2-5

 二日目。

 宿の食堂で部員揃って朝食を摂ったあと、トランプに誘う同室者二名に散歩に行くと断って、まだ太陽が低い内に宿を出た。先輩と一緒に近くのバス停から、二時間に漸く一本あるバスを使って彫刻公園へと向かう。

 そこは森の中を切り開いて作った様な場所で、古い木造校舎と音楽ホール、それから真新しいログハウス風の喫茶店くらいしか建造物が無い。校庭の何倍もありそうな芝生が広がり中央の方に彫刻が飾られている。そこから遊水路が伸びていて何とも涼しげだ。他にも幾つか彫刻が点在しており、山の上に登る遊歩道が見える。何処かで、啄木鳥が木を叩く音が響いていた。

「噂によると、展示場になっている旧小学校の窓に人影が見えるとか、廊下を通り過ぎる影を見たとか……犬の遠吠えが聞こえるとか。それと、誰も居ない筈の音楽ホールからピアノの音が聞こえるなんて云うのもあります」

 僕らは芝生を横切って先ずは校舎へ向かった。入館料は取られない様で、受付らしき場所になんと誰も居ない。幾ら田舎だからって、確かここに展示されている作品は有名な彫刻家の物だから、無用心にも程がある。

 土足厳禁な様でスリッパが置いてあったので、揃ってそれに履き替え一通り見て回り玄関へ戻ったが、収穫は無かった。机を取っ払った教室や体育館などの広い空間につるりとした大きな彫刻がぽつんと置いてあって、何だか不気味に感じたくらいだ。ただ先輩は気に入った様で、興味深げに彫刻を眺めていた。

 いつの間にか陽が高くなっている。

 校舎から出て数分と立たずに、僕も先輩も汗が滲み出す。心地好い風が吹いているのが救いで、僕らは急ぎ足で音楽ホールへと向かったがイベント時以外は施錠されているらしく入る事が出来なかった。仕方無く喫茶店で一休みする事にする。

 テーブル席が四つ、カウンター席は十はあるだろうか。カウンターの内側に中年の女性が一人食器を拭いていて、僕らと同年代くらいの女性がテーブルを磨いていた。

「いらっしゃいませ」

 二人の店員が揃って云う。僕らはカウンター席の中央辺りに陣取り、それぞれアイスコーヒーと昼食には早いが軽食を注文した。

 出来上がるのを待つ間、世間話を装って店員達に噂について訊いてみるが、彼女達の目には特に変わった事は無い様だった。この喫茶店は十六時には閉店し、二人共十七時には此処を出てしまうらしい。最終バスに合わせての事だ。だから噂の影を直接見たり、遠吠えを聞いたと云う事は無いし、噂目当ての客に出くわす事も先ず無い。

「この辺、もうすっかり人が減っちゃったけれど、それでもまだ住んでる人は居るからね。遠吠えは誰かの飼っている犬なんじゃないかしら」

 年嵩の女性が云う。ここからほんの少し下るとぽつぽつと民家の立ち並ぶ道に出るのだ。

「夜の九時くらいまでならホールでイベントをしている事もあるし、そのリハーサルもあるから、遅い時間に人が居る事もあって。だからスタッフから一度聞いた事があるわ。展示場の窓に人影を見たって。でももう二週間も前になるかしら。ああそれと、イベントで演奏するピアノを知らない内に誰かが触った様な跡があったとか」

 と云うのは若い女性だ。

 ホールと云うのは音楽ホールだから、二十一時までイベントがあるなら片付けも考えると、少なくとも当日スタッフの帰宅は二十二時じゃあ済まないだろう。駐車場が完備されているのだから、バスが無くったってバイクや車を持っていれば行き来は自由だ。帰る前の一服中に何かを見聞きしてもおかしくはない。ピアノの痕跡も噂と符合する。

 そう云えば、出発前にネットでチェックした間近の情報はもう二週間も前だった事を思い出す。ここには、もう居ない?

 涼み、空腹を満たし、少しの情報を得た僕らは喫茶店を出て、今度は上へと登る遊歩道を進んだ。思ったより傾斜はきつかったが、周囲を囲む木々のおかげで随分と涼しい。時折枝から枝へ小さな影が飛び、先輩が指を差して、

「エゾリスが居る」

 と、少し嬉しそうに呟いた。

 行きも帰りもじっくりと周囲を見て歩いたが、結局何も見付からなかった。僕はすっかり意気消沈していたが、先輩にとっては良い気分転換になった様で、すっきりとした顔をしていた。

「そろそろ戻りましょう」

 再びバスに乗って、僕らは宿へと帰った。そして夕食までの間、またカミコ先輩とアオキ副部長の部屋を借りてミーティング。アオキ副部長は、今日何度目かの温泉に入ると廊下で擦れ違った時に云っていた。そんなに入ってふやけないのか。

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