第21話 ダーティ叶
睨まれたウサギは鼻をヒクヒクさせ体をブルブルと震わせている。いじめないでーとでも言わんばかりに赤いお目目でつばさを縋るように見つめているが、そんなもので動揺する彼女ではない。
「あなた、最初の真っ白な部屋にもいたわよね。他のみんなもあなたに会っているようだけど?」
「そ、そんなことないみゅ。みゅーは今初めてチミたちと会ったんだみゅ」
「ふうん」
首をゴキリと鳴らすつばさ。
それに対し、ビクビクと震えるウサギであるがなんか引っかかるんだよな。
「つばさ、このウサギは曲がりなりにも魔王なわけだろ。安易に近寄るのは……」
「叶くん、魔王だろうがウサギだろうが何でもいいの。この子が事の真相を知っているんじゃないかしら?」
言い合う俺とつばさの会話へ割り込むように、男の低い笑い声が響く。
「誰だ?」
「下、下みゅ。くあっははっは! 茶番はここまでみゅ。演技も飽きた」
む、ウサギから影が伸びてきた。その影は外でつばさが倒したデーモンのような形を取る。
この影がウサギの本体で魔王? なのか。
「どっちでもいいや。って待てええ。萃香!」
「同志、つばささん、そこをどいてください。そいつヤレナイ」
そのセリフは俺とつばさがウサギから離れた後に言おうな。萃香はRPG-29を構え今にもトリガーを引きそうな雰囲気だ。
それを見た俺は慌ててつばさの腰へタックルをかまし、彼女とくんずほぐれつで地面を転がり、その場を離れる。
次の瞬間、爆風が舞い上がりつばさを護るように覆いかぶさった俺は彼女ごと吹き飛ばされてしまった。
「いててて……つばさ、大丈夫か」
「ええ、叶くんのおかげで」
つばさから体を離し、腰をさすりながら立ち上がる。
萃香が発射したミサイルはウサギのいた場所へ直撃したらしく、未だにモクモクと煙が上がっていた。
「萃香!」
「同志。すいませんです。でも今やらないと……と思いまして。罰は後からいくらでも受けます」
「い、いやそこまでは……」
「は、裸……ですか。よっしー先輩……い、いえ、でもこれは、お仕置きなんです。ダメ、ダメですよ! よっしー先輩……あうう、そ、そんな……あん」
ちょっと待ってくれ。俺を使って勝手な妄想をしないで欲しい。
萃香はその場でペタンと座り込んでしまい、耳まで真っ赤にしてハアハアと荒い息を……。
そ、そんなことより今はウサギがどうなったか確認する必要がある。
ちょうどその頃には煙がはれ、瓦礫が姿を現す。跡形くらいは残っているのかなあとウサギのいた場所を確認すると――
先ほどと変わらぬ姿でウサギが鼻をヒクヒクさせているではないか。
「ま、まさか。RPG-29で全く傷がついていないとは」
俺が戦慄していると、ウサギは元のロリアニメ声で俺に言葉を返す。
「ち、違うみゅ。影から解放されたんだみゅ。これでみゅーは自由みゅううううう!」
器用に前脚をフリフリして否定するが、胡散臭いことこの上ない。どうしてやろうかこいつ……。
俺の中のダーティ叶良辰がひそひそと囁くのだ。ここはいっそ、ダークパワーを全開にしてみてはどうかと。
そこでふと、ずっと無言でこの場を見守っていたハルと目が合う。見つめ合う俺とハル。
「ご主人様……は、恥ずかしいです……」
ポッと頬を染める謎のチョロイン。いっそ……ここは……い、いやさすがにそれは……このウサギの言っていることが万が一、本当だったら少し可哀そうだ。
「みゅーは関係ないみゅー。まさかみゅーがチミたちを召喚して国王とグルになってかけ事をしていたとかそんなことはないみゅー」
ほう。そうかそうか。なるほどなるほど。
俺はハルの手を引くとグイっと男らしく彼女を抱き寄せる。ギュッと彼女を抱きしめると、彼女は「ご主人様……」とぽーっとした様子で呟き、俺の背中に腕を回す。
「ハル……いいか?」
「ご主人様のお望みでしたら……ボクは何だってします……は、はやく……じ、じらさないでください」
