第5話 ためらうな

 リビは旅に慣れた様子で、手綱を引かれなくても、周りにスピードを合わせておとなしく道なりに進んでくれていたから、周囲を見回す余裕があった。


 先頭のヒースは少し先に行き、戻ってはレクサスに指示を伝えて、また先に行くのを繰り返している。

 わたしとラッセルは左右と背後を守らなければならないし、何か起これば隊長が身をたてにしてグレース様をかばう配置だった。


 しばらく進み、少し平らなところに出た時だ。

 先頭を行くヒースが何かを感じ取ったようだ。止まれの合図で、緊張感が最大限にまで膨れる。レクサスと隊長がグレース様の側にリビを寄せた。

 大丈夫…!落ち着いて、周りをよく見るんだ。


 しかしどこから狙われているのか分からない恐怖はそう簡単には抑えられない。せわしなく背後を振り返っては、ラッセルに前を向いてろと注意された。

「人の気配がします」

 様子を見てくるとヒースがリビを走らせようとした時だ。空気を切る音がして、弓矢がわたしの目の前の木に刺さった!


「ひゃあっっ!!」

「伏せろ!」

 わたしの悲鳴と隊長が叫ぶのが同時だった。


 ヒュンヒュンと矢が飛んでくる。わたしたちは地面に降りてリビを陰に敵の方角を見定めた。

 もう手も足も震えてる。萎縮いしゅくする体を必死に鼓舞しようと何度も大きく息を吸ったり吐いたりした。


 レクサスが伏せると同時にグレース様を自分の腕の下に隠すと、素早く隊長がグレース様を抱えてリビから降ろした。

「ラッセル!メグ!グレース様を木の陰に!迎撃する」

 命令する間に、人影が姿を現しぐんぐんこちらに向かってくる。


 隊長はナイフを抜いた。ヒース、レクサスも戦闘態勢に入っている。

「メグ、ためらうな」

 隊長のブルーの瞳が、集中が高まるとともに手にした刃のように鋭くなった。


「…はい」

 今回の任務はグレース様を守ることだ。たとえ、命を落としても。

 これまで経験した、自然が相手の命がけのやり取りとは全く意味合いが違う。


「さあこっちです!」

 ラッセルはグレース様の手を引いて木立の間を分け入っていく。

 わたしはその背後を後ろ向きに進み、少し走ってはまた後ろ向きに進んだ。もちろん手にはナイフを持っている。


 しかし、敵は一方から来たのではなかった。わたしたちの行く先に黒い影が現れたのだ!

 ターバンのような布を頭から顔、首まで巻き付けている。盗賊団「ジルバ」に間違いないだろう。

 わたしとラッセルはグレース様を背後に構えた。


「メグ、おれがおとりになった隙にグレース様を。いいな」

 それが最善の選択だ。ラッセルの横顔を見ることはできないけど、それでよかった。見たらためらってしまう。

 相手は4人。間をくぐり抜けていくしかない!


「行きますよ!」

 わたしはグレース様の手首を握り、駆け出したラッセルの後ろについた。ラッセルが一人目とぶつかると同時に進路を右にずらす。

 すぐに残りの奴らがこちらを狙って走ってくる。幸い弓は撃ってこない。


 追いつかれる寸前にわたしは急ブレーキで止まり、グレース様の手を離した。そして迷うことなく相手に切りつけた。


 わたしが反撃したことに驚いたのだろうか、致命傷を与えたわけではないのに追っ手は止まって、傷口を押さえ数歩引いた。そのすきに一人目を戦闘不能にしたラッセルが追いつき、タックルして二人は地面を転がった。


 わたしは再度グレース様の手を引き走った。できるだけ陰になるような木を探したかったが、見つからない。

 次に追いつかれたら…!

