第4話 外套ってちょっとかっこいい

 程なくしてキッセイに到着したわたしたちは、今一度装備を整えることにした。


 そうそう、旅費は全てここから出すようにって、グレース様は現金を渡してきたんだ。充分すぎる報酬を前払いで受け取ってるにもかかわらずだよ。隊長が断ろうとしたら「よいのです」って有無を言わせず。あんまり高額だから、隊長とわたしとラッセルで分割して持つことにした。


 キッセイは小規模ながら、タクマダをはじめとする山中の集落への中継地で、行商人の往来は盛んなようだった。

 早めの昼食を摂りながら情報収集して、必要な物を買い揃えようとなり、ヒース、レクサス、ラッセルが早速店主や旅人らに話しかけている。


 グレース様、隊長、わたしは目立たないよう隅っこでテーブルを囲んでいた。

「お待ちどうさま」


 湯気が立ち上る丼は、汁そばだ。もっちりとコシのある麺に、さっと湯がいた野菜がたっぷり乗っている。澄んだ汁は濃厚な鶏のダシが効いて、これだけでも飲めるくらい。旅人を待たせることなくさっと出せて食べられる、人気メニューなんだそうだ。


「お口に合いますか」

「ええ、とても美味しい」

 小さな田舎街だから侯爵にふさわしいような高級店は無くて、こんな庶民的なところで良いんだろうかと心配していたけど、城下町のこういう食堂にはしばしば顔を出すんだそうだ。


 食事を終え合流すると、早速報告が始まった。


「この辺りは『ジルバ』って盗賊が仕切ってます。他の賊の侵入はことごとくはばまれ独占状態。小規模な集団ですが、少数精鋭だと。商人組合と契約してて隊商が襲われることは滅多にないらしいけど、旅人の被害報告は最近も上がっていて、街の自警団が哨戒しょうかいしてます」

 要点を押さえたヒースの報告。


「どうして賊と商人組合がつるんでるんすか?」

 口をはさんだのはレクサスだ。


「あのな、賊の目的はなんだ?殺し合いがしてえわけじゃねえだろ。商人側が用心棒でも付けると、毎回命のやり取りをしなきゃならねえ。賊の方もそれじゃ体力もたねえわけ。そこで、安全に通す代わりに通行料を支払えってことだよ」


「危険だって風評が広まり商人が来なくなったら困るのはこの街だよ。だから組合と街と賊で結託けったくしてるんだ」

 なるほどね。ヒースとラッセルの分かりやすい説明にわたしも心の中で頷いていた。


「へえ…悪人と結託するんすね」

 事情は分かったけど、釈然しゃくぜんとしないレクサスに追い打ちをかけるようにラッセルが続けた。


「自警団に話を聞いてきましたが、彼らはジルバに抱き込まれてますね。哨戒しょうかいも形式的なものでしょうからあてになりません。銃を横流ししている可能性もあります」


 銃と弾薬の流通は軍の管理下で厳しく統制されている。だから何らかの裏ルートがない限り民間人が銃と弾薬を手に入れることは不可能だし、維持管理しようと思えば大金がかかる。


 自警団は軍の委託組織であり、通常銃は支給されていない。しかし有事に備えて詰所には保管されており、団長が管理責任を負っているはずだ。


「…腐ってんな」

「レクサス、気持ちはわかるけど今は目的が違うだろ。あくまで可能性の一つで、証拠をつかんだわけではありませんが、頭に入れておくべきかと」

 ラッセルになだめられるが憮然ぶぜんとした顔のままのレクサス。


 今回、わたしたちは休暇扱いなので銃の携帯は許可されていないのだ。

「弾薬補給の問題がありますし、扱いに不慣れな奴らがそう簡単にぶっ放すとは思えませんが」

「…確実に殺すなら、な」

 低い声で隊長が引き取った。


「地図もらってきました。地の利は向こうにあるし、基本ルートで攻めるのがいいと思います」

 ヒースが広げた地図には、いくつか×印がつけられていた。


「自警団の詰所に貼ってあった地図についていたのを見て記入しました。旅人が襲われた地点か、ジルバの潜伏地点かと」

 すごい…!さすがラッセルだ。情報の聞き出し、視覚での収集、これで医療班なのだから!


