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その日僕は、先輩が住むマンションに来ていた。大体の事情を知ったのだから、人目を避けてわざわざ寂れた喫茶店で金を払って大して美味くもないコーヒーを飲みながらより、大学から程近い先輩の部屋で話す方がよっぽど良いだろう、と云う先輩の計らいである。
話す事はと云えば、先輩が探している男についてばかりだが。
切れ長の目が美しい先輩の顔を失礼にならない程度に見ながら、過去に先輩が探しに行った場所について話し、ネットで拾い集めた噂について意見を交わし、次はどこへ行くべきか相談をしていた。
男は人の寄り付かない、心霊スポットと噂される廃墟を拠点にしている様だった。道内のそんな場所をランダムに移動している様で、次の行き先を特定するのは酷く困難だ。僕達に出来るのは、精々間近に噂が出た場所へ向かい、痕跡を探し推測の手がかりにするくらいだった。
ただ、これまでネットで噂を探している内に、僕は一人気になる人物を見付けていた。長い事迷って居たが、思い切って先輩に切り出す。
「実は、気になる事があるんですけど」
ノートパソコンでブックマークしておいたあるブログを開き、画面を先輩の方へ向ける。タイトルは『野郎ばっかで深夜のドライブ』とある。北海道在住の男が、友人らと廃墟や心霊スポットに行った際のレポートブログだ。
その中にある、今年の夏の記事。僕達が前期末試験を控えた頃の記事だ。行った場所の詳細は伏せられているが、分かる人には分かる。此処からだと三時間程掛かる某市にある廃墟だ。
沢山の写真が公開されており、大学の友人と院生である先輩と行って来た、と書かれていた。写真には同行者は勿論奇怪なモノも一切写っておらず、心霊的には特に何も無かったと記されていた。
この記事自体は別に良い。しかし、数日後に更新された次の記事が、僕の気になる物だった。
同行した院生が霊障に遭ったと書かれている。そして、詳しくは書けないが以前その院生が似た様な目に遭った際助けてくれた男が、今回も助けてくれたと書かれていた。山犬を連れた、男が。
そして次の記事で、山犬を連れた男と思われる噂が纏められている。
時々画面をスクロールさせながら、じっと記事を読む先輩。少し眉を顰めたその顔すら綺麗で、僕はどきまぎしながら冷たいコーヒーを飲んだ。
ブログには、山犬を連れた少し年上に見える男が、院生に憑いたモノを払い、その後その場を浄化した様だと書いてある。某掲示板で助けを求めた所、その男の目に留まりそう云う運びとなったそうだ。そして男に詳細を口止めされ、当時のスレッドは深夜零時、サーバーから綺麗に消え去ってしまった。dat落ちすらせずに。
そんな噂はその掲示板の幾つかのスレッドで囁かれており、ブログの主は幾つかの現場にも赴いた様で、恐らくは同一人物だろうと論じていた。目的は不明だが、どこも男が去って暫くはオカルト的な噂が途絶えているらしい。
人間に絶望した筈の彼が人助けをした、と云う事に違和感を覚えるが、しかし、連れていたと云う山犬が狼を示すのなら、この男は彼ではないかと思える。山犬はニホンオオカミの別称だ。先輩に聞いた特徴はニホンオオカミらしくなかったが、ブログの主に口止めをしている事を踏まえると、正しい情報を知られない為に敢えてそう云ったとも考えられる。
彼は変わり者だそうだから、もしかしたら他の意図があるのかもしれないが。
「このブログを書いた人に連絡出来ないかしら」
記事を読み終えた先輩が云った。パソコンが返される。
「えっと……ああ、連絡先が公開されてますね。フリーのアドレスですけど。……メールしてみますか」
「お願い」
送信先にコピーしたアドレスを貼り付けて文章を打つ。件名は『ブログ拝見させて頂きました』ちょっと固いか。しかし会った事も無い相手にフランクなメールを送る訳にはいかない。プロフィールによると年上の様だし。
本文は丁寧に書いたら長くなってしまったが、要約すると『あなた達を助けた山犬を連れた男が探している相手かもしれないので詳しく聞きたい』と云う内容だ。
送信してなんと数分で返信が来た。此方も丁寧だったので要約する。件名は『閲覧ありがとうございます』だった。
『彼についてブログ以上の事は語れない。きつく口止めをされている。(長い改行の後)事情を話して貰えれば協力出来るかもしれない』
返信内容を先輩に伝え、その日の内に何度かメールの遣り取りをして、直接会って話す事になった。何と云う偶然か、ブログの主は僕達と同じ大学に通う三年生だったのだ。
世間って狭い。
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