第23話 餌でつる
磨かれた大理石の壁面の前に椅子を並べ、萃香がプロジェクターを壁の前にセットする。続いて全員が椅子に腰かけ、萃香が壁の前に出てきてかしこまった例を行った。
「それでは、上映会をはじめるであります。準備はよいですか?」
「おー」
「いいわよ」
『グゲ……』
萃香の問いかけにみんなは口々に早く始めてとコールする……とっても嫌な予感がするのは俺だけのようだな……。
「では、上映します。よっしー先輩のカッコいい姿に惚れ直すこと間違いなしです。自分はもうこれだけで何杯もいけ……」
「分かったから、はじめてくれ」
また変な妄想をはじめようとしたから、あっちの世界へ行ってしまう前に彼女の言葉を遮る。
すると、萃香は「仕方ありません」とか言って眉をひそめながらビデオカメラのボタンをポチンとした。
映る映像――これは、先ほど俺が反転していた時の出来事のようだ。
ハルと萃香の荒い息――
なるほど……つばさが「……まあいいわ……」と言っていたのは萃香がビデオを撮影していることだったのか。
う、うう。こ、こんな事をしていたのか俺……こいつは黒歴史決定だよ。何だよあのポーズに変な顔……もう見たくない、見せないでくれええ。
「そろそろ消してあげたら?」
頭を抱える俺を見かねたのかつばさが萃香へ顔を向ける。
「これからいいところですよ!」
「もういい、もういいから。け、消してくれ……」
「同志の頼みとあれば! いいですか? みなさん?」
誰も否定しなかったので、ビデオの鑑賞会はこれにて終了した。
映像が消えてもしばらく四つん這いになったまま真っ白で動けない俺の肩をつばさがポンと叩く。
つばさ、すまん。可愛い物好きでからかったりして……人には見られたくない、触れられたくないことってあるよな……。
俺はこの時、大人の階段を一つ登った気がした。
◆◆◆
「この扉みゅー」
ウサギに俺たちの世界と繋がる扉へ案内してもらう。
ここは玉座のあった大広間から右手の回廊を進んだ先にある扉になる。両開きになっていて、木製なんだけど細かいレリーフが彫られていて美術品といっても言い過ぎではない扉だ。
魔王城は置かれている物がどれも豪華でこのウサギが本当に作ったのか疑問に思えてくる。
「おい、ウサギ。ここにあるものは君が作ったのか?」
「そ、そうみゅ。だからみゅーを大事に……」
「ご主人様、違います。建築はライオネルが、装飾品はいっちーが、庭園や果樹園などは私です」
ほうほう。じゃあ、ウサギは要らないか。すぐに嘘をつくし。
それに、俺の考えた通りならウサギを野放しにしておくことは危険だと思う。
「みんな、先に俺がこの扉をくぐる。十分後に出てくるから萃香、時間は計れるか?」
「もちろんであります。時計は標準装備です!」
予想通り萃香は時計を装備していたな。軍人だもの。
「じゃあ、行ってくる。しばらく待っててくれ」
片手をあげ、扉を開くと真っ暗な空間が広がっていた。
一瞬ウサギを睨みそうになったけど、暗い中にも見知った段ボール箱らしき物が見えたのでそのまま扉をくぐる。
中は俺の部屋の押し入れだった。あまり物を持たない俺は、押し入れにしばらく使わなくなった物を詰め込むだけで他に棚が必要ないほどなのだ。
まあそれはいい。ここには物入にしている段ボール箱が二つ置かれていて、襖は閉じられている。襖を開くとベッドと勉強机があるいつも過ごしている自室に繋がっていた。
出るときは押し入れ、おそらく入る時は部屋側から襖を開くと異世界に繋がっているのだろう。
押し入れから出て、少しだけ押し入れの襖を開けてみるとハルの頭が見えた。
よし。まず自分自身の確認だ。さっきまで俺は黒のジャージを着ていたけど、現実世界に戻ったら青のジャージになっていた。これは、俺が寝るときに使っているジャージだ。
ふむ。次はっと……手提げかばんへ適当に見繕った物を突っ込んでいく。
