3-6
ソヨギ先輩は色々話してくれた。
男がどうして自分達を助けたのか、そんな事を繰り返してはいるらしいがその理由とは、そもそもどうやって自分達が助けを求める掲示板の事を知ったのか。分からない事は多いけれど、と前置きして。
先ず最初に、ブログのタイトルはフェイクで、男女混合で行く事も多く実際件の霊障に遭ったと云う人も女性なのだと教えてくれた。
そして山犬について。変化ではなく化生、つまり自然に忽然と生まれた妖怪で、男が云うには「狼の妖怪と云えば送り狼だろう」と云う事で山犬と呼んでいるのだとか。
あとで送り狼が分からない僕の為にカミコ先輩が簡単に解説をしてくれたのだが、地域によって呼び方も性質も差異がある犬もしくは狼の姿をした妖怪で、送り犬、と云う方が全国的には通りが良いそうだ。どっちにしろ僕は知らなかったのだけれど。夜道を帰る人のあとをつけ、転ぶと襲いかかって来るが上手くやれば守ってくれるらしい。そしてその送り犬を、山犬とも呼ぶのだそうだ。
男は人払いの結界を張れる、除霊が出来る、場の浄化が出来る。そしてネットの掲示板から特定のスレッドを消す事が出来る。
口が悪くてすぐに手が出る足が出る。
カミコ先輩が、少しだけ笑った。相変わらずね、と云って。
そして推測交じりに、自分達を助けたのは目的の為の手段でしかなく、彼の目的は彷徨える魂をあるべき流れに戻す事ではないか。だから心霊スポットを巡り廃墟を拠点に道内を飛び回っているのではないか。
つまり、
「失踪の直前に見付けた女性の様なヒトを増やさず、減らす。その為に動いているんじゃないかと思う」
ソヨギ先輩の言葉に、僕とカミコ先輩は顔を見合わせた。
「有り得るわ……とても彼らしい」
そう云ったカミコ先輩はほっとしている様な、けれど寂しそうな顔をしていた。多分、彼が人道を踏み外していない事に喜び、同時に何も云ってもらえず連れて行ってもらえなかった事を悲しんでいるのだろう。
等価交換だ、と楽しそうに笑うソヨギ先輩に促されて、今度は僕達が彼についてを話す番となった。これまで行った場所、そしてその内の何ヶ所かで中身の残るオイル瓶を見付けた事も勿論話した。
するとソヨギ先輩が思案げな顔をして、新しい煙草へと手を伸ばした。ソヨギ先輩の、女性みたいな唇から紫煙が吐き出される。
「まるで、慌ててそこを去ったみたいだ。ランプ用オイルなんて何処ででも手に入る物じゃないのに、空なら未だしも、中身の入った瓶を置いて行くなんて」
そう、そうなのだ。中身自体はもしかしたら、別の燃料に入れ替えてあるのかもしれないが、見付けた瓶はどれも同じ物で、彼が人として暮らしていた頃に愛用していたそれなのだ。
カミコ先輩が云うには、彼の部屋から無くなっていたのはボストンバッグが一つとノートパソコン一式、小さい懐中電灯が一つとオイルランプ二つにオイル瓶の大半、煙草の予備とジッポオイル、後は衣類が少しと救急箱、通帳関係と缶切りに何故かソムリエナイフ。そして失踪前から身に付けていた財布とジッポライターくらいだそうだ。
何となく想像する。拠点とする場所に鞄を下ろし、何処かで電気を拝借して充電を満たしたノートパソコンを真っ暗な中で操作する彼。隣には大きな狼。貯金を切り崩して買った缶詰を食べ、パソコンを閉じ、代わりにオイルランプを点ける。
使った物はその都度鞄にしまう。空になった缶詰は、土に返らないので通りすがったコンビニにでもあとで捨てよう。今は一先ず適当な袋へ。使用中のランプと、ランプに使うオイルだけは側に置いたまま。
「……私の接近に気付いて、慌てて?」
カミコ先輩の呟きが鼓膜を震わせる。
そうだ、人の気配が近付いて来る。それは良く知っている気配で――酷く懐かしい。が、しみじみとしている暇は無い。慌てて鞄とランプを手に、狼の背に乗って地面から離れ――ああ、またオイル瓶を忘れて来た。あいつはいつになったら諦めるのだろうと、苦笑が漏れる。
「サイトウ君?」
ソヨギ先輩の呼ぶ声にはっとする。僕は今、
「何を考えていた」
僕の思考に被せる様に、ソヨギ先輩が云った。
目を丸くして、目の前の男を見る。とても年上には見えない外見をした彼は、楽しそうに口端を持ち上げて僕を見ていた。しかしその目は笑っておらず少し怖い。僕の目を通り過ぎて直接頭の中を覗かれている様な、そんな気がした。
「……何でも、ないです」
そう答えた僕の声は自分でも分かるくらいに震えていて、どう聞いても何でもない様には聞こえなかった。けれどソヨギ先輩はふうん、とだけ呟いてそれ以上は訊いて来ない。ただ、表情と云うか雰囲気と云うか、兎に角その見た目が、全部知っているぞと云っている様な気がして空恐ろしかった。
カミコ先輩は考え事に夢中な様で、僕の様子にも、僕とソヨギ先輩の遣り取りにも、気付いていないらしい。それに少しほっとした。
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