 そうならないよう願うのも虚しく、すぐに敵はやって来た。斜めに背後を見ながら間合いを計り、ここという時に振り向き刃を繰り出した。


「逃げてください!」

 手を離してそう告げると、グレース様は頷いて先に進んだ。

 しかし相手はわたしと彼女をじっと睨んだまま、攻撃してこなかった。


 なぜだろう、しかしそれならこちらから仕掛けるまでと、わたしは地面を蹴った。

 練習通り、まずはナイフを持った手で突く。避けられたところに間髪を入れず、ひざの内側を狙った蹴り!


 ダメだ、全然威力が足りない。相手はバランスを崩すどころか反撃してきた。強烈なキックが迫る!

 わたしは横に転がって避け、すぐさま起き上がった。

 その目に映ったのはラッセルだ!


「メグ!!グレース様が!」

 それを聞いて矢で射抜かれたようにズキンと、体の中心に冷たい柱が立った。反射的に振り返ると、グレース様が捕らえられている。

「そこまでだ」

 わたしに対峙していた男がよく響く声で言った。


 …言うことを聞くしかない。武器を捨て、両手を上げる。ラッセルがつらそうな顔した。

「ラッセル!大丈夫ですか⁈」

「平気だ、肩を脱臼だっきゅうしただけだと思う」


 隊長たちはどうなったのだろう。

 背中を這い上がる嫌な予感にのどが詰まる。急激に体が重くなる。

 わたしたちはそのまま連行された。


 グレース様はしゃべれないくらい呼吸が荒い。そうだよね、侯爵ともあろう人がこんなにダッシュしたことなんてまずないだろう。

 ルートからどの方角にどのくらい離れてしまったのか、一体どこに向かっているのか皆目かいもく見当がつかなかった。


 けれど、捕縛とはどういうことだろうか。グレース様の殺害が目的ではないのだろうか。さっきだってわたしに攻撃してこなかったもの。


 グレース様を捕らわれたうえ、四方を囲まれてこれからどうされるか分からない状況だけど、望みはある気がした。ラッセルも同じなんだと思う。わたしたちは視線でうなずきあった。


 やがて着いた先では隊長たちが懸命に戦っていた。地面に転がっている敵もいる。

 無事でよかった…!


「動くな!」

 グレース様を連行している奴がそう言うと、隊長たちは動きを止めた。そして戦っていた奴らもあっさりと引いた。 


「『ジルバ』だな?彼女を離せ。殺しが目的でないなら要求は何だ」

 単刀直入に隊長が問う。すると、おそらく頭であろう男、そう、わたしの相手だった奴だ!今はわたしの斜め前にいる男が顔の覆いを外して答えた。


「知ってるなら話ははええ。ここを通るなら通行料を支払え」

 隊長は外套の下から小袋を出すと奴の前に放り投げた。

「まとまった現金はそれだけだ」

 拾い上げて中身を確認すると、フンと鼻を鳴らした。


「仲間を何人かやっただろ。その落とし前はつけてもらうぜ」

「誰も死んでねえからよく見ろ!」

 隊長の怒気をはらんだ容赦ようしゃない目と声で言われ、頭の男は転がっている奴らに目を移した。たしかに、負傷しているけど息はあるようだ。


「俺たちが全員死ぬまでやるか?その時何人立っていられるだろうな」

 一線を越えた瞬間にも相手を仕留める獣のごとく、隊長の瞳は冷たく鋭い。


 頭の隣に立つ男が弓を引き絞ると、ヒースもナイフを抜き、隊長をかばうように一歩前に足を出した。

 にらみ合った四人の男の間を冷たい風が通り抜けていく。やがて頭が弓を下ろすよう指示した。


「リビをもらう」

 この戦闘の中、リビたちはおびえてどこかに行ってしまったようだが、この山は彼らの縄張なわばりだからすぐ見つけるだろう。


 頭は手下の者が引いてきたリビにまたがり、隊長をにらみながら去っていった。他の者も続く。


 彼らが退散すると辺りは再び静寂せいじゃくに包まれた。さっきまでは風なんか吹いていなかったのに。ぶるっと背中が震えてしまった。

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