おし。時間だ。
襖を開けて中に入ると、みんながいる回廊に戻った。
服装は黒のジャージだった。手に持った手提げかばんはそのままのようだな。おお、これは中身がどうなっているか楽しみだ。
「叶くん、向こうから異世界へ物を持ってこられるようね」
つばさはすぐに俺の意図に気が付き、手提げかばんを指さす。
「中を見たいところだけど、先に……萃香、何分経過した?」
「ちょうど十分です。同志!」
俺は萃香に礼を述べると、みんなへ時間経過の事実を告げる。
「てことは、現実世界と異世界は同じ時間が流れているってことかな」
「すごーい。良辰くん、ちゃんと考えているんだね」
まりこがぱちぱちと両手を叩いて称賛してくれた。そんな大したことをしたわけではないから照れてしまう。
「叶くん、カバンの中身は?」
「お、今見るから待って。ええと、カバンの前にポケットに入れた消しゴムは持ってこれなかったみたいだ。カバンの中は詰め込んだ物が全部ある」
「服は異世界へ来たらこの服へ自動的に戻るみたいね」
「そうだな」
カバンの中身はスマートフォン、着替え、ノート、カップラーメン、バナナ、ペットボトルに入ったコーラになる。
スマートフォンは普通に動くし、撮影もできそうだ。しかし、当たり前だがアンテナが無いから通話はできない。バナナやペットボトルに異物が混入した様子はないが、何か無いとも言い切れないな……。
「おい、ウサギ。バナナを食べろ」
バナナの房からバナナを一本取ってウサギの前に投げる。言い忘れたが、自称魔王のウサギはいっちーから解放された後、ウサギの姿に戻っている。
「バナナ! こんなおいしそうなバナナを見たの初めてみゅー」
ウサギは鼻をヒクヒクさせ、バナナにかじりつく。
「おいしいか?」
「おいしいみゅううううううう! よっしーの世界の食べ物はすごいみゅううう」
ふむ。大丈夫そうだ。明日になってなんともなければ持ち込みした食べ物はそのまま食べられると判断してよさそうだな。うん。
「叶くん、これならいろいろと持ち込めそうね」
つばさは髪をバサリとかきあげ、口元に微笑を浮かべた。しかし彼女はすぐに口元をキュッと引き締めると俺を指先で手招きする。
寄っていくと、肩を押されて彼女の頭と同じ高さまで頭が落ちた。
「いい事ばかりだけど、時間経過があるわよね。となると……」
つばさは俺の耳元で囁くと、ウサギに目をやる。
「そうだよな、あいつを野放しにするのはなあ……」
俺たちがいなくなったら、ここぞとばかりに悪さしそうだ。最悪、異世界へ戻ってこれなくするために扉を破壊したりまでしそう……。
どうしたもんか。
「よっしー。向こうにはこんなおいしい食べ物がいっぱいあるみゅうう?」
「まあ、バナナでよけりゃ……」
「もっともってきて欲しいみゅうう。よっしーがいない間、ここは死守するからみゅう」
「ほう……」
ウサギは思いのほか食いしん坊だったようだ。なんか都合が良すぎる気がするから……そうだな。
「ウサギ、一つ条件がある」
「何みゅ?」
「俺たちがいない間は人化して過ごしてくれ」
「全然構わないみゅうー。人型の方が動きやすいみゅ」
ウキウキとした様子でウサギは目をぱちくりさせた。
「いっちー。俺たちがいない間、この城の管理を頼んでいいか?」
『グゲ……ワカッタ……サイハイ……』
さすが我が友人。俺の言わんとしていることを即座に理解するとは。
うさ耳少女で固定することで、何か悪さをしたらいっちーにお仕置きしてもらおうって算段なのだ。ふふ。念には念をだよ。
ウサギが俺たちがいない間だけとはいえ、いっちーに城主をしてもらうことに抵抗するかと思ったけど食べ物の妄想で頭が一杯の様子だった。こいつ、魔王じゃなかったっけ……?
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