1-8

 夕食の時間。アズマとトウドウに挟まれて、僕はすっかり気力を無くしていた。先輩と何があったのか小声でしつこく訊かれたが、答える気になれず適当にはぐらかした。

 大事な人。そう云った先輩の表情は、その人を恋人だと云っている様に見えた。もしそうじゃなくても、単位を落としてまで探す相手だ。とても僕だけを見てはくれないだろう。

 僕は至って平凡な十九歳だ。偏差値は漸く五十を超えるくらいだし、高校までのスポーツテストは何とか平均を上回れるくらいで、ちょっと人より謎解きゲームが得意なだけの、然して取り得も無い何処にでも居る様な人間だ。だからハナから先輩に振り向いてもらえるとは思って居なかったけれど、それでもその事は、僕の気分を奈落にまで落とすに充分だった。

 食事が終わる頃には、何となく察したのだろう、アズマもトウドウも、もう何も云わなかった。

 落ち込んでいる内に、場所は外に移る。肝試し会場だ。木々に囲まれ、月明りも届かず随分と暗い。

「これから二人一組男女ペアになって貰います。八枚トランプを用意したから、同じ数字を引いた人がペアね」

 二人一組が四組。あれ、一人余るじゃないか。

「十分くらい歩くと石段があるから、其処を上がって奥にある本殿に進んで。そこに目印が置いてあるから、一ペアにつき一つ持って戻って来てね」

 ミサキ部長の話を聞きながら、面子を数える。イチ、ニ、サン……僕も部長も合わせてキュウ。やっぱり一人余る。

「ぶちょー。男子が一人余りまーす」

 アズマが元気良く手を挙げて云う。

「あぶれるのはオガワでーす。ペアが戻るのを待って次が出発すると時間が掛かっちゃうので、十分おきに出発する為、此処が無人になる可能性があるのでオガワがお留守番でーす」

 アズマの口調に合わせた様に、部長がおどける。それでも一時間くらい掛かっちゃうけどねー、と。

 納得したところで女子→男子の順にトランプを引いてペアを決め、お留守番のオガワ先輩が廃神社の曰くをそれらしく語り(人影の目撃談とか、そう云うアレだ。ネットで拾い集めたらしい)、そして最初のペアが出発した。部長とトウドウだ。

 続いてアオキ先輩とタバタ先輩。次がフジとアズマで……最後は、僕となんとカミコ先輩だった。運命! 神様有難う! この廃神社に神様が居るようには見えないが、居るとしたらきっと縁結びの神様だ。そうに違いない。

「じゃあ、オガワ先輩……行って来ます」

 一人残す事に少々罪悪感を覚えながら、僕は懐中電灯を片手に、カミコ先輩と出発した。すぐに最初のペアと擦れ違い、何も無かった事と、オガワ先輩を長い時間一人にせずに済んだ事にほっとする。

 境内へ上がる石段近くで今度はアオキ・タバタペアと擦れ違い、思ったより長い石段に少々げんなりしながら、時折カミコ先輩に声をかけつつ上がり切った。そこで一年ペアと擦れ違う。フジは平気そうだったが、アズマは怖がりの様で、懐中電灯の明かりが当たった僕らにひっと息を呑む様な悲鳴を上げていた。後でたっぷり揶揄ってやろうと思う。

 境内を横切り、ラスト一つの目印……キューピー人形を拾い上げる。暗闇の中、頼りない明かりに照らされたそれは思った以上にホラー映像で、せめて先に目印がコレだと明かして欲しかったと思う。僕はちょっとおっかな吃驚だったが、カミコ先輩は涼しい顔をしていた。

「みんなを待たせちゃ悪いし、さっさと戻りましょうか」

 情けなさを誤魔化す様に声を出す。しかしカミコ先輩は、神社本殿の裏手の方をじっと見詰めて動かなかった。やめてくれ、何か居るみたいじゃないか。

「……カミコ、先輩?」

 やはり返事が無い。昼間海を見詰めていた時とは、その表情が全く違う。

 あの時は、海を見ている様で、でも何処か遠くを見ている様で……何も見て居ない、と云うのが正しい様子だった。けれど今は、確実に何かを見ている……様に思う。

 と、不意にカミコ先輩が視線の先へ進み出した。慌てて追いかける。先輩は明かりを持っていないし、辺りに光源は無い。木と雑草に覆われた中を進むのは危険過ぎる。

「ちょっ、先輩、何処行くんですか」

 答えは無い。がさがさと、草をかき分け進む音だけが返って来る。何とか先輩の背中を懐中電灯で照らしながら、僕も草むらを進んだ。

 暫く行くと先輩が立ち止まって、そこは開けた場所になっていた。と云っても木が無いだけで足元は膝より伸びた雑草で覆われていたが、月明かりのおかげでここまでよりは明るかった。

 ここを囲う木に寄り添う様にして、背の高い石碑の様な物が幾つかある。廃神社だけあって手入れはされていないらしく、縁は随分と欠け、表面に彫られた文字も判読出来ない有様だ。先輩はその一つに歩み寄ると、掌を置いてこれでもかと顔を近付け、怖い目で石碑を見詰めた。

 僕は訳が分からないまま、先輩の側へ行き石碑を照らす。随分古い物の様で、辛うじて読める漢字の幾つかは旧字だった。

 何も云わないまま、カミコ先輩は別の石碑へと移動する。僕も懐中電灯を持ってそれに続く。一通り見て、最後に先輩は広場の中央へ行った。何故かそこだけ、何かが長くあった様に草が倒れ、千切れ、地面が顔を出していた。

 膝をついて露出した地面の辺りを調べる先輩と、立ったままそこを照らす僕。数分もすると先輩は立ち上がり、僕を振り返った。そして一言、

「ごめんなさい」

 と云うと、来た道……と云っても獣道すら無い様な状態だが、そこを戻って行った。呆然として、一瞬遅れて僕も戻る。境内を突っ切り石段を降りると、そこに全員が集合していた。

「遅いよ。何かあったかと思って心配したじゃない」

 ぷりぷりとして、ミサキ部長が云う。

「ごめんなさい」

 と、カミコ先輩が頭を下げた。

「人形を落として、拾おうとして蹴って草むらに入れちゃって……探していたんです」

 と云うカミコ先輩の嘘にみんな納得した様で、それ以上の追及も無く、僕は釈然としないまま、しかし云ってはいけない気がして、みんなで宿へ戻った。

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