Ⅱ 小学時代に抱いた僕の夢


 僕の両親は、大学時代のウィンドオーケストラ部で知り合ったのだという。


 二人とも吹奏楽が大好きで、家では、歌謡曲の代わりに吹奏楽の名曲が流れていた。休みの日には、家族そろって演奏会に赴くこともしばしばだった。


 小学五年生の頃、初めて連れて行ってもらったプロの吹奏楽コンサートのことは、高校生になった今でも鮮明に覚えている。


 きっちり黒いスーツを着こなした演奏隊が、指揮者に従って楽器を構えた瞬間の昂揚感。


 そして始まる、まさに夢のような一時ひととき


 木管の、包みこむような、あたたかみのある音。

 金管の、涼しげで、華のある音。

 そして、演奏全体をまとめる心臓部ともいえる、パーカッション。


 折り重なる音の波の創り出す空間に、僕は一瞬で惹きこまれた。

 胸を波打たせながら、夢中で聴き入った。


 ややもして、重厚な演奏がゆるやかに鎮まっていった時、独り凛とした雰囲気の女の人が背筋をぴんと伸ばして立ち上がった。


 彼女が手にしたトランペットを構えなおした時、きらりと金色の輝きが目に眩しくて、胸がドキドキした。


 次にその第一音がホールに高らかに響き渡った瞬間、それまでの賑やかで明るい雰囲気の演奏が、一瞬にして厳かで気高いものへと切り替わってしまった。


 艶のある、力強い音色だった。

 天上のどこまでも響いていくような、高らかに澄んだ音。

 その音は真っ直ぐに僕の耳に向かって、身体中を突き抜けていくようだった。


 あの時は、あれが独奏ソロという形態であることも知らなかった。ただ、わけもわからず感動して、しばらく魂が震えたようになっていた。


 独奏ソロが終わって、総奏トゥッティに戻った後も、まだ全身で余韻に浸っていた。演奏会が終わった後も、しばらくあのとき感じた衝撃を忘れられそうもなかった。


 僕も、あの楽器トランペットを手に取って、吹いてみたい。


 そして、いつかあの人みたいに、高らかな澄んだ音色をホールいっぱいに響かせるのだと、僕は小学五年生のあの時に堅くこの胸に誓った。

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