3-9
廃墟が好きで、成人してから友達を誘って良く廃墟へ遊びに行っていた。一緒に行ってくれる子達は廃墟にはあまり興味が無く、肝試しのつもりでついて来てくれていた。
あの時も、そんな友達と一緒にここから一時間程の場所にある廃校に行った。しとしとと雨が降っていた。
備品が至る所に転がり酷く荒らされた様相の校舎を回り、奥の体育館へ行く。廊下には動物の糞が踏まずには歩けない程に落ちていた。
体育館にはいつから置かれているのか、教室にある様な机が真ん中にぽつんと一つあり、その周りには四つのパイプ椅子が置かれていた。
実はその机と椅子の存在は行く前から知っていて、その日、そこで怪談をする事が事前に決まっていた。これまで幾つもの廃墟を回って来たがあまり怖い事が起きず、肝試し目的の子達が企画したのだ。私はあくまでも廃墟が目的なので怪談には興味が無かったが、付き合ってもらっている手前、断れなかったし断る気も無かった。
私がカメラと懐中電灯を手に体育館内を撮影している間に、他の子達が怪談の準備をした。埃塗れの椅子に持って来た新聞を敷き、椅子を取り囲む様に四方に点火した蝋燭を設置する。それから机の上にも一つ火を点した蝋燭を立てて、その横に携帯用灰皿と線香を置いた。そしてその全景が収まる位置に三脚を立ててカメラを設置して、私を呼んだ。
三脚のカメラは動画モードにされ、撮影ボタンが押される。
私達はパイプ椅子に座って、誰かが四本の線香に蝋燭の火を移し、縦に長いタイプの携帯用灰皿に立てた。そして順番に自分が体験した怖い話をし始めた。
最初は何も無かった。一人目、二人目と話し終えた頃、あれっと思った。雨音に混じって家鳴りがする。何かが軋む様な音だ。
私以外の子達が少し怯えながらも、期待していた心霊現象らしきものに浮かれた様子も見えた。怪談を続ける。
ぱき、ごん、ぴし。
何かが折れる様な音、ぶつかる様な音が、怪談に紛れて聞こえてくる。先より明らかに数が増えていた。それでも怪談を続ける。
四人目、私が話し終える頃には、人の声の様なモノや、ノック音らしきモノが聞こえる様になっていた。
そわそわとする他の子達。
「古い建物なんだから、家鳴りくらいするわよ」
「でも、人の声が……叩くみたいな音も、」
溜息が漏れる。
「木の枝がぶつかる音でしょ。声に聞こえるのは風の音よ。気にする事じゃないわ」
そう云いながら、怪談の為に消していた懐中電灯を手元に持ってきてから、机の線香を片付けた。
「そんなに怖いならもう帰りましょう。……?」
蝋燭も回収しようと、先ず机の上のそれに手を伸ばした。細く白いそれを持ち上げて火を吹き消そうと思った、のに。
火が、揺れている。私は未だ吹いていない。何処かから風でも吹き込んでいるのだろうか。周囲が騒がしい。
「ひっ」
と、誰かが喉を引き攣らせた。見ると、三人が身を寄せ合って一点を凝視している。その視線を追うと、四方に立てた蝋燭の一本を見ていた。それも、火が揺れている。左右にではない。縦に、跳ねる様に。ぼっぼっぼっと勢い良く。
机の蝋燭に視線を移す。同じ様に揺れていた。残りの三方の蝋燭もだ。
まずい、と思った。周囲の騒がしさが増す。
その瞬間、嫌な事に気付いてしまった。騒がしいのは外じゃない。体育館の中だ。
耳元で何かを囁かれている様な。周りに沢山の人が居る様な。……小学校時代を思い出す。何かある度に開かれた全校集会の様な感じ。
せーんせー
と、子供の声が聞こえた、気がした。
同時に、ふっと蝋燭の火が消える。
「いやあっ」
唐突に訪れた暗さに、一人が悲鳴を上げた。慌てて手元に持ってきていた懐中電灯を点ける。廃墟での写真撮影用に購入した、かなり広範囲を強く照らせるタイプの物だ。
あまりに眩しい物なので、彼女達を直接照らさず、横の辺りを照らす。
「大丈夫?」
「もうっ、もうやだ、帰ろうよぉ……」
とうとう一人が泣き出してしまい、連鎖して他の二人も啜り泣きを始めてしまった。
「自分の鞄と懐中電灯持って! 早く!」
懐中電灯を床に置いて指示しながら、火の消えた蝋燭を急いで回収し箱に収めて携帯用灰皿と一緒に鞄に放り込んだ。椅子に敷いた新聞も畳んで鞄に押し込む。
三人はすんすん泣きながら、何とか自分の荷物を持ってくれた。
体育館のドアから外に出ようかと思ったが、直ぐに考えを改めた。ここは山の中だ。斜面に立つ校舎の三階から更に階段を上がり、渡り廊下を進んで辿り着いたこの体育館は、周囲を木々に囲まれている。夜中に、懐中電灯の明かりを頼りに、荷物を持って、それも泣いている女の子を三人も連れて無事に降りれるとは思えない。
校舎の中は多少荒れてはいるものの、歩けない様な状態ではないし、一階の非常口から出ればそのまま舗装された道に出る。それもすぐ側を車が走る様な場所だ。そちらから出る方が断然良い。
考えながら他の子が設置したカメラを停止ししまう。当然三脚も畳んで袋にしまった。
「行くよ!」
三人に声を掛け、カメラ一式と鞄を背負う。酷く重く、紐が肩に食い込んだ。こんなに重かっただろうか。三人に先に行かせ、後ろから私の懐中電灯で照らした。
途端に、
「ああっ」
と誰かの悲鳴が上がる。見ると、体育館の床に開いた穴に、一人が片足を突っ込んでしまっていた。
「痛いっやだっ」
恐怖と焦りで上手く立ち上がれないらしい。他の二人が引っ張ろうとするが、痛がってしまい何も出来なかった。
その間にも、体育館のざわめきが増す。
間に合わない、と思った。渡り廊下を行き、一階まで降りる時間は無いのだと、直感で悟った。私一人なら何とかなるが、この三人を連れた状態では無理だ。混乱しているし、穴にはまった足は恐らく怪我をしているだろう。
と同時に、ある噂を思い出した。廃墟の情報を集める為に、恐らくは一番規模が大きいだろうと思われるネット掲示板を彷徨っていた時に、何度か見かけた噂。
オカルト板で助けを求めると、犬だか狼だかを連れた男が助けてくれる、と云う話だ。実際に助けられた、と云う書き込みも見た事があった。ただその人物が現れたスレッドは跡形も無く、助けられたと云う人も詳しくは語らない所為で、単なる釣りだと思っている人が大半だった。
私も、釣りだと思っている内の一人だった。けれど、もうこれに賭けるしかないのだと思った。ケータイをポケットから引っ張り出す。慌てて落としそうになり、冷や汗をかきながら目的の掲示板を開いて、オカルトカテゴリにアクセスし、適当なスレッドに急いで書き込んだ。
『たすけて』と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます