第2話 バツ印

 基地に戻ると、あの場にいた全員に対して聴取が行われることになった。わたしは被害者を介抱したこともあり、片手以内の最初の方に呼び出された。


 聴取を行うのは監査部。軍人ではない、法務省所管の役人だ。100年以上昔、軍が暴走し戦争に突入した過去があり、過ちを繰り返さぬよう軍を監視する機能を司令官系統の外部に持たせたのが始まりだ。


 お役人らしく横柄でね、あんまり仲良くしたい感じじゃない。だから何にも悪い事をしていないのに、監査部の聴取を受けるのはいい気分ではないよ。


 と思っていたら、意外にも和やかな雰囲気で、あの時どの位置で何をしていたか、周りに誰がいたか、銃声はどっちから聞こえたか、被害者の状況、処置の内容等々、わかる範囲でいいですからって、答えて終了となった。机叩かれたりするのかと思ってたのにね。


 聴取をした男性役人も女性役人も、にこやかまでいかないけど、想像してたのとは違っていた。


 寮に帰った頃にはすっかり夜になってしまい、買ってきたバゲットサンドを食べ終えると、なんだかソワソワしてリサの部屋をノックした。彼女もちょうど行こうと思っていたところだと。


「ジェフリーは平気なのかな」

 人を元気にするパワーそのものの綺麗な赤毛の髪をクルクルっとお団子に束ねたリサは、わたしを部屋に迎え入れて早速だった。


 リサはわたしと同じ医療班の新人。といっても彼女は医療学校在学中から成績優秀で手技が得意と、わたしとは正反対。学生の時は近づきがたかったけど、今では何でも相談できる友人同士なんだ。


 わたしの部屋と間取りは同じ、ワンルームにベッドと机と本棚で、違うのはいつ誰を呼んでも恥ずかしくない、きれいに整頓されてるってこと。乾いた洗濯物が干しっぱなしなんてこともない。


「輸血が必要なレベルだったよ。助かるといいんだけど…」

「なんで銃に弾が入ってたんだろう。それに誰も名乗り出ないって、明らかに…」

 そこまで言ってリサは口をつぐんだ。


 わたしたちの近しい先輩が撃たれたんだ。今は無事を祈るしかない。事故なのか、事件なのか分からないけど…やっぱり後者なのかな。

 何か大きな事が起こりそうな気がして、思わず自分の両腕をさすった。


「ところでさ、その顔、気付いてるんだよね?」

「え?なに?何かおかしい?」

「えーっ!忘れてるの?」

 そう言ってお腹を抱えて笑い出した。


 一応着替えた時に顔は洗ったんだけどなー、自分の顔をさわって何もついていないことを確かめて、ふと思い出した。


 そうよ!マジックで×印書かれたんだった!しかも油性だから、水で流したくらいじゃ落ちてないはず。

 ばっと立ち上がり洗面所で鏡を見ると…バッチリ残ってるじゃないの!


「石鹸借りるよ!」

 うえええぇーー、もしかして監査部の人達が優しかったのもこのせい?和やかな表情だったんじゃなくて、単に笑いをこらえていただけ?


 恥ずかしいよぉぉー。シャワー浴びる間も無く呼び出すからだよぉ!着替えだけしてダッシュで向かったんだもん!

 頬っぺたが赤くなるくらいゴシゴシこすって、ようやく落ちた。


 なにが「メグにヤってみたかったんだよね~」よ、あのチャラ男!(って、先輩なんだけど)


 洗面所から戻ると、

「私、伝令担当だったから馬で走ってたけど、怪しい人なんて見なかったよ。だから、撃ったのはやっぱり内部の人間だと思う。しかも銃で撃つってことは、ジェフリーを殺そうとしたんだよね?」

真面目な顔でリサが言った。


 ちなみに、今さらっと伝令担当(本職は医療班ですよ)と言ったけど、人手不足だから何でもやらされるのがわたしたちで、今のところ特に不服とも思っていないんだけどね。


「ジェフリーに殺される理由があるようには思えないよ。…あんまりよく知らないけど」

 そうなんだ、知っている事といえば、体が大きく武人体型でよく食べること、出身地がわたしと近いってことくらい。愛嬌のある整った顔と性格で、美男揃いのクリス隊らしい先輩だ。あと2か月ほどで第5支部への異動が決まっているんだっけ。


 素行が悪いわけでも、女癖が悪いこともないし。でも人は見かけじゃ分からないよね、実はギャンブルや薬物に浸かっていたり…?

 結果、二人で話して不安が増強しただけだった。


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