つばさの刺すような視線を感じるし、まりこが顔に手を当て指の隙間からこちらの様子を伺っていたりすることも見えている。
しかし、今の俺に外野は気にならないのだ。やってやる。やってやるとも。
ハルの背中に回した腕を彼女の肩に乗せ、腕を伸ばす。すると、ハルは察したように目をつぶり唇をんーと上に向けた。
「ハル、すまん。後で戻してくれ……」
謝罪した後、俺は彼女の黒のブラジャーの下へ手を潜り込ませる。そのままぺローンと。
彼女の硬い何かに触れた途端にどす黒い何かが俺の心臓から頭へと流れ込む。
「おい、ウサ公。お前、さっきからうまく誤魔化せているつもりだが、本当のことを喋ってもらうぞ」
ゆらりと首を傾け、おもむろに右手を斜め下へ突き出し斜に構える。一言でいうとこの体勢……ゴゴゴゴゴって音が聞こえてきそうな渋さだ。
さすが俺様。カッコいいぜ。
おっと、自分に酔いしれている場合ではない。このウサ公にゲロさせねえとな。
「な、何を言っているみゅ? マッチポンプなんてしてないみゅ」
「ほうほう。仕方ねえな。仕方ねえ。そんな奴にはお仕置きだ」
ニヤアと口元を歪め、両手を天へ突き出す。
「出でよ! 黒い宝石たちよ!」
俺の呼びかけに応じ、神々しいまでにテラテラと光沢を放つ黒い宝石たちが姿を現す。
我がしもべたちはウサ公の元へカサカサと向かって行く。
「みゅうううううううう」
「いいのか? このままだと飛ぶぞ」
まだ口を割らないウサ公の周りを美しい音色を奏でながらブーンブーンと飛び交うしもべたち。
美しい……。さすが我がしもべたちだ。
俺は恍惚としつつほおうと息を吐き、ウサ公を睨みつける。
「や、やめてえええみゅうううう」
「真実を全て話せ。さもないと……」
俺は自分の口に親指を入れニタニタと嗤う。もちろん、ウサ公の口に突っ込むのは指じゃあないぜ。くく。
「わ、わかったみゅ。そ、それだけはやめてええみゅううう」
「なら、話せ。もし嘘を述べるなら……分かっているな?」
「はいいいみゅううう」
ブルブルと震えるウサ公。ふ、俺様にかかればウサギの一匹や二匹に口を割らせるなんぞ軽いものよ。
「つばさ、疑問点があればすぐにねじ込んでくれ。俺もそうする」
「わかったわ。叶くん……まあいいわ……」
つばさが何か言いかけたが口をつぐむ。彼女も俺と同じように不適な笑みを浮かべてやがる。お前も悪だなあ。くはは。
ん? 誰だ。俺に後ろから抱きつくのは。
「ハル?」
「ご主人様あ。放置プレイも嫌いじゃないですけど……そ、そろそろ限界ですう」
つま先をツンと伸ばして俺の首元へ熱い吐息を吹きかけるハル。俺様としたことが……ちゃんと相手はしてやらないとな。
クルリと体を回し、ハルと抱き合うと彼女の顎を指先でクイっとあげる。
「ご主人様あ。は、はやくう。ボク……」
ハルは俺の手を取り自分の胸へ当てると目を瞑りつま先立ちになる。俺の息がハルの唇にかかり、彼女もいまかいまかと待っている様子だ。
手も彼女の突き立ての餅のようなふわふわで柔らかな胸に触れ、硬い何かに触れた。
「お、ん。うおおお。ハ、ハル。近い!」
「はへ……キ、キスくらいしてくれても……」
慌ててハルを引き離すと、自分の胸に手を当てる。ドックンドックンと俺の心臓はとんでもなく早鐘を打っていた。
「ハル、ありがとう。戻してくれたんだな」
「は、はいい。ご、ご褒美はないんですか? ご主人様……このままって酷いです」
「分かった。後で……サクランボでも」
「は、はいい」
言ってみたものの、異世界にあるかどうかは知らない。ハルの喜ぶ様子からして、きっとどこかに自生しているんだろう……。
それはともかく、反転していた間の記憶がまるでない。一体どうなった?
左右を見渡すと、つばさがウサギを足蹴にしている姿が目にとまった。
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