2-9
「……大丈夫ですか」
暫くおたおたおろおろした後、そっと先輩に声をかけた。
「……ごめんなさい」
そう云った声が震えていて、どうしようも無く切なくなる。
少し迷って、手にしていた獣毛をハンカチに包みポケットに押し込む。それから先輩の腕に手をかけて、
「出ましょう」
と、半ば強引に教室を後にした。
先輩を支える様にして螺旋階段を降り、入った時と同様に水没していない一階教室の窓から外へ出る。
木漏れ日の下でじっとしていると、次第に先輩の震えが治まってきた。目元を拭う仕草のあと、漸く先輩は顔を上げた。泣いたのだろう、赤くなっている。
「ごめんなさい」
今度は、声は震えていなかった。
「一体、どうしたんです」
なるべく柔らかい声を意識して問いかける。
一呼吸置いて、先輩は話し出した。
最後の教室で見付けたあの獣毛は、探し人と共に姿を消したモノの物だと。
あの日。夜中、ある廃村で、先輩と彼は遺体を発見した。惨い殺され方をした女性で、彼女は冷たい井戸の底で全てを呪っていた。それに困って何とかしてくれと云って来たのが狼の様な姿をした大妖で、理不尽に殺された彼女に同情し同調して人間に絶望した彼は、その妖怪と共に姿をくらませてしまったのだと云う。
「狼の姿になると、それは綺麗な銀色をしていて、長く柔らかい毛がとても心地好かったの」
懐かしむ様に目を細めて先輩は云う。その悲しげな笑みに、今度は僕が泣きたくなった。
その後、僕らは来た道を戻ってバスに乗り宿へ帰ったが、ショックが大き過ぎて道中の事を殆ど覚えていなかった。気付いた時にはみんなで夕飯を囲っていて、明日には帰るのだから今夜は全員参加で耐久ポーカー大会だ、とミサキ部長が宣言していた。
食後の温泉に浸かりながら、僕は決意した。
彼を追うこの旅は、先輩にとって悲しい旅だ。彼の痕跡を見付けては遠い日々を懐かしみ、時に今日の様に涙する。そんな旅に、先輩一人を行かせられない。行かせてはいけないのだと……行かせたくはないのだと。
そうして僕は、単位取得のサポートだけでなく、人探しへの積極的な同行もする様になったのだ。
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