囚われトランペット君の大嫌いなフルートさん

久里

Ⅰ 雪永詩織との再会


 僕、影山かげやま 涼太りょうたの高校時代の幕開けは、有体に言って最悪という他なかった。


 教室のドアを開けた瞬間、思いがけない人物と鉢合わせて、全身の筋肉が一気に硬直した。


「っ……!」


 雪永ゆきなが 詩織しおり


 中学時代よりも更に大人びた彼女は、その日も冬のように潔癖な美しさを従えながら、僕のことを凍てつかせるように見つめていた。


 相変わらずの冷たく澄んだ無表情に、心音が一気に跳ね上がって、喉が締め付けられたようになる。


 彼女が手に提げていた、黒く細長い楽器ケースが決定打となった。瞬時に頭が壊れたビデオテープのようになって、あの最悪な夏の日に巻き戻っていく。


 雪永の目は、あの日と同じように僕を責めていた。


 駄目だ。

 もう、とっくに忘れられたと思っていたのに。

 急激に呼吸すらままならなくなって、酷い動悸がした。


 彼女が何か言葉を発しそうな気配を察した瞬間、僕は、もう耐えきれなかった。逃げるようにして、その脇をすり抜ける。

 

「あっ」


 背中越しに聴こえた雪永のか細い声をかき消すようにして、自分の席についた。机にうずくまりながら、未だに、激しく高鳴っている胸を押さえた。


 これは、一体なんの罰なのだろうか。


 あの日を思い出させる誰かと同じ高校というだけでも耐えられそうにないのに、よりにもよって、雪永が同じクラスだなんて、最悪だ。


 少しの間見つめられただけでこんな風になってしまうなんて、もうとっくに忘れられたと思っていたことすら、笑えてくる。


 僕は、このまま一生、あの夏に囚われ続けるというのか。


 中学三年生の、最後の夏休み。

 できることなら消し去ってしまいたい、僕の人生最大の汚点。

 雪永 詩織は、僕が全てを失ったあの暗黒の夏の日の象徴である。

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