2-6

 夕食を終え、部員揃って宿を出て懐中電灯を手に公園へ向かう。周辺に民家は殆ど無く、その所為か街灯も少ない。車通りも少ないので事故の心配は無いが、ゴールデンウィークの時に通った道よりは人の気配があって、何だか落ち着かない。

 公園へと続く桜並木を歩く。今はすっかり葉桜で、どうせならゴールデンウィーク合宿を此処にして欲しかったと少し残念に思う。

 長い坂道を行くと右手にログハウス風の建物があり、左の道はテニスコートや池や遊具へ続いていて真っ直ぐ行くと更に登る事になる。僕らはそこで立ち止まった。

 左の道を少し行くと道は三手に分かれる。左が広場で奥にテニスコートが見え、正面が池でその脇の道を行くと遊具が設置されている場所だ。右の階段を上がって行くと初日に先輩と行った謎の塔がある。

 今回も留守番を命じられたオガワ先輩が曰くを語ってくれる。

 塔を登って行く人魂を見たとか、塔へ続く階段の下に大きな狼が居たとか、池は底が無く入水自殺の名所で死体が上がった事が無いとか、此処より更に上がった展望台付近は首吊りの名所だとか、このログハウス風の建物の窓から男の顔が外を覗いているとか。

「人魂って、もしかしたらオイルランプの……」

「でしょうね」

 隣に立っていたカミコ先輩とこそりと言葉を交わす。

 今回は人数が多いが距離が近いので、また二人一組となっていた。各ペアはミサキ部長・タバタ編集ペア、ウシヤマ先輩・フジペア、トウドウ・カミコ編集ペア、アオキ副部長・アズマペア、チトセ先輩・僕ペア。回る順。

 ペア決め後にイカサマの得意なアズマが側に寄って来て、俺が配る係りならカミコ先輩とお前をペアにしてやれたのに、とにやにやされたが適当に受け流した。

 往復に十分程しかかからないと云う事で、前のペアが戻ってから次のペアが出発すると云う段取りだった。みんな何事も無く目印を取って戻って来るが、どうやらその目印は今回もホラーなブツらしく誰も見せてくれない。

 何事も無かったくせに青い顔をして戻って来た怖がりなアズマとトウドウを揶揄いながら、最後に僕とチトセ先輩が出発する。この時点で、此処に来てから丁度一時間が経過していた。

 チトセ先輩は適度に怖がりで、風に揺れる草木の音に一々びくついていて可愛かった。僕より少し背が低く薄っぺらい体の先輩は、ともすると腕の一本も折れてしまいそうで、怯えのあまり転んで骨折でもしたら大変だと、僕は別の意味で怖かった。

 何事も無く塔の下に着き、地べたに無造作に置かれた目印に懐中電灯を向ける。今回は悪趣味にも目玉の玩具だった。すぐ後ろで、チトセ先輩のきゃあっと云う悲鳴が上がる。懐中電灯に照らされたそれは、てらてらと光って見えた。

 さっさと拾い、先輩の目に触れない様にジーンズのポケットに突っ込む。

「大丈夫ですか。早くみんなのとこに戻りましょう」

 促すと、おっかな吃驚と云う風に先輩が歩き出し、進路を照らしながら隣を歩いた。少し急な階段をゆっくりと降りる。

 どぷん。

 と、右から重い水音が聞こえた。大きな魚が跳ねる様な。

 悲鳴こそ出なかったが、チトセ先輩の肩が大袈裟に揺れる。

「何……」

 震えた声に指示される様に、僕の手は懐中電灯を右に向ける。少し行った所にあるのは濁った池だ。例の、底無し沼と云われる場所。沼なのか池なのか。

「魚でも跳ねたんですかね」

 昼間近くを歩いた際に、釣りを禁止する看板を見掛けた。禁止すると云う事は、少なくとも釣れる物が居る訳で、きっと鯉か何かが居るのだろうと僕は思っていた。

「それにしては、音、大きくなかった?」

 どうだろう。判断が付かない。この池にどんな魚が居るのかも、どの程度のサイズがどの程度の音を立てるのかも、僕には分からなかった。

「でも、じゃあ他に何があるんです」

「……ここ、入水が多いって、」

 オガワ先輩が云っていた。しかし、アレはあくまで噂だ。それに、さっきの音……。

「幾らなんでも、人が落ちたならもっと派手な音がするでしょう」

 小さ過ぎる、と思った。もし人なら、乳幼児くらいじゃあないだろうか。

「でも……」

 未だ不安そうに池の方を見詰めるチトセ先輩。

「それに、僕ら結構騒いでるし、さっきなんか、アズマが虫に驚いて悲鳴上げてたでしょ。もし……自殺とか、なら、人が居るって分かったら思い止まりますって」

「……それもそうね」

 漸く納得してくれたチトセ先輩と、少し早足で戻った。

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