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「えーっと、サイトウ、タカシ君……で良いのかな」
狭い部室の中、机を挟んでとある先輩と向かい合った僕は頷いた。
此処は僕が通う大学に設置された、部室専用の棟だ。五階建ての中の四階にある一室。文芸部の部室。
周りでは、部員達が本を読んだり、ゲームをしたり、それぞれ思い思いに過ごしている。
「ゴールデンウィーク前に来てくれて良かったよ。丁度合宿を企画していてね」
彼女、名をミサキルイと云う。この部の部長で、僕と同じ人文学部臨床心理学科の四年生だそうだ。
履修登録やら教科書の購入やら一泊の親睦合宿に追われている内に、もう四月の下旬となってしまった。入学から一週間でバス旅行と云うのは少々無茶な気がするが、学科生同士の交友、そして先輩からの情報提供の場としては、悪くは無かった。
活動の説明を聞き、部室に居合わせた部員の紹介を受け、入部届けを提出した僕は、そのまま続けて、ゴールデンウィーク中に実施される二泊三日の合宿の説明を受けた。部に馴染もうと、僕はその場で合宿への参加を決めた。行き先は、鈍行電車で此処から一時間程掛かる、海辺の町だった。
実家暮らしの部員も居れば、大学近くで一人暮らしの部員も居ると云う事で、集合は現地だった。昼頃に集まり、みんなで昼食を食べた後、宿へ向かい、夕食まで自由行動。二日目は朝食後、夕食までまた自由行動。その後に近くの廃神社で肝試し(肝試し! 十九年間生きて来て、初めてだ!)をし、三日目の朝食後宿を出て解散、と云う流れだそうだ。
他、諸注意が書かれた紙を見ながら、ミサキ部長の説明を聞く。
「それと、合宿中に原稿を書いて提出して貰う。編集さんが合宿後製本して、ゴールデンウィーク明けに部員に配布だ」
編集さんとは、三年生と二年生から一人ずつ選出される役職で、年に数回出す部誌の責任者の事だ。製本とは、原稿を必要枚数コピーし、表紙と裏表紙を付けてホチキスで留める、と云う、簡易な物だった。
見本として差し出された部誌は四種類もあり、一つは年三回学内で無料配布する自由参加の冊子、一つは年度末に学内で無料配布される全員参加の冊子(これだけは印刷所によって製本される)、一つは時折開催される合宿の最中に書かれる部外秘の冊子、一つは学校祭で販売する自由参加の冊子。
思ったよりしっかり文芸部をしている事に、僕は少し驚いた。今の部室の様子からはとてもそうは思えない。本棚に並ぶのは漫画本ばかりだし、何故か置いてあるベッドで寝ている奴は居るし、窓から外に向かってしゃぼん玉を吹いている奴まで居る。
「合宿冊子のテーマは、初日の昼食時に発表される。手書きでも構わないが、パソコンを持って来て書いて、データ提出も可能だよ。原稿既定はそこの壁」
と云って指差されたそこには、一枚の古びた紙が張ってあり、冊子毎に異なる既定が細かく書かれていた。
帰宅して早速冊子を読む。詩を書く人と小説を書く人とが居て、詩は少数派だった。その数少ない詩は、僕には少し難解過ぎて読み流したが、小説の方はしっかりと読んだ。中には文法も何もなっていない作品もあったが、充分金を取れそうな作品も幾つかあった。特に僕が気に入ったのは、ハフリ、と云うペンネームの作品だった。
四冊共にその人の作品が載っており、どれもオカルトを題材とした話だった。少し硬い文体だったが、描写がしっかりしており、台詞が少なく、僕好みの作品だった。
どんな人がこれを書いているのだろう。合宿冊子にも寄稿しているのなら、ゴールデンウィークの合宿にも参加するのだろうか。
楽しみが一つ増えた。おかげで、ゴールデンウィークまでの数日間、慣れない大学生活を何とか乗り切る事が出来た。
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