「お前の方はどうだった」

 ラッセルに促されると、レクサスは言いづらそうにしていたが、隊長ににらまれると背筋を正した。


「その、寒くなるって…」

「は?」

「いや、昼から酒かっくらってるバアさんに言われたんすよ。『若えの!これから寒くなっからそんな恰好かっこうじゃ耐えらんねえよ。経験したことねえような寒さだがら覚悟しな』って。周りのオヤジたちからも、このババア口と顔は悪いが嘘はつかねえからって言われて…」


 それ、なんとか商法なんじゃ…?ほら、店とサクラがつるんでモノを買わせようとするやつ。

 わたしがそう言うと、

「オレだってそんなんだまされねえよ!けど、しばらく天気回復しないだろうって他でも聞いたし、確かに気温下がってる気がするし…」

そうか?とヒース。


「それで衣料品の店いくつか見て、あと、女物の衣料品があるところも探して…」

「お前にしちゃ気が利くじゃないか」

 隊長にそう言われ、嬉しそうな表情を彼は隠せない。


 天候は重要だ。不慣れな山で、狙われる可能性があるとなれば尚更なおさらで、急にきりでもかかろうものなら命取りになる。


「夜まで雨は降らないだろうし、降りだしたら雪になるだろうから、早く登って暗くなる前の到着を目指したした方がいいってそのバアさんが言ってました」


「雪!?」

 モナリス人のわたしたちは雪の経験がほとんどない。雪が降ると聞いただけでは現実感がなかった。


 とにかく、備えていなかったでは笑えないためまずは寒さ対策で、衣料品店が並ぶ市に向かった。


 空は変わらず灰色で、確かに回復しそうな兆しはない。冷たい空気が重石のように留まっている感じだ。


 購入すべきは外套がいとうだろうと話していた。雨もしくは雪除けになるし、滞在中どのくらい寒くなるのか分からないからね、1枚あれば毛布代わりにもなる。

「女物はこっちっす」


 露天には様々な外套がいとう所狭ところせましと引っ掛けられていた。イメージしていたのは毛織物だけど、革を薄くなめしたのもある。うわぁ、高い!値札を見て驚いた。


「軽いものがいいのだけど、どれがいいかしら」

 その様子をにこにこしながら見ていたグレース様が、おばちゃんに話しかける。

「すんならケラルさあ」


 ケラルの毛は細く柔らかく、空気を含んでとても暖かいのだという。いくつか出してもらった中でグレース様が選んだのは若草色の外套だった。

「とってもお似合いです」

 留め金が三日月をモチーフにしていてかわいらしい。


「軽くて暖かいわ。これなんてどう?似合うと思うわよ」

「わたしにですか⁈」

 グレース様が手に取ったのは、同じケラル素材で、ブラックベリーのような深い赤色のものだった。いい色だよ。


「でもわたしには大人すぎませんか?」

「そんな事ないわよ。長く使える色だと思うわ。ほら、着てみて」

 そう言って肩にかけてくれた。


「うん、すごく良いわよ!」

 グレース様のこの顔を見たらもう決まりでしょう!大人色にチャレンジしてみることにした。

 しかも、値札を見たらお手頃中古品価格だった!汚れやほつれはほとんど無いのに得した気分。


 男性陣も気に入ったものが見つかったようだ。全員でリビにまたがれば、物語に出てくる御一行のようじゃない?なんて浮かれている場合じゃないんだっけ。


 そうそう、レクサスは乗馬の経験がなく、リビに乗るのもおっかなびっくりで、慣れる間もなくへっぴり腰のまま出発となった。「まっすぐだぞ!」とか「うわちょっと待てよ、あんまビビらせんなよ」とか話しかけている。


 街から各集落への登山口には、方向を示す看板が立てられていた。タクマダと書かれた板は北を向いている。

 ヒースを先頭に、レクサス、グレース様、隊長、わたし、ラッセルの順に隊列を組んだ。さっきまで乾いていた空気がにわかに湿気を帯びてきた気がする。


 入り口こそ開けていたが、進むにつれすぐに道は細くなり、ちょうどリビ1頭が通れるくらいの道幅になった。見上げるほど背の高い木々は葉を落としておらず、隙間から見える鈍色にびいろの雲とたまに聞こえる鳥の低い鳴き声が心細さを演出する。


 一番狙われやすいのはここなんだ。気を引き締めていかなきゃ!

 

 出発前、隊長からは「『ジルバ』は殺すな」と指示された。

 街や組合と持ちつ持たれつの関係であり、もし交渉となった際、不利に働く材料は極力排除するためだった。


 素朴な疑問、殺す気で向かってくる相手を殺さずに倒すことなんて出来るんだろうか?


 

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