1-6
たっぷり一時間程湯を堪能して部屋に戻ると、女子部員はカミコ先輩だけが戻って来ていた。罰ゲームと、風呂での会話を思い出して赤面する僕の背中を、トウドウが押す。
「ちょっおま、やめろよ!」
小声で叫ぶが、トウドウは勿論他の男子部員達もにやにやとして、オガワ先輩などは行け、行け、と、小声で無責任に云ってくる。
僕が味方の居ない状況にほとほと困り果てていると、カミコ先輩が手にしていた文庫本から顔を上げ此方を見た。
「座らないの」
凜とした、静かだけれど良く通る声。
「すっ座ります!」
声が裏返った。後ろの野次馬共が笑う声が聞こえる。
恥ずかしい。死にたい。
いそいそと先輩の斜め向かいに腰を下ろすと、他の男子部員達もぞろぞろと部屋に上がり好きに座った。
チャンスだ、と、誰かが耳元で囁いた気がした。
「あのっ、先輩……」
「……」
無言。視線は既に本に戻っている。
「すみません、あの……」
「……」
やっぱり無言。これはあれか、読書の邪魔をするなと云う事だろうか。
いやしかし、此処で引いては後でアズマ達に何を云われるか分かったもんじゃない。
「……カミコ、先輩」
「……何」
返事ktkr!
「あっあの、部長に訊いたんすけど、部誌のペンネームハフリって、先輩ですよね」
「うん」
返事が短い! 泣きそうだ。
「僕、入部した時に部誌を貰って、読んで、それでっ、先輩の話、面白いなって……すす、す、好きです……!」
此処で漸く、先輩の目が此方を向く。射抜く様な視線に、どきりとした。
「……そう。ありがとう」
そう云って、先輩はほんの少し笑った。……様に見えた。鋭い目元が和らぎ、口元が綻んだ。……様に見えた。
嬉しくて舞い上がる。
「先輩の作品、オカルトばっかでしたけど、あの、そう云うの好きなんですか」
「……好きって云うか、」
気の所為か、そう云った先輩の表情が、少し曇った様に見えた。不味い事を訊いただろうか。オカルト好きな女の子は結構多いから、てっきり先輩もそう云う質なのだと思ったのだけれど。高校の友人でやたら詳しい女子が居たし。
「他に、無いの。私に書ける事」
「へ、へえ……」
何とも間抜けな返しをしてしまう。特定のジャンルを苦手だ、と云うのなら分かるが、特定のジャンルしか書けない、と云うのは、珍しい様に思う。余程それが好きなら未だしも、どうやら彼女は特にオカルトが好きだ、と云う訳ではないらしいし。
「そ、そう云えば、何で文芸部の合宿で肝試しなんですかね。明日やるんですよね」
「ああ……伝統みたいよ。少なくとも私が入学した年にはもう、当たり前の様にやってたから」
返事が少しずつ長くなって来ている。いつの間にか本も閉じられていて、邪魔をして申し訳無いと思う以上に、嬉しかった。
「じゃあ、一昨年にはもうやってたんですね」
「違うわ」
「え?」
「四年前よ。私、一年と二年を、二回ずつやってるから」
「……えええっ」
何でも無い事の様に云ったけど、二回も留年ってまずくないか。相当じゃないか。
……もしかして、見た目に反して勉強が苦手なのだろうか。
「あの……何でか、訊いても?」
「良くサボるから。テストやレポート一本で決まる講義は、アオキとかに頼んでノートやプリントを貰うんだけど、普段の出席まで加味される講義とかは、どうしてもね」
どうやら頭が悪い、と云う訳では無さそうだ。サボる、と云う事は、体が弱いと云う訳でも無いのだろう。
「何でサボるんですか。講義がつまらないとか」
「用があるの。大事な、用が」
伏目がちに云う先輩に、それ以上訊く事は憚られた。僕が黙っていると、先輩は会話が終了したと判断した様で、再び読書に戻った。
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