3-8

 翌日、ケータイにソヨギ先輩から電話が来た。部室に居たので慌てて廊下に出て通話ボタンを押す。

「はい」

『サイトウ君? 俺だけど』

「はい、どうしましたか」

『昨日の件、マヤさんに話したんだけど、』

 そう話す彼の声に混じって、代わってとせがむ女性の声が聞こえてきた。この声がマヤさん、だろうか。ソヨギ先輩と廃墟に行って霊障に遭ったと云う、あの。

『カミコさん、(代わってよ)随分考え込んでたみたいだし、(ねえ)君は君で(サイトウ君でしょ?)何かあったっぽいし、(代わってってば)二人に同時に話すより、先に君に話して彼女に(ねえねえ)伝えて貰った方が良いかなぁと思うんだけど、どう(代わってってばー)』

 うるせえっ、と、通話口から離れて怒鳴る声がした。

『笑うな。で、どうする』

 声を出したつもりはなかったのに、どうして笑った事がばれたのだろう。

 ちょっとどきっとしながら、僕は慌てて考えた。

「……ソヨギ先輩は、どうして先に僕に話した方が良いと思ったんですか」

『あー……まあ、勘? あの時の君、何か心当たりあるっぽい顔してたからさ。カミコさんが知らない何か知ってんのかなーって。だったら俺らで先ず話し合ってちょっと纏めてから、カミコさんに伝えた方が良い気がして……あの子、考え込むとそっちに没頭しちゃうみたいだし、話し合いに不向きじゃん』

 ケータイの向こうでは、不満そうに代わって……と小さく駄々を捏ねる声が囁かれている。ちょっとしたホラーだ。

「そうですね……今日お会い出来ますか」

『メールでも思ったけど、君って妙に丁寧な喋り方すんのな。もっと楽にして良いのに』

「いや、」

『まあ良いや。俺はもう今日は講義無いしいつでも良いよ。なるはやで』

「……僕も今日はもうお終いなので、今からでも良いですか」

『じゃあマヤさんのマンション行こうか。カミコさんに見付かる心配も無いし、人目気にしなくて済むし』

 電話越しにマヤさんの住むマンションを教えて貰い、通話を終えて部室に戻る。カミコ先輩が何か云いたげに此方を見ていて、少し迷ったが結局何も云わずに帰り支度をした。

 お疲れ様でした、と云って一人部室を出て、徒歩五分程の場所にあるマンションへ向かう。学生向けの低層マンションだが女学生向けらしくオートロックで、外観はシンプルで綺麗だ。マンションの前で待っていてくれたソヨギ先輩と一緒に中へ入り、エレベーターを呼ぶ。

「合鍵持ってるんですね」

 マンションの入り口で当然の様にカードキーを使ったソヨギ先輩に訊くと、彼は苦笑した。

「さっき借りたんだ。マヤさん、先に帰って部屋片付けたいんだって。でもわざわざインターホンで呼び出して開けて貰って、更に部屋のドアまで開けて貰うのって手間だろ。だから借りた」

 納得しながら到着したエレベーターに乗る。先に乗ったソヨギ先輩が当然の様に開ボタンを押して待ってくれ、僕が乗るなり閉ボタンを押した。何だか慣れていて格好良い。今日も昨日と似たタイプの服装をしていて、立ち振る舞いに印象はマジシャンからホストへ変わった。

 最上階である四階で降り、先輩の先導で一番奥の部屋へ向かう。てっきりインターホンを押すのかと思いきや、彼は借りた合鍵で当然の様に開錠した。良いのか女性の部屋なのに。

「お邪魔しますよー」

 我が物顔で上がり込む先輩に倣い、恐縮しながらお邪魔しますと玄関ドアを潜る。部屋の奥から、可愛らしい女性の声が聞こえた。

「えっちょっ早い! シュン君早いよ! せめてインターホン鳴らしてっ」

「うっせ。めんどくせえっす」

「先輩に対してその態度!」

 無視して靴を脱ぎ上がった左手へ行ってしまうソヨギ先輩。ちょっと呆然としてから、恐る恐る靴を脱いで僕も上がった。

 立ったままの先輩の背後からそっと中を覗き込むと、ふわりとした白いワンピースに身を包んだ黒い長髪の女性がこちらに背を向けて仁王立ちしていた。ふう、と一仕事終えた満足感が見える。

「なーにしてんすか。馬鹿っぽいっすよ」

 ソヨギ先輩の言葉に女性が慌てて振り返る。身長は女性にしては高い方だろうか。ウエストはきゅっと細いのに胸はしっかりとボリュームがあった。

「もうちょっと敬ってよ! 私先輩なんだけど! 院生!」

「それよりほら、噂のサイトウ君ですよ」

 それで漸くソヨギ先輩の背後に居た僕に気が付いた様で、マヤさんが笑顔を向けてきた。柔らかそう、と云うのが第一印象だ。

「あっ、君がサイトウ君? 初めまして、マヤです。真に弓偏の弥で真弥」

「あっえっ、サイトウ、タカシです。勝手に上がってすみません」

 軽く頭を下げて挨拶をすると、マヤさんが嬉しそうに笑った。ぱっと花が咲くみたいに。

「君、シュン君と違って良い子だね! タカシ君って呼んで良い?」

「あっはい……」

 座って座って、と楽しそうに勧められて、恐縮しながらリビングのソファに腰を下ろす。隣にはソヨギ先輩。

 マヤさんはキッチンから麦茶の入ったグラスを三つ持って戻って来ると、ソファの前に設置されたローテーブルにグラスを置いてから僕らの向かいの床に腰を下ろした。

「事情は一通りシュン君から聞いてます。私は何を話せば良いかな」

 さっきまでの砕けた緩い空気が一変して、思わず居住まいを正す。

 そんなに硬くならないで、とマヤさんが云うので、一先ず麦茶を一口頂いた。

「えっと……マヤさんを助けたって云う山犬を連れた男について訊きたいんですけど」

 マヤさんは口元に手を置くと少し考える様な顔をした。僕の隣でソヨギ先輩が鞄から煙草とライターを取り出す。

「ちょっとシュン君、うち禁煙なんだけど!」

「大丈夫、灰皿持ってますんで」

「そう云う問題じゃなくて!」

 云っている間に火を点けたソヨギ先輩に、マヤさんは諦めた様に溜息を吐いた。

「それじゃあ、先ず初めて彼に会った時の話をするね。順を追って話すから、纏めるの苦手だし、かなり長くなっちゃうけど」

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