第18話 三年寝太郎の特務

「ふぅーん。なんか、色々考えさせられるね」

「まさかこんな任務とは思わなかったよ」


 翌日早速リサを捕まえての食堂だった。

 バースでも雪が5センチほど積もっていた。


 50年に一度という大寒波に、あらゆる街が凍りついた。タクマダのように孤立した集落も少なくない。わたしたちを含め誰もが雪の経験がないからね、インフラや輸送や売買をはじめ、滞りや混乱がようやく収束に向かっている。

 リサたちジャック隊は山沿いの地域へ派遣され、昨夜戻ってきたそうだ。


 今日の昼食は月イチスペシャルメニューのはずだったんだけど、食材が仕入れられず、ありあわせのカレーだった。でも野菜がたくさん入っていて、つんざくような刺激的な辛さが美味なんだ。


「だけどよ、侯爵も旦那もまだわけェのに気の毒だよな」

 リサの隣にドカッと腰掛けて、食後のお茶を飲んでいるのは、ジャック・グラン大尉。リサの隊長だ。


 刈り上げた黒い髪に、剃っても残る濃いひげ、ムキムキのごつい体にデカイ声と一見怖そうだが、年末に赤ちゃんが産まれたばかりの、子煩悩な二児の父。はじけるような笑顔がとてもチャーミングな人なんだ。グレイヴ隊長、アークとは士官学校時代からの同期だ。


「何の気兼ねも無ェ友達が欲しい、その友と旅がしてみてェってな。ンな普通の事が、死ぬ前にしてェ事だもンな」

「幸せって一体何なのか分からなくなりますね。隊長はかわいいお子さんと奥さんがいて幸せいっぱいでしょうけど」


「子供はいいぞォ。2人いたら2倍じゃなくて3倍4倍だからな。お前さんたちも早く結婚しろォ」


 もとから親バカ(上官にバカなんて言ったらしばかれるけど、バカ以上にピッタリな表現が見あたらない!)ぶりは法外なんだけど、産まれたばかりの赤ちゃんが可愛すぎて、この幸せを分かち合いたいんだろうね。


 最近こればっかり言われてわたしもリサも耳タコだから、静かにスルーした。

 わたしの隊長は、司令官室へ報告書を提出しに行っている。


「よっ、お揃いだな。お帰り」

 激辛カレーを持って現れたのはアークだった。白シャツにベージュのパンツ姿。休みなのかな?


「いつまでヒマ人してンだ?」

「あのねぇ、雪で交通網が麻痺して情報が届かないから仕事のしようが無いの。今日あたり来るんじゃない」

「ンで、一人ぬくぬく三年寝太郎か」

「早く電信開発してくんないかなぁ。理論上可能なんだよ」


 腰かけると、いそいそとカレーを頬張る。「あー辛っ!けど美味いなー」と額の汗をハンカチで拭きながら食べる姿も爽やかだ。


「それで、侯爵はどうだった?」

 視線の先はヒースだった。


「アークの差し金だって聞きましたけど」

「うん」

 ジロッとしたヒースの視線に、もう少しだけ詳しく説明することにしたようだ。


「司教に話したのはオレだけどさ、まさかこんな展開になるとは思ってなかったよ。司教は男色ソフでね、オレは、こんな男がいるけどって隊長の話をしただけなんだよ。そしたらあいつ侯爵をダシに色々調べて、こんな作戦立てやがった」


「ンで、司教の反応は?」

「そそられたみたい」

 食堂中にこだまするんじゃないかってくらい豪快なジャック隊長の爆笑。


「こっちの展開の方が楽しみだな」

「だろ?君たち知らないだろうけどね、隊長って色白で体毛薄くて綺麗な肌してるんだよ」


「あー分かります、あれだけ修羅場潜って来てるのに、傷跡ほとんどないんすよね」

 これはラッセル。


「風呂で見たんすけどね、鍛え上げたいい尻してるんすよ。知ってます?スゲェ硬かったから、あれやっぱ男色ソフっしょ」

 もちろんヒース。


「いくら家族だからってそこまでは知らないよ。お前、本人に聞いてくれよ」

「いや、男色ソフならいいんすけどね、さすがに不能ピエだった場合…」

「ブッ…ハハハッ…!」


 次第に笑いがこみあげて来たようで、終いにはアークとジャック隊長で腹を抱えて大爆笑だった。何事かと周囲が振り返る。


「あー、午後から忙しくなるなー」

「ンだな」


 悪い大人二人は宝物でも見つけたかのような顔しちゃって、翌日には基地中で、グレイヴ隊長は美尻で男色ソフってことになってた。

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