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 宿の部屋は当然ながら男女に別れていたが、食事は男子部屋で一緒に摂る、と云う事だった。夕食までは自由行動だが、女性陣はみんなすぐに男子部屋へやって来た。勿論、カミコ先輩もだ。どうやら、就寝時以外は基本的に同室で過ごすらしい。

「さあ、恒例のトランプ大会やるよ! みんな出して」

 ミサキ部長の言葉に、早速原稿を書こうとノートパソコンを取り出し掛けた手を止めた。二年生、三年生、四年生が、持ち歩き用の手頃なサイズの鞄から、それぞれ漫画を数冊引っ張り出して部屋中央のローテーブルへ置く。

 ちなみにこの宿は全室和室で、男子部屋と女子部屋は同じ広さらしい。見たところ、十八畳くらいだろうか。ドアを開けるとスリッパを脱ぎ履きするスペースがあってすぐ畳敷きの部屋で、奥に広い窓と小さなテーブルとロッキングチェアが一つずつ。入り口を背にして左手奥に押入れがあり、其処に布団が入っているそうで、寝る時は自分達で敷く事になっている。テーブルは脚を畳める様になっており、隅の方に立てかけておく様にと云われた。手前側の壁前には小さいテレビが設置されており、その横に座布団が積まれている。右手にはドアが二つ並んでいて手前がトイレ、奥が部屋風呂だった。

 テーブルに置かれた漫画は、合計で二十冊を超えていた。一年生が揃って豆鉄砲を喰らった鳩になっていると、部長がたんっと良い音を立ててトランプケースを畳に置く。

「これから全員参加のポーカーをやります。役が一番下だった人は、役が一番上だった人の命令を絶対遵守。命令は此処にある漫画を一冊選んで、ページを指定。その台詞を云うだけだから、簡単でしょ」

 次の合宿からは一年も漫画持参ね、と云いながら、ミサキ部長はプラスチックケースからトランプを取り出し、手馴れた様子でテンを切る。……失礼、これは方言だ。まあ通じるだろう、要はトランプを混ぜたと云う事だ。

 上級生達は既にテーブルを囲んで座っており、僕を含めた一年生四人はお互い顔を見合わせつつ、空いたスペースに座った。幸いな事に、カミコ先輩の隣が空いていたのでそこに滑り込む。

「一年生には云ってなかったけど、これ恒例行事なんだよね。合宿の度にやってるの。前は空いた時間に暇な人だけでやってたんだけど、ゴールデンウィーク合宿だけは、親睦の為になるべく早い段階でやる事にしてるんだ」

 夕食前に全員が揃うとは思わなかったけど、と、悪戯っぽく笑み肩を竦める部長。夕食後にやるつもりだったが、女子が全員男子部屋に揃い、男子が全員部屋に居たので、今やってしまう事にしたのだそうだ。

 僕としては、早い段階でカミコ先輩と話すチャンスを得られたので万々歳だ。上手く隣に座れた事だし、神にでも感謝したい。いやこの場合は部員全員に感謝すべきか。

「部誌を幾つか貰って読んだんですけど、カミコ先輩のペンネーム、ハフリって云うそうですね」

「僕、先輩の小説、好きです。面白かったです」

「オカルトばっかり書いてるみたいですけど、そう云うの、好きなんですか」

「だったら、明日の肝試しも、楽しみなんじゃないですか」

 配られた手札と睨めっこをしながら、時折カミコ先輩の横顔を盗み見しつつ、云いたい事を頭の中で考える。おかしな所は無いだろうか。って云うか、いつ話しかけよう。幾らなんでも、突然部誌の話なんて……。

 何度も口を開き掛けては閉じる。側から見たら、随分と阿呆面だっただろう。並んで僕の正面側に座っているトウドウとアズマが指差してひそひそと笑っていたので、それは確実だ。

 結局云い出せないままゲームが進み、オガワ先輩がブービーの部長に愛の告白をしたり、今度は部長がブービーのオガワ先輩に「訴えてやる!」と人差し指を突き付けたり、地味めのフジが萌え声でにゃんにゃん云ったり、と、中々にカオスな罰ゲームに、みんな大いに笑った。

「しかしサイトウ君は強いなあ。君と、後はカミコ君だけじゃないか、罰ゲームやってないの」

 一番罰ゲーム回数の多いオガワ先輩が、後頭部を掻きながら云った。

「ええい、何とかして二人に云わせたい! なるべく恥ずかしい台詞を!」

 二番目に罰ゲーム回数の多い部長が吼える。悔しそうだ。

「でも、そろそろお開きにしませんか。あたし、ご飯の前にお風呂行きたい」

 アオキ先輩が云う。時計を見るといつの間にか十七時を回っており、夕食まで残り二時間を切っていた。

 この宿は天然湯の大浴場があり、露天風呂も設置されているそうで、アオキ先輩はそれが何よりも楽しみなのだと電車の中ではしゃいでいた事を思い出す。

「じゃ、次でラストにしましょうよ。はいはいカード寄越してー」

 今のゲームでビリだったアズマが云う。決まり事の様に、ゲームでビリだった者が毎回カードを集め配り直していた。

 テンを切り、カードを配るアズマ。その口元が、にやりと笑った……様に見えた。

「げっ」

 手札を見て、思わず声を漏らす。ちらりとカミコ先輩を見ると渋い顔をしていて、アズマを見ればそのにまにま顔を隠す様子も無かった。

「お前、何した」

 凄んでみても、べっつにーと軽く返されてしまう。カミコ先輩は文句を云う気も無い様で、溜息を一つ吐いて手札を全て交換した。僕もそれに倣う。

 ……結局、僕もカミコ先輩も役無しで、二人一緒に罰ゲームとなった。部長が歓喜する中、僕らはある漫画の台詞を云ったのだが、あまりにも恥ずかしいので何を云ったかはご想像にお任せする。

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