第26話 週末は魔王城へ

 あっという間に週末になり、みんなが俺の部屋に集合した。俺の部屋にこれだけ人が来るとぎゅうぎゅうだな。

 それにしても……。

 

「つばさ、荷物の量がすごくないか? 押し入れの襖に入るかなそれ?」

「必要なものよ」


 雪山登山に行くような大きなリュックサックを抱えたつばさ。

 それに加えて彼女はこまつきのスーツケースまで持っているんだぜ。階段を登るときに俺がそれを持ったんだけど強烈に重くて腰が抜けそうだった。

 

「何が入ってるんだ……」

「本よ」

「なるほど……いろいろ調べるためにかな」

「ええ」


 ええと、今の時刻は午前九時。夜には戻る予定なんだぞ……そんなに大量の本が必要だと思わないけど……。異世界に置いておくのかな。


「みんな、忘れ物はないか?」

「良辰くん、荷物はないの?」


 不思議そうな顔でまりこが手ぶらの俺を見つめてくる。


「あ、うん。標準装備のジャージがあるし、必要ないかなあって。俺の場合、ここに取りに戻ることもできるしさ」

「そうだよね。良辰くんの部屋から行くんだものね」


 実のところ、最低限必要なものは既に魔王城の俺の部屋に置いてきているんだ。腕時計とか下着とかね。


「じゃあ、行こうか!」

「おうー」


 俺の呼びかけにみんなの声が重なる。

 

 ◆◆◆

 

 それぞれ思い思いにやりたいことがあるみたいで、魔王城から遠く離れないことを約束にみんな自由きままにやりたいことをすることとなった。

 俺はといえば……。

 

「あー、気持ちいい……」

「そ、そうですか。ご主人様……そう言っていただけると」


 テラスに寝そべることのできるビーチチェアを持ち込み、ハルに肩をもみもみしてもらっている。

 まるでハルを召使のように使っているだって? 勘違いしないで欲しい。俺とハルの関係はお友達であり対等だ。ここで優雅に寝そべってコーラを飲んでいたらハルがやって来て……一度は断ったんだけど、是非というので。

 し、しかし、だんだん彼女の息が荒くなってきたような気がする。

 状況を整理しよう。俺はビーチチェアにうつ伏せに寝ころんでいる。ハルは俺の腰の辺りに乗っかり、両手で俺の肩をマッサージしてくれているのだ。

 

「ご主人様……重たくはありませんか?」

「あ、うん」

「ご主人様の体温が……っつ」


 待て待て。まるで俺が何かやってるみたいな言い方じゃないかよ、それ。

 俺の手は自分の首元にある。

 

「ん?」


 突然ハルの重みが消えた。

 

「ご主人様、着替えてきます……」

「ん?」


 首をあげハルの顔を伺うと……真っ赤になっていた。一体何があったんだ。怖くて聞けないから放っておくことにしよう。

 彼女はフルフルと首を振り、翼をきゅーと竦めた後ヨロヨロと魔王城へ引っ込んで行った。

 

 起き上がり、切り分けたリンゴをもしゃもしゃしていると眠くなってきた……ひと眠りするかなあ……おやすみ。

 

 ◆◆◆

 

「良辰くん? 寝ちゃってるみたい」

「お兄ちゃんはほんとよく寝るから……」

「で、でも、なんで水着なんだろう?」

「ビーチサイド気分だったんじゃないかなー。こんな白いのにー」

「で、でも、背中も引き締まっていて、す、素敵だと思うよ?」

「えー、まりこさんはお兄ちゃんのこと良く見過ぎだよー。そんないいものじゃあないって」


 ペタペタと誰かに背中を触られる。さっきから近くで何やら失礼なことを言っている気がするが、まだ眠い……。


「ゆめちゃん、そんな気軽に触っちゃ……」

「お兄ちゃんだしー。まりこさんも触ったらー?」

「え? い、いいのかな」

「寝ていたら何も覚えてないよー。この前、口を塞いでも起きなかったし―」


 ん、また誰かが背中に手で触れてきた。お、起きろと催促をしてきているのか。そうはいかねえぞ。

 し、しかし、手とは違う感触が背中に……ひと肌が背中一杯に、むにむにしたお餅のような?


