3-7

 気付けば二十二時が迫っていて、僕らは警備員に怒られる前にと大学を後にした。別れ際、ソヨギ先輩が院生に話を聞いておくと云い、僕は終電が近いので走って駅へ向かった。これだから田舎は。

 終始考え込んでいる様子のカミコ先輩が心配だったが、僕の家族は少し厳しいと云うか過保護な人達で、突然の外泊を認めてくれない。旅行なんかには寛容なくせに。ここで親の機嫌を損ねて今後の活動に支障が出ても困るので、僕は泣く泣く終電に飛び乗った。

 がたんごとん、僕以外に乗客の居ない電車が揺れる。他の車両には誰か居るのだろうか。一人で電車に乗っていると、キサラギ駅、と云う都市伝説を思い出して思わず身震いしてしまう。けれど全力疾走した所為で、他の車両に移る気になれず座席に沈み込んでいた。

 キサラギ駅と云う都市伝説は、比較的有名なものだと思う。少なくとも、インターネットでオカルトに関する情報を収集しているタイプの人間にとっては知っていて当然と云えるくらいの知名度はある筈だ。

 ある人が電車を降りると知らない駅で、そこで降りたのは自分一人。乗ってきた電車は既に発車してしまった。人気は無い。駅名を記す看板にはきさらぎ駅と書いてあるが、通常書いてある筈の前後の駅は書かれていない。どうしたら良いだろう、と、掲示板にアドバイスを求める書き込みがされるのだ。

 そのスレッドを見ている人達は質問をしたり、どうすべきか意見を出し合った。キサラギ駅に降りた人はその内、線路に沿って歩き始めた。どこからか音が聞こえる。誰かが居るのだろうか。逃げた方が良いと云う書き込み。進行方向にはトンネルが見える。音が近付いて来る。そして――

 確か、書き込みはその辺りで途絶えた筈だ。その後その人がどうなったのかは分からない。ただ、トンネルは黄泉へ続く道だとか、キサラギ駅は死者が降りる駅だとか、そんな考察を何処かで見た。あの人は、トンネルへ入ったのだったか。

 怖くなって、駅に止まる度にアナウンスに耳を傾け、窓から見える駅名の看板を見る。当然ながらキサラギ駅ではない。いつもの路線、いつもの駅だ。

 三十分もすれば流石に不安は落ち着いて、今度は喫煙所での事を思い出す。あの時想像した事を。

 ソヨギ先輩が書いてくれたスケッチの所為か、妙にリアルに想像してしまった。まるで、実際に自分がそれを体験したかの様だった。特に、カミコ先輩の接近に気付いた時。

 嬉しい様な、申し訳無い様な、何処か擽ったい気持ち。そして少しの後悔と、決して戻れないのだと云う悲壮な程の決意。どうしたら諦めてくれるのだろうか。自分の事など忘れて、真っ当に幸せに生きてはくれないものか。

 流れて行く暗い景色を眺める。それからゆっくりと目を伏せて、がたんごとん、電車の音をじっと聞く。

「逃げ回ってないで、会ってあげれば良いのに」

 人の居ない電車内に、僕の呟きが落ちた。

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