潔癖症な芸術家

「美しく!美しく!そしてより美しく!」

「美しさこそ芸術であり、美しき芸術は正義だ!」

「これは世界の真理であり、人の世の大原則だ!」


優雅な芸術家は声高らかに聴衆に宣言する。

コンクールで大賞を収めた自信故か、その態度も魅力に満ち溢れていた。

彼は続ける


「意匠権でも人に嫌悪を与えるような物では登録は認められないという」

「世間でも受けるのは『感動』と『興奮』だろう」

「私は心の底からそう信じている、そう!美しい芸術は絶対だ!!」


ゆったりと拍手の波が押し寄せ、芸術家を包みこむ。

彼の言葉の美しさを民衆が認めた瞬間だ。




芸術家は帰りに酒場による。

今日はすこぶる気分が良い夜。

彼は美酒に酔いしれている。


しかし詩でも披露したくなる気分に水を差す輩が現れる。


「コンクールの大賞作品はどうだった?」

「良かったよ、でも彼の言う事は綺麗事だな」

「確かにね、あの作品は美しいが悪趣味だ」

「大衆は釣られるだろうが、それまでだろう」


芸術家は舌打ちをする。

人の世にはああいう醜い輩がいて、大原則を乱そうとし汚そうとする。

店を出ることにした彼は金を置いて帰宅をした。




翌朝。

芸術家は目覚めが悪かった。

自分の美しさ芸術が認められる一方で、ケチをつける輩がいる事に少しではあるが不快感を覚えるのだ。


「何故?私の芸術を見て醜くいられるのか?」

「何故?私の美しさを否定したがるのか?」

「何故?大原則を自ら犯そうとするのか?」

それを考えた所でしょうがない、が・・・


癪に障る。




「この思い、どうしようか?」




優雅でない芸術家は筆を取る。

ならばいっそ描いてしまおう。あえて描いてしまおう。

その醜態を。

そして見せつけてしまおう。あえてお目汚ししよう。

それが如何に愚行かを。




醜悪な芸術家は声高らかに聴衆に宣言する。

下らない批判を否定するためか、その態度も粗暴に満ち溢れていた。

彼は続ける


「意匠権でも人に嫌悪を与えるような物では登録は認められないという」

「世間でも受けるのは『感動』と『興奮』だろう」

「私は心の底からそう信じている、そう!美しい芸術は絶対だ!!」


「だからこの作品・・・いや汚物はこうだ!」


芸術家が汚物に火をつける。

燃え盛る火は柱となり、汚物は灰となり、彼の顔は笑みとなり・・・


反して聴衆は眉をひそめた。


「何てもったいない!良い作品だったのに!」

「それをどうして燃やしてしまったんだ!」

「芸術家は頭がおかしいのか!?」

あの酒場にいた水を差す輩も

「久しぶりに素晴らしい『芸術』に出会えたのに!!」

と絶叫する。


阿鼻叫喚の波が押し寄せ、芸術家を包みこむ。

彼の世界の真理を聴衆が拒否した瞬間だ。




醜態を晒した芸術家、筆を折る。

「もういっそ描くのは止めよう」

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