第25話 サクランボ
戻ると深夜というか明け方近くだった。向こうで少し寝ていたこともあり、眠気が全くないぞ。
しかし、俺は自分の特技を生かし……寝た。
そして、見事に遅刻したわけだが、学校の屋上でゆめ以外の三人と話し合った結果、次の土曜日に異世界へ行こうと話がまとまる。その際、着替えは忘れずに持っていこうとつばさが言っていたのが印象に残ったな。
彼女もようやく魔法少女衣装から解放されるってわけだ。少し残念ではある。何故かって? からかえなくなるからに決まってるじゃないか。
帰宅したら、ゆめに異世界へ出かける日を告げると彼女も予定が無いみたいでついてこれるそうだ。うん、みんな揃ってがいいよなやっぱ。
さてと、行く日も決まったことだし俺は俺で……夕食までにまだ時間があるし冷蔵庫を開いてっと。
「お兄ちゃん、何しているの?」
「あ、いや、今からちゃっと異世界へ行って戻ってこようかと」
「ふうん、気を付けてねー」
ゆめはソファーに寝そべりながらテレビから目を離さず、片手をひらひらとさせた。
制服から部屋着に着替えてからと思ったけど、そのままでいいや。扉をくぐるとジャージになるし。俺は冷蔵庫から出したハルへのお土産を持って押し入れの扉をくぐる。
◆◆◆
魔王城へ出た俺は回廊をそのまま真っ直ぐ進み、玉座のある大広間へ出る。
ハルはどこにいるんだろう。魔王城は広いからなあ探すのも一苦労だ。外のテラスに出ると、見慣れないライオン頭が萃香のミサイルで破壊された石畳を修理していた。
「勇者か、話は聞いている。確かにお前たちは強かった。俺もお前たちに従おう」
誰? こいつ……。
首を傾けていると、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。
「ご主人様ぁー。来てたんですね!」
「あ、うん」
「ライオネルとはもう挨拶を済ませたんですね」
ん? このライオン頭の名前か。
ライオネルって確か、建築担当だったよな。お、おお。それはぞんざいにしてはいけねえな。この素晴らしい豪華絢爛な魔王城も、素朴だが機能性に優れたキャビンも彼が作ったんだろうから。
「ライオネル、俺は叶良辰。改めてよろしく」
「ふむ。勇者良辰か。お前たちの破壊力は凄まじいな。しかし、俺に任せておけ、全て元通りに修繕するからな」
これは頼もしい。俺はライオネルとガッチリ握手を交わし掃除の手伝いを申し出たのだった。
魔王城は豪華絢爛だけど、天井や床の隅っこまで掃除が行き届いていない。場所によっては蜘蛛の巣が張っているくらいなのだ。魔王城として「汚れ」は雰囲気が出るだろうけど、俺たちが住むなら清潔な方がいい。
「ハル、ライオネル。先に俺たちが使う個室へ行ってくる。ハル、案内してくれ」
「はい!」
つばさから俺たちそれぞれに部屋があることを聞いている。俺は気絶していたから、部屋がどこにあるのか分かんないからな。
「あ、サクランボ……」
ハルに手を引かれ進もうとした時、彼女へお土産を渡していないことに気が付き声が出る。
「ま、まだ明るいのに……羞恥プレイなんて素敵です! ご主人様……」
「お盛んだな。勇者良辰! ガハハハハハ」
何言ってんだこの人たち。ハルはいつものことだけど、ライオネルまで……。
「部屋で食べるか? ウサギも欲しがるかなあ」
あの食いしん坊が見たらきっと欲しかる。
「ボ、ボクは二人きりのほうが……魔王様と一緒はちょっと……」
「そうか、ハルのお礼だし、それでいいか」
ハルはポッと頬を染め俺の手を握りしめたのだった。
◆◆◆
案内された部屋は思った以上によい。広さは十二畳くらいで、大きな窓が一つ。ダブルサイズのベッドには真っ白のシーツが敷かれておりその上に布団が乗っかっていた。アンティーク調の執務机に椅子。こげ茶色のタンスとコートやらをかけることができる真鍮製のハンガー棒まである。
それと俺が一番目を引かれたのは、赤色のレンガでつくられた暖炉だった。
「ほええ、すげえなここ」
「気に入っていただけましたか?」
「もちろんだよ。他のみんなの部屋もこんな感じなの?」
「家具の色合いは変えてますが、間取りは同じです」
ハルが一通り掃除をしてくれたのだろうか、床や家具の目立つ場所に埃一つ見当たらない。天井からはシャンデリアが降りてきているが、ここも綺麗に掃除されていた。
「ハル、少しだけ待っててくれないか?」
「はい」
いやあもう。ここを見た時からいろいろ触りたくて仕方がないんだよ。
タンスを開けて中を確認したり、椅子に座って執務机に肘をつき、最後はベッドにダイブした。おおお、フカフカじゃないか。スプリングとか技術的に無いと思ってたんだけど何で出来ているんだろ。
「ご主人様?」
ゴロゴロと転がっていたらハルが俺の名を呼ぶ。
はしゃぎすぎるのも分かるだろ? こんな素晴らしいベッドなんだからさ。
え? ハルがちょこんとベッドに腰かけて潤んだ瞳で見つめて来た。
「ど、どうした? ハル」
「ご主人様、焦らし過ぎですう。もう待てません」
「あ、サクランボだっけか。好きなの?」
「え、そ、そんなことをボクに聞くなんて、ご主人様はいじわるです……」
よっぽどサクランボが好きなんだな。しまったなあ。それだったら国産のいいやつを買ってきたらよかったよ。
俺は執務机の上に置いたサクランボが入ったビニール袋を手に取ると、彼女へ手渡す。
「ご主人様、これは?」
「サクランボだよ。好きなんだろ? 食べようか」
「え、え、ええ、サクランボ?」
「うん、それが俺たちの世界のサクランボだよ。こことは色や形が違うのかな?」
「え、え、あ、ええ、あ、あう……」
ハルは思いっきり動揺して、サクランボが入ったビニール袋を胸に抱き、おっぱいでむぎゅーっとしたまま走り去って行ってしまった。
な、何か悪い事をしたんだろうか……。
狐につままれた気持ちでテラスへ戻ると、ハルとライオネル、いつの間にかうさ耳少女(ウサギのヒビキこと魔王)まで混じって皿に乗ったサクランボがテーブルの上に鎮座していた。
「ご主人様、今呼びに行こうと持っていたんです」
「は、はやく食べさせてくれみゅうううう。もう我慢できないみゅうう」
「ハルのために買ってきたんだし、すぐに食べてくれていいのに」
「じゃ、じゃあ食べるみゅうううう」
ハルにって言ったのにこのクソウサギがああ。と身を乗り出したがハルに肩を掴まれ止められたから我慢することにした。
「おいしいみゅうううう」
「おいしいです。ご主人様」
「おお、これが勇者の世界の果物か。これは格別だな」
三人とも満足してくれたみたいでよかった。しかし、こうもおいしいおいしいを連発されるとここの食事ってヤバいんだろうかとか思えてくる。
ログキャビンでハルが作ってくれた料理は普通だったけどなあ。調味料が塩だけだということを除けば。それでも塩だけで美味しくなるようにハルが工夫してくれたのだと思う。
だから、普通に食べられたのかも? うーん、分からない。何の肉か分からなかったけど、肉の味もそんなに悪くなかったしなあ。
果物だけ極端に美味しくないとかなんだろうか。
俺はこの後、虫を使って玉座のある大広間の掃除を行い現実世界へ戻ったのだった。
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