4-7

 汚いベンチに座ったまま、必死でいつか見たキサラギ駅についての情報を思い出す。最初の情報、つまり掲示板の方では、太鼓や鈴の様な音が遠くから聞こえてきたあと、体験者は線路に沿って歩いていった筈だ。すると駅の方から声が聞こえてきて、片足の老人が立っていたが消えた。老人は「線路を歩いてはいけない」と忠告してくれた。太鼓の音は近付いてきて……辿り着いたトンネルを抜けると見知らぬ男が立っていて、送ってくれると申し出る。それに甘える事にするが男の様子はどんどんおかしくなり――そこで話は終わった筈だ。

 SNSでの体験者は風鈴の様な音を聞いたが誰も見ていない。電話やメールは通じず、SNSへの書き込みは出来るが何故かケータイのカメラ機能は上手く動かなかった筈だ。駅を出たり線路を歩いたりはしていない。次第に自分の名前が分からなくなり、漸く繋がったと思った電話は無言で、SNSでの遣り取りによると相手も「無言だった」と云っていた。元々ずれていた時計はいつの間にか止まり、いつの間にか睡魔に負けて――電話が鳴って目が覚めると、いつも利用する駅だった。確かそんな話だった筈だ。

 耳を澄ます。静かだった。冬なのだから虫の音が聞こえない事はおかしく無いのだが、それどころか生き物の気配が全く無いその場所は異常と云う他無かった。

 線路を進むのは駄目だ。このまま此処で夜を明かす方が正解な気がする。トンネルを通った体験者は以降消息が知れず、駅に残った体験者は無事帰ったのだから、恐らくは僕もそうするべきだろう。

 方針が決まった事で、少し余裕が出来た。そして閃いた。

 これは、あの男を呼び出すチャンスではないか、と。

 ケータイを開く。充電は未だ充分にある。

 ブラウザを立ち上げ大型掲示板サイトへ接続を試みるが、繋がらない。電波はある。もう一度接続。失敗。接続。失敗。

「くそっ」

 接続。失敗。接続。失敗。接続。失敗。接続。成功。……成功?

「繋がっ、た……」

 急いで目当ての板を開き、少し迷って夏にシュン先輩が書き込んだと云う、「北海道の心霊スポット」と云うスレッドを開いた。ただ、当時の「北海道の心霊スポット4」は消滅していて、今は新たに立て直された「北海道の心霊スポット5」である。

 ここまででも、何度も接続エラーが起きた。これでは上手く書き込めるか怪しいし、書き込みへのレスに答える事は難しいかも知れない。

『きさらぎ駅に来てしまった。山犬の飼い主さん助けて下さい』

 祈る様にして、書き込みボタンを押した。

 スレッドを確認すると上手く書き込めていて、週末の夜だからか思いの外見ている人が居た。早速幾つかレスがついていて、懐かしいだとか、北海道にもあるのか、スレ違い乙、なんて草を生やした発言が目に映る。

 ただ、シュン先輩の書き込みを知っている人も何人か居た様で、山犬の飼い主って夏の?とか、勇者syunキター?なんて書き込みもあった。

『syun先輩の後輩です。山犬の飼い主さんについては先輩から聞きました。本当に、きさらぎ駅という場所にいます。助けて』

 書き込む。成功。

 画像うp、のコールが来て、そう云えばカメラ機能が動くか確認していなかった事を思い出した。

『撮ってみます』

 そう書き込んで、繋がらなくなる事に怯えながら、意を決してブラウザを閉じカメラアプリを立ち上げた。

「……動きはする、みたいだな」

 だが周囲が暗過ぎて、恐らくフラッシュを点けた所で殆ど写らないだろう。しかし撮らない訳にもいかず、きさらぎ駅と書かれた看板と謎の自販機、それからホームをなるべく広く写してから画像データを確認した。

「ソフトで弄れば何とかなるか……?」

 ケータイでは、闇の中に薄っすら何かがある、くらいにしか見えない。

 再びブラウザを立ち上げ、何度か接続に失敗しながら何とか先程のスレッドを開くと、画像をアップした。

『少なくとも過去の釣りで使われた画像じゃないぽいな、検索に引っ掛からない』

『検索に引っ掛からない。て事は既存の画像じゃない』

『位置情報付けてないのはわざと?』

『プロパティ開いたら撮影時間が一時間前なんだけど』

 などとレスが付いたので、纏めて答える。

『今撮影しました。ケータイの時間は二十三時くらいです。写真に位置情報が無いのはわざとですが、GPS機能を使ってもエラーだったので、位置情報は付けられないと思います。すみません、今は何時ですか?』

 スレッドが騒がしくなる。IDを見る限りでは、少なくとも八人がこのスレッドを見ている様だった。

 経緯を書け、とレスが付いたので、僕は電車に駆け込んだ所から今までを掻い摘んで書き込んだ。釣りだと断定する人が二人居たが、シュン先輩の前例があったからか、それを知っている人達は協力的だった。

 書き込み始めて僕のケータイで十分程が経った頃には、向こう側では一時間以上が経過しているそうだった。僕のケータイでは何故か時刻の部分が文字化けを起こしていて分からない。彼らが嘘を吐いていない事を祈るばかりだ。

 兎に角そこを動くな、と、みんなが心配して書き込んでくれる。それに分かっていますと返した後に、『逃げろ』と、レスが付いた。

「え?」

 思わず声が零れた。今まで無かったIDでの書き込み。何処に、何から逃げろと云うのだろうか。

 僕が返事をする前に、再び同じIDからレスが付く。

『電車が進んだ方向に逃げろ。ただしトンネルには入るな。迎えに行く』

 それに対して、他の人達が黙れだとか、無視しろだとかの書き込みをする。けれど僕には、その書き込みが無視出来なかった。

『山犬の飼い主さんですか』

『そうだ。証明をする暇は無い。五分で着く。駅を離れろ』

『どうして駅を離れる必要が?』

『何も聞こえないか?』

「……」

 耳を澄ませる。

 何処かで、鈴が鳴った。

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