられると少し怖い。なんというか、自分の汚い部分をすべて見透かされている気がするんだ。
「裏の入手ルートを持つ人物か、そういう人物との関わりがある者か」
ボソッと話すのは我らがグレイヴ隊長。この二人がブラックコーヒーだ。
4人とも士官学校卒の将校で同期、しかも4年間同室だったんだって。
「あるいは隊長もグルか、もしくは隊長が犯人か。一応これ、お前らの事情聴取だからね」
右の口角をクイッと上げるアーク。しかしわたしは事態の不穏さに寒気がしてきた。
そしてアークは一口飲んでミルクを継ぎ足したコーヒーを片手に、意気揚々と前のめりに言う。
「そだ、オレまだ新型ライフル撃ったことないんだよね。射撃場開けてくれよ。お前らなら許可だせるだろ」
クリス隊長とグレイヴ隊長は顔を見合わせると、「やだよ」「俺だって嫌だ」と言い合いながらコーヒーをすするのだった。
◇◇◇◇
「隊長が行くんならオレたちも行きますよ」とヒースが言うので、もれなくリサとわたしも連れ立っての射撃場だ。
銃架や弾薬保管庫は、管理権限を持つ者しか開錠はできない。もちろんわたしのようなペーペーには無い。アークの言う許可とはこのことで、主任指導官であるグレイヴ隊長、クリス隊長にはアクセス権があるのだった。
しかも単身での入場は認めないとか、訓練終了後には身体検査を行うとか、持ち出せないよう、そして市中に流通させないよう何重にも予防線を張っている。
「へえ、軽くなったね。射程は300mだっけか?」
ウォールナット材の銃床や黒い銃身を撫で、着剣したり構えながら、新型に興味津々だ。
わたしたちが使用しているのはボルトアクション式といい、一発ずつ弾薬を手動で装填していく。初期のボルトアクション式だった旧型と、基本動作はさほど変わらないのは安心だった。
入隊したての頃、この動作を覚えるのも一苦労だったんだよー。決められた時間内に決められた動作をこなして発砲しないとゲンコツだからね。
「あの現場だと、こうかな」
小雨になってきているとはいえ、濡れるのも構わず建物の外に出ると、立て膝で構える。あー!高級なスラックスが汚れますよ!
わたしたちは濡れないように屋根の下で見ていた。
「いつ現場なンて見たンだよ」
「日の出とともに行ってきたよ」
初めてだというのに、滑らかな動きで弾薬を装填。照準を定める。引き金を引くと、弾丸は的の中央よりやや右上に逸れた。
さすが…!初発で、しかも雨の中この精度でしょ。やっぱり何でもできる人なんだなあ。わたしなんて、以下割愛。
次を装填するともう一発放つ。今度は下に逸れた。
「ジェフリーが狙われる心当たりは?」
クリス隊長は、わからないとかぶりを振った。
「なンでお前さんが出張って来てンのか、もったいぶらずにソロソロ教えろよ」
ジャック隊長に言われると、射撃を止め立ち上がる。
言われてみれば妙だ。軍内の事故や事件の捜査には監査部が当たる。今回だってもちろん監査部は関わっているが、情報将校であるアークがなぜ調べているのか、その疑問はもっともだった。
「新型ライフルの特性なんて、監査部のお役人に分かるわけないだろ」
じっと自分が撃った的を見つめる。
「新型の射撃精度が最も高いのは?」
「オーウェンだ」
例のチャラ男、オーウェンの狙撃の腕は第7支部一だ。心底、喋らなければ良い男なのにね!
「次は?」
「ミスティだった」
クリス隊長が答える。
「へえ、女で空間認識能力に長けるって珍しいね。一般兵?誰の隊?かわいいの?」
「そうだね。隊長はシモン曹長」
「ふぅん、美人スナイパーか。いいね」
大いに興味を惹かれたようだ。
「撃った時に銃口が上がりやすいし、反動も強い。旧型と比べて銃身が短い分、慣れるまで精度は落ちるはずだ。ジェフリーだって止まってたわけじゃないし、ミスの許されない状況で誰にも悟られることなく、1発で当てたんだからな。相応の狙撃の腕と、確固たる理由が必要だ。コイツに全力で睨まれて黙ってんだぞ?」
親指でクリス隊長を指して、わたしたちを見回す。
「そして密かに弾薬を確保できるルート――が確実に関わっている」
昨夜リサと話してから、チラッとは思ってたよ。けど、アークの口から聞くと、その重大さにゾクっとする。
「オレの上官は司令官だからね、何でもやらされるんだよ」
そう茶化したが、背筋が寒くなる度合いが増しただけだ。
「ジェフリーがそこに関わっていると?」
クリス隊長のヘイゼルの目が真っ直ぐに見る。アークはそれを跳ね返すでもなく、ど真ん中で受け止めたようだった。
「…気持ちは分かるけど、可能性の一つだ。それに彼は被害者だろ」
そして、もう一度装填すると、立位で銃を構えた。
「どこの誰だか知らないけど、白昼堂々、
パァン!と放たれた弾丸が、的の中心を貫く。
「許せねえよな」
湿った髪をかきあげて、静かにもう一度狙いを定めるのだった。
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