「ほ、ほんとだ。起きないね」

「でしょー」

「あなたたち、何をしているのかしら?」

「つばささん、それは?」

「採集してきたのよ。食用よ」

「み、見た目がちょっとアレだね……ははは」

「ところで、私も起きないか試していいかしら?」

「見てたの? は、恥ずかしい」


 さ、更にうるさくなってきた。何なんだよ。ゆっくりと寝かせてくれよ。

 背中にぬめっとした何かが這っている。つ、次は何だ?

 

「つ、つばささん。だいたーん」

「そう? 塩分濃度を確かめただけよ。おそらく私の勘が正しければ……」

「先輩方、何しているでありますか? 自分も混じりたいであります!」


 どええ、横から衝撃が!

 ビーチチェアからはじき出されそのまま床へ転がるが、萃香が絡まってくる。


「せ、せっかく寝てたのに、何してんだよ」

「ダイブしたであります。同志! いつも不測の事態に備えねばなりませんよ?」

「ご、誤魔化すんじゃねえ。そこへ直れ」

「お、お仕置きでありますか? ぬ、脱げばいいですか? 同志の頼みでしたら喜んで……で、でもできましたらよっしー先輩のお部屋かお風呂がいいであります」

「……もういいや……」

「ふ、二人きりがいいであります。くんずほぐれつ。裸の男女……ハアハア」


 おおおい、戻ってこい。

 無理そうだから、気にしないことにしよう。

 

「あら、起きたの? 叶くん」

「つ、つばさ、なにその生物?」

「これ? 食用よ。食べる?」

「え、えええ……」


 つばさが指でつまむように持っているのは、形や大きさこそメロンなんだけど……目と鼻と口がついているんだ。といっても人みたいな顔をしているわけじゃなくハロウィンのカボチャみたいな感じである。

 ハロウィンのカボチャと違うのは、口を開け閉めしてカチカチと小さな音を立てていること……。口の中は真っ赤だし、食べたくない。

 

「本当に食用なの?」

「ええ、私の勘が正しければ、それにあなたの汗だとちょうどいい塩分のようね」

「ち、近づけるんじゃねえ」

「そう。残念」


 無表情に肩を竦めたつばさは、メロンもどきをプラプラと揺らしながらちょこんとテーブルの上に置く。手ぶらになった彼女は魔王城の中へ入って行ったが、一体何をするつもりなんだろうか。

 メロンもどきのカチカチ音が妙に耳につく。


「じゃあ、良辰くん。また後でね」

「お兄ちゃん、じゃあねー」

「まりことゆめは絵を描いていたの?」

「うんー、写真の代わりに風景を描いておこうって、ねー、ゆめちゃん」

「うんー」


 二人はキャンパススケッチを持ち、林の方へ向かって行った。

 絵を描くのは面白いかもしれない。俺も……いや、俺は絵より釣りがしたいな。のんびりと糸を垂らしてうつらうつらと楽しそう。

 

 お昼になる。

 日本から持ち込んだサンドイッチをハルたちも呼んで食べていたら(誠に遺憾ではあるがヒビキも呼んだ)、ぺったんこなオレンジ色の髪をショートカットにした鎧姿の人が魔王城を訪れたのだった。

 どこかの騎士か何かだろうか。歳のころは二十歳過ぎくらいで切れ長の目が印象的だ。背丈はそれほど高くなく、つばさくらいかな。


「貴殿が勇者よっしーで間違いないか?」

「い、一応そうですが?」


 鎧姿の女の子――女騎士とでも呼ぼう――はつかつかと顔が付きそうなほど肉薄し、ぶしつけにそんなことをのたまう。

 

「貴殿が魔王を追い出し、ここの城主になったと聞いている。魔法の排除に王は大変喜ばれている」

「あ、別に褒美とか要らないから……」


 あのケチな王様が褒章なんてくれるとは思わないけど。

 

「貴殿はこの土地の新たな支配者となることを王はご了承してくださったのだ。喜ぶといい」

「はあ、どうも……」


 そもそもここって王様の領土じゃないよな? そう主張してもいいんだけど、面倒ごとは避けたい。はいそうですかと喜ぶフリでもしていればいいだろ。

 しかし、女騎士の次の発言には度肝を抜かされる。

 

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