第5話 世界が違うと、生き方も違います
翌日の夜、鏡を開くと、彼の携帯からウサギのストラップが消えていました。
「ごめん。あれは、後輩の女子からお土産に貰ったんです。……もちろん、やましい意味はありません。単なるプレゼントだと思って、癖でつけてしまいました」
彼はそれから、頂き物は外したと告げました。
「それと、城木さん。修学旅行も、行かないことにしました」
「え。どうしてですか?」
「俺はやっぱり、城木さんと一緒にいたい。それに、……誤解されたくないから」
その言葉を嬉しく思うと同時に、不安を覚えました。
私は彼を、束縛しすぎているのでは、と。
「……柏原さん。ぜひ、修学旅行には行ってください」
「いや、でも俺は」
「お気持ちは嬉しいですが、私にかまかけて、他の方との出会いを制限してはいけません。柏原さんにも、私だけでなく友達や家族がいます。そうでしょう?」
お土産話を期待しています。そう告げて彼を送り出し、通信を終えました。
……私だって本当は、彼と話せることは嬉しく思います。
でも、ずっと鏡の奥の女性に囚われていては、彼のためになりません。
彼の重荷になってはいけない。
甘えてはいけない。
……そう思ったのですが、柏原さんは私の想像より律儀な方でした。彼は学校行事には一応出席するのですが、何かにつけて私を優先することには、変わりません。
彼は前以上に、私以外との女性の縁に気をつけているようでした。彼がうっかり零したのですが、彼はなんと教室で女子と話をしない男子として嫌われている、と噂になっているとのことでした。
月日は巡り、彼の高校では修学旅行に次いで文化祭も開かれます。
今年は喫茶店を開いたそうで、彼はいつの間にかコーヒーの勉強をしておりました。ドリップやらエスプレッソやら小難しい横文字を使うのです。機会があればぜひ振舞いたいと言われて私は薄く微笑み、彼は自分の失言に気付いて顔を伏せました。
そんな彼を励ましながら、私は帝国との戦をおくびにも出さずに語ります。
会話を重ね、小さなズレが、灰のように降り積もる毎日。
彼はせっせと鏡の私に尽くし、私はその姿を眺めて微笑みながら、思うのです。
――このままでは、いけない。
彼はあまりに、優しすぎる。
黒の帝国による砲撃は、ある日を境にぱたりと途絶えました。姫様によれば補給線の問題で、白の国周辺には中継地となる国がありません。結界により上陸できない帝国は、物資や食料が途絶えると、しばらく姿を消すという話です。
その間、私も無策でいる訳にはいきません。魔法について調べました。
私自身が扱える魔法は、国を守る結界と同じ『守護』の魔法。ドーム状の包みを私自身の周囲に広げ、悪意を拒むもの。守りには便利ですが、攻撃能力は一切ありません。
「骸骨さん。私はもっと複数の魔法を使えたりしないのですか?」
「あー、それは大樹守様の固有特性ッスから……。魔法って、魂に由来するんで」
「魂?」
「まァ俺、頭が骨なんで詳しくないッスけど、大樹守様はきっと、誰にも痛い目に会って欲しくない、守りたいっていう意識がめっちゃ強いと思うんスよ。みんなもそれ何となく察してるんで、大樹守様が好きだと思うッス。国の守り神って理由だけじゃなくて」
骸骨さんが、両腕の骨で大きな○印を作りました。
彼は骨なので笑顔が作れず、代わりに嬉しいことは○印で表現します。
「大樹守様は本当はすごい人なんスけど、偉そうじゃなくて、俺達にも優しくしてくれるから、感謝してるッス。本当。なんにもできなくて心苦しいんですけど。まあ俺、骨なんてハートはないんスけど!」
この国の人達は、本当に性根の良い方ばかり。
ありがとう、と私は骸骨さんの指の骨を掴んで握手をすると、彼は「いやぁ」と照れて嬉しそうに下顎骨をカチカチ鳴らしました。彼は愛すべき骸骨さんでした。
他にも、皆さんには大変よくして頂いています。
料理長のリザードマンさんは私のために、国では貴重な山菜をご馳走してくれました。
森に住まうエルフさん達は、私に花の香りのする香水を頂きました。
白の国には、人間が殆ど居ません。熊のような体躯の一つ目をしたもふもふの魔物さん、小粋な妖精さん、気ままな翼人さんなど様々。そんな彼等がみな私を気遣い、温かい布団を用意してくれる。彼等の期待に応えるべく、国を知り、魔法を学び、私は日々を過ごします。
「姫様。ほかに転生した、大樹守様と呼ばれる方はおられないのでしょうか? 国外でも構いません。味方が一人でもいれば、違うと思いまして。他国へのアクセスが可能な船は……」
「ごめんなさい。船のほうは、前の戦で全部壊れちゃって。それに一番近い緑の国は、あまり評判が良くなくて」
彼女の語る『緑の国』はガチガチの階級社会で、王族が権力争いを行うきな臭い国だと聞きます。その他の国とは、まだ国交がないのだとか。
「でも、大樹守様がいる限りは大丈夫だと思います!」
「……けど、私も、風邪や病気をしたり、怪我をする危険だってありますし」
「あれ、ご存じありませんでしたか?」
姫様はくりっとした可愛い顔で、続けます。
それは私にとって、不意打ちのような一言でした。
「大樹守様は病気にかかりませんし、怪我も治ります。それに、とても長生きです」
「長生きと言いますと、普通の人間より?」
「はい。数百年くらいですかね」
私は眉をひそめました。
「それは……どういう意味ですか?」
「そのままの意味です! 寿命が、なんと数百年! 見た目も若いままで、病気にかかることもなくて、強力な魔法使いなんです。まあ私も長寿な方なので、一緒に三百年くらい生きますけど!」
姫様はきっと、私を励ますつもりで応えたのでしょう。彼女はすごい魔法が使えて長生きなんて良いなぁと微笑みましたが、私は返答に迷いました。
「……大樹守様?」
「ごめんなさい」
私は胸の内にざわめく気持ちを、収えることができませんでした。同時に、柏原さんに対して、次にどんな顔をして会えば良いのか、分からなくなりました。
だって私は、もう――。
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