2-8

 鬱蒼とした。そう云う表現が似合う様な場所に僕らは立っていた。

 バスを降りてひたすら歩き橋を渡ったそこは、人間よりも背の高い草が大量に育っていて、道は獣道に毛が生えた程度の砂利。進行方向には、錆の浮いた巨大な鉄骨のアーチが鎮座ましましていた。

 僕達が目指す心霊スポットと云うのは古い学校で、詳細は伏せるが心霊スポットとしてだけではなくその特殊な形状でも有名だった。がしかし、見える鉄骨はそのイメージとは随分掛け離れている。

 側まで近付いて漸く分かる。これは体育館の跡だ。と云う事は、ここから然程離れてはいない場所に校舎があるのだろう。

 ……あった。三階建ての様だ。窓の硝子は全て割れて無くなりただの枠となっていて、壁は風雨に晒されぼろぼろだ。すり鉢状の中に建っており、周囲を良く見ると人工的に石垣で囲ってある様だった。

 妙な雰囲気と威圧感に呑まれそうになる。昼間でこれなら、夜になると凄い事になりそうだ。と云うか絶対に来たくない。

 明るい中でも校舎へ入るのを躊躇ってしまう僕を尻目に、先輩は一階の窓から中へ入ってしまう。僕は慌ててその後を追い校舎へと入った。枠には硝子の一欠けらも残っていない。

 埃と黴の匂い。どこかに溜まった雨水が腐っているのか、悪臭が僅かに混ざっている。ただ、全ての窓が割れていて風が通る所為か、覚悟していた程の酷い臭いも空気の淀みも無かった。

 僕達が居るのは教室だ。原型の分からない木板で床が殆ど埋め尽くされている。どうも地面が露出している様だから、これらは床板だろうか。

 足元に気を付けながら、彼の痕跡を見逃すまいと教室内を見て回るが、それらしい物は見当たらない。廊下に出て先へ進むと、降りたシャッターが進路を遮っていた。そして何故か机や椅子の残骸と思われる、錆び塗れの細い鉄パイプなどが道を塞ぐ様にして散乱している。

「この先は、もう一つの校舎があった筈だわ。……もう崩れてしまっているそうだけれど」

 つまりこの先には用が無い。一先ずは。

 僕達はこの階の探索から始める事にした。

 玄関に放置された靴が一足も残っていないぼろぼろの下駄箱。木片に埋め尽くされた幾つかの教室は僕達が入って来た場所を残して水没している。すり鉢の底に建っている所為で雪解け水も雨水もここに溜まってしまうのだろう。少なくとも、人である筈の彼が拠点に出来そうな空間は見当たらない。

 中央の柱に沿う形で設置された螺旋階段を上がる。意外にもしっかりした造りの様で、床が抜ける心配をせずに済んだのが幸いだ。この街の人間は螺旋階段が好きなのか。強いられているのか。

 廊下をぐるりと回ってから各教室を見て行く。一階とは違って、備品は全て運び出された様でがらんとした空間となっていた。黒板は綺麗に剥がされていて、机や椅子は一つも無い。唯一残っている備品は蓋の無いタイプのロッカーくらいで、窓の外には背の高い木々の葉が見えていた。

 廊下もこの階は綺麗だったし、酷い状態なのは一階だけなのだろうか。

「拠点にするとしたら、こう云うとこ……ですよね」

 特殊な校舎の構造故にバウムクーヘンの様な形をした教室内を見回して云う。

「そうね。でも、人の出入りが今でもある所為で、痕跡からの判断は難しいわ」

 カミコ先輩が溜息を吐く。困った様なその顔も綺麗で、うっかり見惚れてしまう。

「でも、そんなに人の出入りがあるなら、拠点にしていたと考えるのは難しいんじゃ……」

「今まで見て来た場所にも、そう云う所は幾つかあったわ。その内の何ヶ所かからも例のオイル瓶が見付かっているし、此処にもあれば確実なのだけれど」

「……此処には、無いみたいですね」

 一つ目の教室を出て、他の教室を見て回る。何処も同じ様な有様で、確実に探し人が居たと云う形跡は見当たらなかった。

 再び螺旋階段を上がり三階へと移る。廊下の水飲み場に、奇妙な物を見つけた。

「これ……煙草?」

 それらは古びた物も多いが殆どが未点火の物で、白い小さな筒がずらりと並んで置かれている。幾つかは焦げて短くなっているが、吸ったのではなく火を点けて放置した事が燃え跡から分かる。

「まるでお供え物ね。学校なのにどうして煙草なのかしら」

 興味深げに腰を折って見詰めながら、先輩が独り言つ。それから、あっと小さな声を上げた。

「先輩?」

「これ……あの人が良く吸っていた銘柄だわ」

 先輩の細い指が示したのは、先輩が時々吸っている煙草と同じ物だった。

「偶然、じゃないですかね」

 これだけ煙草があるのだから、同じ銘柄があってもおかしくはない。

 内心、吸う煙草を真似る程の相手なのだと思って暗い気分になる。

「そう……そうね、これだけじゃあまだ……」

 名残惜しそうに煙草を見詰める先輩を促し、三階の探索を続けた。二階と変わらない状態の廊下、教室。

 しかし最後に見た教室に、これまで無かった物があった。

 灰色……否、銀色の獣毛だ。犬の毛だろうか。しかし、

「こんな色の犬……居ますかね」

 指先で摘んだ毛を掲げて見せながら問う。

 先輩が、震えた吐息を零す。

「ああ……」

 とん、と両膝を汚い床について、伏せた顔を両手で覆い、先輩は肩を震わせた。

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